シンプルが一番難しい
「コケェェェェェェ!!!」
銀色の羽根が逆立ち、目の前一杯を埋め尽くすように針が放たれる。
転がるようにして木の陰に隠れそれを回避したカレンは、草むらの中を疾走し一気に解き放った針の羽根を魔力で補填する針羽根ウコッケイの背後に回り込む。
風の魔術で針羽根を防いだフィリーが、ウコッケイへの牽制の矢を放つ。
サイドへステップしたウコッケイ。羽根の補填も完了し生半可な攻撃など通用しない己の防御力を頼りに放たれた矢の一本を弾き、そしてそのまま背後に近づいたカレンを迎撃しようと振り返り。
「ハァッ!!」
そしてその首をカレンの軍刀が切り落とした。
切り落とされた首は宙を舞い、体はその場に崩れ落ちる。
「ふぅ、フィリー。こいつで何羽目だ?」
「五羽ってところかしら。そろそろ切り上げましょ?」
「そうしようか。だが、変だな…こいつらがこんなに一か所に固まるなんて」
「そうよね……あ。そうだわ、もしかしたら」
首を刎ねて殺した針羽根ウコッケイの血抜きをしながらぼやくカレンに、フィリーはこいつらがここまで集団で固まっている理由を思い出す。
ウコッケイの巣となっていたと思しき穴をあさる。
「あったわ…卵よ!」
「本当か!?ということは、これを持ち帰れば……」
「えぇ、絶対美味しいものが食べられるわよ!」
針羽根ウコッケイ自体も美味しいが、当然その卵も美味しかった。
勿論、普通に外食しようと思ったら高級品で、お財布が薄くなってしまうレベルのお値段がする。だが、自分で仕留めたものだしギルドの依頼というわけでもない。
肉は店に出すテリヤキチキンサンドイッチのチキンにしてもらえばいいし、当然おこぼれを預かることもできる。
内臓は一部は錬金術の素材として売れるし、その金額もなかなか。
そして美味しいものを作れる人間が、家主なのだ。
「卵かけごはんにしてもいいが、ここはやはりオムレツか?」
「半熟卵のオムハヤシがいいわよね」
「そういえばこの前蒸し器を買っていたな。チャワンムシ?だったか。あれもいいな」
「それを言うなら断然、プリンよプリン!」
針羽根ウコッケイの卵と処理の終わったウコッケイを革袋に詰め込んで、二人は帰路につく。
日はすでに傾き始めていた。
目の前には、シキにとってこれはウコッケイの卵のサイズじゃない、という卵が五つ置かれている。
言うまでもなく、針羽根ウコッケイの卵である。
サイズとしては鶏の卵の五倍ほど。
ダチョウの卵とは言わないが、エミューの卵のサイズはある。
針羽根ウコッケイも、サイズは鶏どころでないので卵も大きいんだろうとは思っていたが、まさかこれほどまでとは。
そして何よりいたたまれないのは、キラキラとした眼差しで見つめてくる食いしん坊三人だ。
何を期待しているのだ。
「これだけあるといろいろできそうだけど…何がいい?」
「オムライス!」
「プリン!」
「フレンチトースト!」
三者三様である。
ちなみに、カレン、フィリー、タチバナの順である。
やろうと思えばこれらすべて出来そうだが、たくさん食べることもできない。
それに、やりたいものもあった。
「オムライスはおっけー、夕飯にしよう」
「プリンは?」
「フレンチトーストは?」
「それはまた今度。今回はカステラを作ります!!」
言い切り、不満たらたらの二人を放っておいて支度を始める。
まずは卵を割って重さを測る。一個で鶏の卵何個分になるかを測らなければならないのだ。
そして分量を測ると、オムライスに使う分とカステラに使う分にわける。
ちなみにカステラに使う方が圧倒的に多かった。
卵白と卵黄に分け、卵黄に砂糖を投入。混ぜ合わせる。
「プリン……」
「フィリー、しつこいよ?タチバナも恨みがましい目で見ないで。特にタチバナ、はい、これ泡立てて」
