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水龍

予約失敗していたようです。すみませんでした。

本日晴天なり。

透き通った青空を視界の隅におさめながら、魔王討伐部隊は北の山岳地帯へと向かっていた。

水系、風系の魔法が使える魔術師に、その護衛の者。

馬が牽引する荷車の中には、樽に詰まった大量の除草剤だ。

これをそこらへんの平原に撒いたら後々30年は確実に雑草一本たりとて生えない不毛の大地になるだろうといわれるレベルの量と濃度だ。

魔王クラスのアルラウネに使うならば、これくらいはないと無理だろうという判断の下圧縮した。

解毒剤ならぬ中和剤も作ってはあるが、まずは魔王クラスの魔獣を倒さねば使えないのでまだ都市のギルドに置きっぱなしである。


「シキ!」

「カレン、フィリー、無事だね!?」


斥候役として一晩中魔王を見ていた二人が、少しばかりボロボロになりながらもシキたちに合流した。


「いや、まいったまいった。周辺の森を飲み込み始めて、フィリーの精霊への呼びかけが尽く阻害されること阻害されること」

「おまけに、近づけば根っこで攻撃。散々よ…もう」


山岳地帯とはいえ、植物が無いわけではない。

それらはすでにアルラウネに掌握されてしまっているのだろう。

これはもう、ハゲ山にするつもりで挑まねばならないようだ。

救いなのは、攻撃力が低いことだろうか。都市まで届いたあの咆哮が一番厄介だろうが、それに関しては風系の魔法でどうにかするつもりだ。

音とは空気の振動。それを止めればどうにかなる、と伝えたところ、下級魔術で魔術師殺しになりかねないトンデモ魔術が一時間で組み上げられたのは記憶に新しい。

基本無詠唱のシキには効かないが。


「あと一キロも進めば奴の攻撃範囲内だ」

「じゃぁ、そこからちまちま枯らしていこうか」


作戦の指揮官である騎士姿の冒険者に声をかける。

硬い表情で頷いた彼は、後続に次々と指示を飛ばす。


「四季の魔女殿、貴女は本体の相手をお願いしたい」

「元からそのつもり。アルラウネの咆哮くらいは抑えてあげるから、わたしが接近したら露払いよろしく、ラウズールさん」


その言葉にラウズールと呼ばれた騎士は大きく頷くと自身護衛を任された魔術師の下へと向かう。

それを見送り、シキは目的地を睨み付けた。

魔王クラスの魔獣討伐。

嫌がおうにも、この世界に引きずり込まれた理由を思い出した。

思い出し、険しい顔をしていたのだろう、タチバナやカレンたちが無言でこちらを見つめていた。


「だいじょうーぶ、うん。とりあえず、カレンたち斥候組は下がってご飯にしておいでよ。作ってきてるからさ」

「いいのか!?」

「うん、おにぎりとか簡単な奴だけね。ギルドや国が費用出しているから遠慮しなくてオッケーだよ」

「行くわよカレン!!」

「おうとも!!」


現金にも、おにぎりと聞いて疲れた先ほどの様子をふっとばして後方へと走り去る二人。

呆れたようにタチバナが肩をすくめた。

だが、どうやら互いに緊張とか色々抜けたような気がする。

アルラウネはもう目前だった。







アァアァアアァァァアアァァァァ……


物悲し気な声を発しながら、アルラウネは周囲の大地に根を張り、植物たちを飲み込んでいた。

アルラウネのその姿は、ぱっと見ただけならば絶世の美少女と言ってもいいだろう。

だが、髪は葉が連なったものだし、腕の先は根だ。

腰から下もうねる太い根で、片方の目には花が咲く。

肌の色は緑がかった白で、緑の葉脈がいたるところに走っていた。

近づけば近づくほど、恐ろしい姿だった。


アルラウネの攻撃圏内よりほんの少し離れたあたりの高台で、シキは戦況を見つめていた。

風の魔術で声を咆哮を掻き消す役割の魔術師たちも共にいる。

アルラウネの攻撃範囲内では、蠢く根っこや飛来する刃の葉をから身を守りながら、それぞれ定められた量の超圧縮除草剤を水の魔術に練りこみながら魔術師たちが奮闘していた。

効果を見る限り、すでに除草剤を通り越して腐食剤とか呼んだ方がいいレベルの効果を発揮している。

見るからに、根が枯れ落ち、腐り落ちている。

大地に潜った根も、腐り落ちた根からしみ込んだ除草剤を吸収して自滅している。

そしてここからが本番だ。


五月雨さみだれの龍」


近くの小さな水源から、水を引き寄せ巨大な龍を作り上げる。

水でできた龍の体内には、前線で振りまかれている除草剤をすべて合わせた量の三倍が詰まっている。


キィィイイィィィアァァアアァァァァ!!!????


