トラブルというものは固まって舞い込むものである。
二度ある事は三度ある。
トラブルは固まって舞い込むものである。
事あるごとにシキの友人だった文学少女はそう言っていたが、こんなところでそんなもの実感したくなかった、と目の前にいる人物を前に、不敬だと知りつつ大きくため息を吐いた。
「断れないんですか、それ」
「いやぁ、すまなかった。まさか君がタチバナ君と……そういう関係になるには幾分か時間がかかると思っていたのでな」
「だからって人に黙って見合い話を進めないでくださいザフローア公爵!!」
バン!とシキが思いっきり机を叩く。
その横では、笑みを浮かべているものの絶対零度の殺気を撒き散らすタチバナ。
カレンとフィリーは朝から狩りに出かけているので不在だ。
「いやいや、我輩とて断れぬ筋からなのだよ。そこそこ大きな商家と懇意の貴族でな、機嫌を損ねれば商人経由で輸入品の値を吊り上げられかねん」
「……国の利益のためにわたしを売りましたね?」
「後見をしているのだ、大目に見てくれ。ちなみに君をその貴族に差し出すことで得られる利益は」
「言わんでいい!」
それを言われてしまうと何の反論もできない。
この世界で何の後ろ盾もないシキとタチバナはギルドとこの公爵たちの後ろ盾を持つからこそ、こうしてこの国の中で生活できている。
それがなければ、今頃リヒトシュタートの連中に暗殺されているか、もしくは国を滅ぼして安全を図らなくてはならないところだった。
まぁ、それをすれば速攻で討伐対象にされただろうが。
「ったく、後見を受ける際の文言は覚えていますよね?」
「うむ、覚えているとも。『国の防衛以外の目的で力の行使を求めない』であるな」
「つけたせば、『わたしの意志をないがしろにした場合、報復を覚悟しろ』もありますから」
「……そ、そんなものも、あったな」
どうやらすっかり忘れているようだ。
とはいえ、今の言葉はかなり要約してあるので、もっと長ったらしいわかりにくい文言になっている。
シキもあえてそういう言葉にした。いざというときの引っ掛けに使えるかと思って仕掛けておいたのだが。
まさかこんなところで効力を発揮するとは。
「ほ、本当にすまん。が、これで君の身を守ることにつながるのだ、了承してほしい」
「…どういうことですか」
いつもならばシキの殺気如き飄々とかわすこの公爵が、ひどく歯切れ悪く言葉をもたつかせる。
それに、思い当たる節がいくつかったシキは、椅子の背もたれに深く寄りかかりながら、眼を半眼にして言葉を続ける。
「……身分ですか」
「うむ、そのとおりだ」
大きな商人と懇意にしており、なおかつこちらに不利益をもたらすように指示できる貴族など、そう多くはない。
そんな貴族との見合いともなれば、相手にも相応の身分が求められる。
最低でも、平民ではなく貴族階級か、どこかの大商人のご令嬢レベルでなければ釣り合わない。
カレンの元実家のように下級貴族であればまだ平民を迎え入れても、ある一定の教養を身につけさせたりすればどうにかなるレベルではあるが。
とはいえ、シキに持ち込まれた縁談というのはそんな風に済ませられるものではないのだろう。
「この見合いは断ってもらって構わない。というか断ってほしい。ああは言ったが少しばかり問題のある男でな、そろそろお灸を据えねばならないのだが、切っ掛けがなかったのだ」
「で、その見合いにかこつけて、わたしに貴族位もしくはそれに順ずるものを持たせようってことですか」
「我輩の援護も、ギルドの援護も、万全ではないからなぁ。やはり、対応は遅れてしまいがちになる」
「書類審査通さないといけませんからね」
冒険者ギルドと、公爵の後見をうけているとはいえ、シキは平民である。
あくまでも、異世界人だから保護されている平民なのだ。
無茶を押し通すにしろなんにしろ、彼らの連名がなければまともに取り合ってもらえないことも多い。
無茶を押し通すため実力行使もできるが、流石に意見を聞かずにやらかして数カ国まとめて敵に回したりしたら勝てないので、素直に彼らの助力を得ているのが現状だ。
一番最近だと、リヒトシュタートに送った鳳凰の幻入りの手紙である。