ぽん、と卵白の入ったボールと泡だて器をタチバナに渡す。
ワッフルやマフィンを作るときの要領でいい、と伝えれば無言で泡立て始める。
それを見てから、鍋に蜂蜜と水あめ、水を入れて溶かす。ちょっとだけ温めてそれを混ぜた卵黄に混ぜ合わせる。
そうしていると、腕が疲れたらしいタチバナがオムライスに浮かれるカレンにそのボールと泡だて器を押し付けていた。
お菓子に関しては致命的なカレンだが、泡立てるくらいなら問題はないのでそのまま放置。
「あ、泡立て、終わった、ぞ」
「お疲れ様。腕痛いでしょ?」
「あぁ、もう、剣を振っているほうが楽だな」
剣を振るう筋肉とはまた違うので、結構大変だったのだろう。泡立ってメレンゲになると重くなってくるので余計だ。
「…作り方を見ていると、パウンドケーキに近い気がするんですが」
カステラを作ると言っているのに、なぜ?と首を傾げるタチバナ。
「成り立ちは近いからね。味は全然違うけど。それに、パウンドケーキにこんなに卵使いません」
ちなみに使用している卵の量は、鶏の卵に換算して十二個分である。
針羽根ウコッケイの卵三つ分だ。
カロリーは…計算してはいけない。
「で、これとメレンゲ混ぜて、小麦粉振って…」
卵黄と蜂蜜を混ぜたものに、メレンゲを合わせ、そして小麦粉を振るう。
粉っぽさがなくなるように、それでいてメレンゲを潰さないようにまぜたら、あとは。
「型に入れて窯で焼くだけ!」
四角い型に入れ、窯に放り込む。
扉を閉めて、砂時計をひっくり返した。
「さて、あとはオムライスだけだね」
腕が~と叫ぶカレンとかプリン…と恨めしそうに呟くフィリーをリビングに追いやって、いつの間にやらベーコンや玉ねぎでライスの部分を作っていたタチバナの横に並ぶ。
残った卵を溶きほぐして、分量が微妙だったのでミルクで伸ばす。
少し味が落ちてしまうが、まぁ大目に見てもらおう。
「んー…」
フライパンに一人分の卵を流しいれ、半熟になったらご飯を乗せて包み、ひっくり返す。
焦がさないようにしているので、綺麗な黄色だ。
それを繰り返し、全員分のオムライスを作る。
オムハヤシにする余力はないので、作り置きのトマトソースとバジルをかけて。
「できたよー!!」
呼びかければ、待ってましたとオムライスをテーブルに運んでいくカレンとフィリー。
食前の挨拶をして、ぱくり、とオムライスに食らいついた。
「うまぁ…」
「半熟とろとろたまらないわ…」
幸せそうな表情で二人はオムライスを頬張るが、シキは一人唇を尖らせていた。
気が付いたタチバナが、声をかける。
「どうしましたか?」
「納得いかない。美味しいんだけど、んー、入れたミルクの味が強めに出ちゃってるっていうか。ミルクで伸ばしたのやっぱり失敗だったかなぁ」
「十分美味しいと思うんですが」
「卵料理って、シンプルな分モロに食材の品質とか作る人間の腕が出ちゃうから、わたし的には失敗じゃないけど納得いかないって感じかなぁ」
卵の美味しさに助けられている、と思うのだ。
本気でやるなら、ミルクで伸ばすにしろ上質のミルクを使えばよかったし、できるなら使わないでやるべきだった。バターも無塩じゃなくて有塩だったほうが良かったかもしれない。
「もぐもぐもぐもぐ?(おいしいから気にしなくていいんじゃないか?)」
ほっぺたがハムスターの頬袋のように膨れたカレンがもごもごと言った。
その隣でフィリーも頷く。
「んー、カステラをお楽しみにってところかな」
カステラは店で使う質の良いもので作っている。
あちらはシキにとっても自信作だ。
店には出せず、身内で消費される運命にあるが。
「次、リベンジする」
そう誓いながら、シキは残りのオムライスを片付けにかかった。
窯からは、甘いいい匂いが漂い始めていた。
カステラ大好きですが、気になるカロリー。