準備開始
夜のリビング。
囲炉裏を囲んで余った米を利用してきりたんぽもどきを焼きつつ、オルタンシアへの旅程を相談する。
ちなみにきりたんぽもどき、個人の好みで甘辛味噌が塗られていたり醤油が塗られていたりとかする。
ノリは棒に突き刺した焼きおにぎりである。
どこかでそんな料理を見たことがあるが、思い出せないのできりたんぽと呼んでいる。
本当に名前はなんだっただろうか。
「あー、甘辛味噌たまらん」
「それはいいけれど、どうするのかしら実際」
「まぁ、しばらくはどこもかしこも営業自粛状態らしいですから、問題ないとは思いますけど」
「アルラウネのせいかしら?」
「えぇ、魔王クラスの魔獣を討伐したとはいえ、完全に気を抜けないっていうのが一般市民の言い分です。確実にトドメは刺してますけどね。シキが」
「あれな。遠目で見ていても容赦なかったぞ」
夕食のメニューはきりたんぽもどき、野菜の煮物、おひたし。
純和風だが、デザートにはプリンがまっている。
その野菜の煮物を啜りつつ、シキがダルそうに言う。
「五月雨の龍ね、あれ、水のシーズンならもっと大きくなるし強力だよ。三倍くらい」
「三倍……ないわ」
「ないな。というかおかしい」
「今回は本当に、手間だったよ…風との併用で無理矢理構築したようなもんだから。梅雨に入れば水のシーズンだけど」
「もう目前じゃないか。東大陸は梅雨入りしているしな」
「梅が入ったこと言ってる?この大陸じゃ今は風のシーズンだから」
水はオマケ程度のシーズンだもん、と今度は醤油を塗ってあぶったきりたんぽもどきに噛り付く。
カリカリおこげが美味しい。
「それはともかく。休暇の期間や荷物の相談をしませんと」
「そうそう、それがメインだったよね」
話がどんどんずれていっているのを、タチバナが止めた。
ついでに煮物のおかわりをする。サトイモ美味しい。
「とりあえず、一週間だね。移動の馬は…どうする?」
「買うほどじゃないのよね。借りる?」
「借りるにしても、どの種類にするんだ?荷物も乗せるとなるといっそ馬車もありじゃないか?」
「あ、帰りは転移魔法でどうにかするから、荷物気にしなくていいよ。というか馬車サイズの転移はちょっと無理」
「足腰強いのを二頭、二人乗りでどうです?」
馬車サイズの転移はさすがに無理だ、とシキは言う。
だからと言って歩きではオルタンシアは遠いので、馬は必要。そうなると二人乗りが妥当な線だろう、とタチバナは言った。
カレンが三本目のきりたんぽもどきに手を伸ばす。
「荷物はどうする?」
「最低限の衣類と香辛料でいいでしょう。携帯食料は…米で」
「まさか道中で狩るつもりか?タチバナ」
「あんなもそもそしてる不味い携帯食料を食べるなんてお断りです!!」
力いっぱい言い切ったタチバナ。
が、誰も反対意見を述べることはしない。
携帯食料はいわゆるカンパンで、ぱさぱさもそもそ味も塩のみ。保存を最優先にした結果だが、食べきるまでに心が折れそうになる。
それに、シキのご飯に慣れてしまった現在、もう一度あの味気ない食料で旅ができるかと聞かれたら答えは否である。
「米と塩と、乾燥ハーブを混ぜた香辛料で乗り切ろう。山菜とキノコ、それからなんか狩ればおかずは困らないね」
「あと、鍋だな。鍋。鉄鍋一つだ」
「服は…まぁ、下着とか含めて二、三着あれば途中で洗えるでしょ」
「寝床はどうするの?」
「テントだな。小さめなのが二つあれば十分だ」
「馬はなるべく早さよりも頑丈さに重きを置きましょう」
さくさくと荷物が決まっていく。
なんだかんだで、カレンもフィリーも冒険者だし、シキとタチバナも旅をしていたこともある。
何が必要で、何が必要ないかくらいは判別がつく。
ただし、食料品に関しては手を抜く気はないが。
「それじゃ、明後日出発ということで」
「家は留守になりますが、ギルドに依頼という形で侵入できないようにお願いしておけば大丈夫でしょう」
「あ、それとわたしちょっとトラップ張るから大丈夫」
行先も準備も出発日も決まった。
一番の問題はこの家の警備だったが、一番信頼できるであろうギルドに依頼すればどうにかなる。
それに、デザートのプリンをつつきながら笑うシキが何かを企んでいるようだった。
「『通年』で、時限式の結界を張ろうかと思ってるんだよ」
「あら、どんな感じのかしら?」
「二重構造だね。今のシーズンなら風の付属で雷かな。無理矢理侵入しようとすれば、死なない程度に電流が流れるようにするの。で、それでも入ろうとすればそこで風の結界で吹っ飛ばされる」
聞いて、三人はそれなら誰も侵入できないと安心する。
だが、忘れてはいけない。
普通そこまでの結界を仕掛けるのなら、宮廷魔女やそのあたりが本気で取り掛からねばならないレベルだ。
片手間でホイホイできるレベルの防犯ではない。
「ギルドの警備を回してもらうにしても、これ以上は危険ですよ、と伝えないと被害が出ますから、気を付けないといけませんね」
「確かに。警備さんを吹っ飛ばしたらちょっと申し訳ないもんね」
が、誰も気が付かないで話は進む。
翌日、ギルドに留守にする家の警備を依頼した際にそのことを伝えると、驚きを通り越して呆れたといわんばかりの眼差しを向けられることとなった。