ギルドの依頼(2)
さて、依頼を引き受けたはいいがメニューはいかがしたものか。
食後の紅茶を飲みながら、今ある氷室の在庫を思い出す。
燻製にした針羽根ウコッケイの鳥ハムの残量は店に出すサンドイッチの分が限界。
追加は今現在塩漬けの真っ最中で使えない。
そうなると照り焼きチキンか、もしくはサイレントボアのベーコンか。
(ちなみにサイレントボアとは、無音で近づいてくるただでさえ物騒なイノシシより物騒なイノシシである)
「東大陸か、異界かって言ってたし、照り焼きチキンかなぁ」
「テリヤキチキンだと!?」
「カレーン、残りがヤバいからお昼ご飯にも、勿論夕飯にもならないから」
テリヤキチキンと聞いて目の色が変わったカレンを一言で撃破しつつ、シキはメニューを考える。
男女ともに、というのがなかなか曲者だった。
どんぶりものにするわけにもいかなくなったし、そうでないとご飯が…。
「あ、炊き込みご飯にすればいいんだ」
テリヤキチキンと大根と海藻のサラダ。それと若菜のおひたしにごぼうのきんぴら。
ご飯はテリヤキチキンを付け込んだタレと昆布でとった出汁と細かく刻んだキノコの炊き込みご飯。
デザートには、最近常備の竹の器に入れた善哉か、甘さ控えめの水ようかん。
汁物が無いのがちょっと納得いかないが、タンブラーに味噌汁ぶちこむわけにもいかないので諦めよう。
飲み物はこれらに合いやすい、なるべく落ち着いた香りの紅茶か緑茶。
グランドマスターのみ、チャイ。
今回のチャイは甘さを抑えた方がいいだろう。食事に合わなくなりそうだ。
「メニューは決まりましたか、シキ」
「うん、一応ね。材料が無ければ随時変更するけど」
ごくり、と紅茶を飲み切ったシキは、支度をするべく立ち上がった。
カレンとフィリーの方へと向き直ると、支持を出す。
「三人は申し訳ないんだけど、午後から開店する店の準備をお願い。サンドイッチとか、できる範囲でいいから」
「一応、水出し紅茶やそのあたりの準備はできるが……ワッフルとかはまだやったことがないぞ?」
「ワッフルとか焼き菓子はタチバナができるから、切ったり挟んだりとか簡単なものだけでいいよ。水出し系のお茶は……うん、分量さえ間違えなければいいからやっておいてくれる?」
朝晩の仕込みに関しては、いつもシキとタチバナだけがやっていた。
カレンとフィリーも手伝うことは手伝っていたし、出来ないわけではないがやはり味が違う。
それに、武器を手に入れた二人には、開店準備の掃除とその後に短い時間ではあるものの狩りをお願いしていた。
特に針羽根ウコッケイなどは彼女たちのおかげで安定供給されているので、適材適所というか。
そんなわけで、あまり仕込みはやらなかったのだが、そうも言ってられないのでタチバナ監修の下頑張ってもらうことにする。
「さて、頑張りますか!!」
腕まくりをして、シキは戦場であるキッチンに立った。
まず、炊き込みご飯の下準備からだ。
米を研いで、水を切る。
その間に鍋に水を張って沸騰させ、乾燥昆布を投入。出汁を取る。
だし汁を三分の一ほどの中に今度はテリヤキチキンのタレをいれ、同時に細かく切ったキノコを投入して煮込む。
別の鍋を準備して、水を切った米と煮込んだキノコをタレごと入れて、不足分の水分を残りのだし汁で調整する。
あとはいつものように米を炊くだけだ。
「炊き込みご飯の仕込み終了、次いくよー!」
「ちょ、シキ早い、早い!!まだこっち下準備だけだというのに」
カレンが紅茶の茶葉のグラムを測りながら水出し用のボトルに投入しているのを横目に、こんどはきんぴらごぼうの制作にはいる。
ささがきにしたごぼうを軽く湯がいて、それを残っただし汁に砂糖と醤油と唐辛子を入れたものの中に投入、弱火でひたすら煮込む。
焦げ付きにだけ気を付ければいい。
ご飯ときんぴらごぼうで竃が塞がったが、その隙に大根やら海藻やらをザックザックと切りサラダを作る。
水分が飛んだら美味しくないので、盛り付けるまではと適当な器に詰め込んで蓋をして氷室行きだ。
そうこうしているときんぴらごぼうがいい感じに煮えたので火から降ろし、冷ます。
「シキ、借りるわよ!」
ワッフルの制作に取り掛かったのだろう、フィリーがタチバナの指導の下、竃の前に立った。
これで上は使えなくなったが、ピザやマフィンを焼くための窯は使えるので問題ない。
適当なサイズの鉄製の大きなフライパンに、テリヤキチキンを乗せて窯にぶっこむ。
扉を閉めて、後は放置。
「そういえば、弁当用の容器ってあったっけ?」
「あるわけないですよ」
作り始めて何だったが、無いとヤバいものが無かった。
慌ててシキはギルドに向かうために店から飛び出していった。
昼を回る少し前。
ギルドが本来なら弁当を頼んでいた店から借りてきた容器に作ったものを詰め込んだ弁当と、飲み物を淹れたタンブラーを届けることができた。
報酬はけっこうあった。
3日間なら遊んで暮らせる金額だ。
「つ、疲れた…」
「お疲れ様です、シキ。ですが午後もお仕事ですからね」
「タチバナの鬼…」
「俺は狐です」
リビングででろん、と転がるシキ。
その横では、慣れない仕事をしたせいでやはり疲れたように昼食を食べるカレンとフィリー。
「うぅ、やはり私は調理には向かない…」
特にカレンがダメージを受けていた。
フィリーはこれからは簡単な仕込み位なら回しても申し分ない腕前だったのだが、カレンが水出し紅茶類以外は壊滅的な腕前だったので、タチバナの雷が落ちまくった結果だった。
「取りあえず、そろそろ開店の時間なんで三人とも準備してください」
「タチバナがいじめるー…」
別に料理を作ること自体に問題はなかったが、弁当しかも指名ともなれば神経を削る。
サクサク作っていたものの、いつもよりも神経を張りつめる羽目になったシキは、自分たちを仕事に追い立てるタチバナへと子供のように文句を垂れ流す。
とはいえ、いつまでもこうやっているわけにはいかないのも事実なわけで。
「あー…、さて、頑張りますか」
作ったあまりの善哉を頬張って飲み込み、立ち上がる。
カフェ・ミズホのごくごく珍しい開店時間はもう目の前だった。
余談だが。
デザートの善哉に惚れ込んだおじいちゃんマスターとグランドマスターの二人が結託して、いつか弟子を送り込もうと計画が本気で練られ始めたが、迷惑になるからやめろと他のマスターたちに止められたらしい。
本人たちは、諦めていないようだが。