向こうに送りつけるにしろ、書類と一緒に送ってもいいよ、と許可をくれなければ送ることすらできなかったのだ。
当然、個人で出した場合国境で突っぱねられていただろう。
見合いをする、というのは気に食わないがシキの身を護るためのさらなる処置のためだと理解したタチバナは殺気を少しばかり和らげて黙って話を聞いている。
「シキ君には、その異名のままの地位についてもらう。いわゆる名誉貴族というやつだな」
「異名そのままって…」
「当然、姓の前にフォンを入れてもらうがな?大丈夫だ、所詮貴族に準ずる、というだけで何も変わらんよ。せいぜい舞踏会に呼ばれて断る必要が出てくる程度だ。名誉貴族は、それなりにいるからな」
この国の大きな商人というのは大体が名誉貴族である。
商業で発展しているので、商人の力が強いというのもあったが、何より貴族の位を持っているのと持っていないのとでは取引できる相手に差が出る。
舞踏会や式典では貴族しか立ち入れない箇所も多く、だがしかしそこには上客も多い。
だが、名前だけとはいえ貴族の位を持っていれば、入って上客相手の商売ができるのだ。
それを見越しての、名誉貴族という位だ。
貴族の客も、名誉とはいえ貴族としての称号を与えられた商人国からの保障があるということ。信用できるかどうか判断するためのひとつのバロメーターともなっている。
「とりあえず、名誉貴族として登録して、見合いでそのバカな男をふって、後は自由でいいんですよね」
「勿論だ。タチバナ君と籍を入れても構わないぞ?式にはぜひ…」
「籍は入れるけど式は挙げないから」
斬り捨てたシキに、ザフローア公爵は不満そうに眉を片方跳ね上げた。
「何故かね?」
「面倒。お金も無理」
「我輩が工面しても?」
「どうせ後から労働を要求するでしょう?貴族の駒になるのはゴメンだよ」
「既にそうなのだがなぁ」
「現状、せいぜい抑止力として使われてるだけだから。高ランク冒険者だって基本そんな扱いでしょう?けれど、これ以上はイヤ」
名誉貴族になっても、後見を受けている今とあまり変わりはない。
名誉貴族なのであって、公爵伯爵男爵騎士のように国に仕えるわけではない。
貴族としての義務が発生するわけではないのだ。
だから、了承する。
が、それ以上は借りを作りたくないのが本音である。
「ふむ、それならば致し方ないな。では、この書類にサインを。これでシキ君の名誉貴族としての登録ができる。あぁ、見合いだが、明日、城でな。盛大にふってやってくれ」
「はいはい……っていうか明日!?」
「作法は気にせんでいい。下卑た男だ、思いっきり平手打ちでもなんでもかましてくれ」
「こっちが罪人扱いされそうなんですが」
「安心するがいい、女性を侮辱した貴殿が悪い、とでも言って大人しくさせるさ」
そう言って笑う公爵は、目が笑っていなかった。
あ、これはそうとう見合いをさせろと突っ込んできたバカ貴族がバカやったな、とシキとタチバナは視線を合わせて頷いた。
この公爵、平気で一人でふらふら出歩くし不敬だと言われても文句が言えないようなシキにも寛大だが、国や民に不利益をもたらしかねない貴族が大嫌いなのである。
自分も貴族だからこそ、余計に眼に余るのかもしれない。
かくして、シキは交易都市国家ラグの名誉貴族となり。
以降、『シキ・フォン・フェルンヴェルト』と呼ばれることになる。
次の日。
「ふん、力はあるが、美しくないか。体の具合はそこそこ良さそうだ。女、私自ら躾けて…」
「近付くな気色悪い!!」
「……ぐはぁ!?」
頭の上から足の先まで舐めるように見てくるその貴族を容赦なく蹴り飛ばし、その顔面に水をぶっ掛けると、シキは見届け人である宮廷魔術師に射殺せそうな視線を飛ばす。
「帰ってもいいですよね!?」
「はい!大丈夫です!!未婚女性へのセクハラ発言、しかも四季の魔女様への侮辱発言、それは後見人であるザフローア公爵への侮辱になりますので!!後はお任せを!!!」
「よろしくっ☆」
ツカツカとヒールを鳴らし、シキは城を後にした。
シキを侮辱した貴族は、ものの見事に下級に位を落とされ、懇意にしていた商人とも縁を切られたそうだと、後日すっきりした表情の公爵から聞かされることになる。
ぶっちゃけ、追い落とすためのダシにされただけです。