どうやらアルラウネが気が付いたようだ。

だが、水を大量に摂取せねばこの魔獣は生きていけない。

その水をすべてシキに奪われたうえ、近くの水は猛毒入り。

そうなると必然的にシキの操る水龍を取り込もうと躍起になる。が、先ほども言った通りその中には大量の猛毒。


「結界を張ります。各自自分の身は自分で守ってください。『結べ』」


汚染されていない水を求めて、シキたちのいる方向へと動き始めたアルラウネ。

動いたことで、攻撃範囲内にシキたちが入る。予定通り、タチバナはシキと自身の周囲に結界を張る。


「…っ。これは、大きくは張れませんね」


二人分を覆う結界だというのに、なかなかの魔力消費率に眉をしかめるタチバナ。

発動に大量の魔力が必要で、大きさによって変わるようだ。

維持に必要な魔力は少ないが、発動魔力の重さがなかななにネックだ。

何度も使える代物ではない。だが、当然効果は高かった。


ガンッ、ゴンっ、ギギギッ


それぞれの魔術師が風の結界でアルラウネの根の攻撃を必死で防いでいるというのに、この結界はびくともしない。

そして、集中しきったシキの射程圏内にアルラウネが入り込む。


「これで、どう!?」


水龍がアルラウネの本体に巻き付く。

表面は純粋な水なので、アルラウネは嬉々としてそれを取り込み、そして。


ア゛……ア゛ァァアァアァアアアァアァアアアアアア゛!!!!!!!!!


薄膜一枚下の猛毒を大量に飲み込み、絶叫する。

水龍から逃れようと暴れるが、先端からボロボロと腐り落ちていく。

腐り落ちた部分はもう一度水龍に飲み込まれ、それを自ら飲み込み、循環させて崩れ落ちていく。


「すげぇ…」


誰かがポツリと呟いた。

大量の水の操作、それも異物が入ったものを精密に操作しながら、アルラウネを逃がさぬように閉じ込める。

いくら水が必要でも、葉の部分からは吸収できないし、吸収できたとしてもそれは猛毒入りで腐り落ちていくだけ。

何としてでも逃れようと、汚染された末端を切り離しているようだがその剥がれ落ちた部分を水龍が取り込んでアルラウネ自身に取り込ませる毒として再利用している。


「これで弱くなった水の魔法だっつてたよな?」

「あ、あぁ。確かに、ただの水操作なんだよな、これ。量がおかしいけど」

「その気になれば都市一つ氷漬け、だそうだですから…それに比べれば…けれど…」


呆然と魔王と化したアルラウネを侵食していく毒の水龍を見つめながら、攻撃の手が緩んだことに安堵する魔術師とその護衛たち。

だが、その水龍を操作するシキはかなり必死だった。

水の魔法のが弱まっているので、水龍の維持に大量の魔力を使うのだ。

風も織り込んで無理矢理に循環を続けているが、ここで集中を途切れさせればあっという間に水龍は崩れ去るだろう。


「魔術師のみなさん、余力があるのなら、残った除草剤を散布してください」


結界を維持しつつも、タチバナが声を張り上げる。

呆然と水龍とアルラウネの戦いを見ていた彼らは、大慌てで残りの除草剤を散布しにかかる。

欠片でも残れば復活しかねないのだ、気を抜いている場合ではなかった。

そうしていれば、アルラウネの声が消え、根が消え、幹が消え、葉の髪が消え、最後に顔までがボロボロと腐り枯れ落ちてカスになる。

それらすべての欠片を飲み込んで、水龍は一つの球体になると中で毒もろともシャッフルし、そして水分だけを蒸発させていく。

残ったのは、超圧縮除草剤とそれを吸い込んだアルラウネの腐ったものだけだった。

除草剤が入っていた樽の中にそれを詰めていくと、シキが担当していた樽以外の他の魔術師が持つ樽まで総動員してようやく納まる。

そこまで終了して、ようやくタチバナは結界を解除し、シキは崩れ落ちた。


「お、終わったぁ……」


顔面から地面とキスしそうになるシキを片腕で支えて、タチバナもやっと気が抜ける。

前線で戦っていた者たちも、どうやら無事だったらしい。

ラウズールが率いて戻ってきた。


「お疲れ様であります、四季の魔女殿」

「あぁ、ラウズールさんも、お疲れぇ…ちょっと、こんなんで、ごめんねぇ…」


でるん、とタチバナに抱えられたままダルそうに言葉を返すシキ。

顔色も正直よろしくない。


「…どうしたので?」

「魔力の使い過ぎ…しばらく、動きたくない」


ラウズールはその言葉に納得し、では、報告は帰投してからということで、と言い残して撤退の準備を始める。

ラウズールのその言葉に、これで魔王相手の勝利だと実感したのだろう、歓声があがる。

対応を誤れば速攻で国一つ滅ぼしかねない魔王クラスの魔獣を相手に、まだまだ幼生体相手だとはいえこのような短期の討伐が成功するなど、滅多にないのだ。

おまけに、死者も出ていない。

重傷者はいないわけではないが、それでも破格の戦果である。

こんなこと、一生に一度見られれば幸運である。

実際、討伐隊参加者たちは、無事に帰れるとは思っていたなかったのだ。

その戦果をもたらす最大の要因は。


「四季の魔女、か。すげぇな」

「あぁ。敵に回さないようにしよう」


タチバナに横抱きにされたシキは、周囲からのそんな恐怖の入り混じった視線に、勝利の余韻を味わうこともできずにいた。

それに気が付いたタチバナは一言、シキにだけ聞こえる声で言った。


「おつかれさまです、シキ」


柔らかい労わりと優しさの詰まったその言葉に、肩の力が本格的に抜けた。

なんだかもう、これだけで言いような気がしてきて、シキは襲いくる眠気のままに目を閉じた。



ついにストックが切れました。これより、完全不定期更新になります。

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