黒い針
ギルド本部内の会議室の中には、老若男女問わず多くの錬金術師や薬士が揃っていた。
それぞれが真剣な表情で、自身の薬剤ノートやら調合ノートやら図鑑やらを引っ張り出し、魔王クラスへと成ってしまったアルラウネへの対処法を検討していた。
「除草剤…しかもアルラウネに利くクラスとなると人間や周囲の生物に対してもすでに猛毒と同義だな」
「討伐後の中和剤も考えねばならない、か…難しいな」
「水溶性である、と言うことも考えねばなりませぬな。となると、使えるものも限られてくる」
タチバナの隣で、シキは無言で佇む。
恐らく、除草剤入りの水を操作してアルラウネに吸収させる役割を担うのは己だからだ。
「では、グリホサート系でいきましょうか」
「それでは製精は錬金術師の方々にお任せするしかありませんね」
「材料はどこから…」
「それなら手持ちの…」
すでに専門用語だらけでまったく理解できない。
が、どうやら方針は固まったようで、特定ランク以上の錬金術師がレシピを相談しつつ書き上げる。
薬士たちは、そのサポートに回るようだ。
「タチバナさん」
タチバナも薬士に分類されるので、サポートとなったらしい。が、初老の錬金術師の女性に声をかけられ振り返った。
「イェンリー様?なにか」
「あなた、針を使えるのよね?」
「…えぇ、それが?」
「四季の魔女が操作してアルラウネに除草剤入りの水を吸収させるのですけれど、抵抗があると思いますの。けれど、水の操作中は恐らく防御が疎かになる」
そうでしょう?と隣にいたシキに微笑んだ。
アルラウネのサイズはいまだわからないが、恐らくかなり広範囲にわたって根をめぐらせているだろう。
本体まで水を届かせるには距離が近いほうがいいが、近付きすぎれば防御が間にあわなくなる。
どうしたものかと考えてはいたのだ。
「わたくしが昔使っていた、結界形成用の特殊な針です。どうかお使いになってくださいまし」
そう言って手渡されたのは、一本一本が通常の針よりも太く長い、そして何かが彫りこまれている不思議な針だった。
「わたくし、東大陸の生まれですの。あちらでは針も立派な魔道具ですのよ?」
悪戯っこのように笑うイェンリー。
驚いたように彼女を見つめ、タチバナはいいのですか?と問いかけた。
「いいのですよ。わたくしはもう使えませんもの。使い方は簡単です、歪でもかまいませんから、大地に八角形を描くように突き立て、魔力を流しこみ、結べ、と言ってくださればいいのです」
「キーワードと魔力による発動ですか。解除は?」
「解けよ、と。解除するまで自動で魔力を吸い上げ続けますから、気をつけてくださいましね?」
「ありがとう、ございます。お礼は……」
言いかけたタチバナに首を振ってイェンリーは微笑む。
「今度、シキさんのお店にご飯を食べにいきますわ、その時にとっておきを出してくださいませ」
それで十分だ、と笑って、なにも言えぬタチバナたちを尻目に錬金術師たちに混ざっていく。
顔を見合わせ、シキとタチバナは互いに困り顔で笑った。
「あの人、グランドマスターの奥様だったけ」
「えぇ、東大陸の漢方をこちらに持ち込んだ第一人者でもありますね」
「うっはぁ…多分、この前のギルド総会議の時の話をグランドマスターから聞いたんだよ。で、久々に故郷の味を、ってやつじゃないかな」
あの会議の後、善哉を何度か配達する羽目になったのだ。
当然、報酬は割高にしてもらったし、最近は早めに注文を入れておいて、後ほど取りに職員が来るという状態なので大変ではないのだが。
きっと、散々自慢されたんだろうなぁ、と遠くを見つめるシキ。
それだけ評価してくれるのはうれしく感じるが、プレッシャーでもある。
「かなりいい物ですからね、この針。シキ、とっておきをお願いします」
「わかってるって。こんな状態だからこそこんな物貰えたんだろうけど、ありがたいのは本当だからね」
アルラウネの魔王化など無かったら接点など無かった人だ。
この事件が無ければきっと針は貰えなかっただろうし、こうやって会話することも無かった方だ。
穏やかそうに見えて、丁寧で、けれど芯の通ったその姿は、こういうふうに歳を取れたら、と思う方だ。
その期待には応えたい。
「さて、除草剤はどれくらいでできるかな?」
「明日にはできると思います。獣型の魔王なら少しくらい時間がかかってもいいですが、植物型は時間がかかればかかるほど厄介ですからね」
「……雨が降ったら、マズいね」
「えぇ、増殖するでしょう。まだ北部の山岳地帯を離れていないのが救いです」
山岳地帯は岩肌ばかりで、草木が生長するには少しばかり不便な場所だ。
だからといって、油断して放置しておくとあの一帯がコロニーと化すし、なにより上から下へ降りてきた時がマズい。
栄養に富んだ土地に触れた瞬間、爆発的に強くなっていくだろう。
その前に仕留めねばならない。
「じゃあ、わたしたちも支援に向かおう。監視やってる人たちにご飯くらいは差し入れられるでしょ」
「シキ、あなたが今回の最大火力だって、わかってますか?」
「わかってるよ。大丈夫、力は温存するから」
そういいながら、シキとタチバナは差し入れの食料を用意するために家へと向かう。
空は、雨の匂いなどさせずに真っ青だった。
火力不足のタチバナ。