ギルドの依頼(1)
どんどんどん、とかを通り越して、がんがんがん、とドアを叩く音がする。
朝食であるキャロットパンケーキにツナマヨ、目玉焼きにそら豆スープをそれぞれに口にしていたシキたち四人は、その音に眉をひそめた。
「ああもう、朝から何!?」
朝食の席を邪魔されたシキは、イライラとした表情をしながら音のする店舗側の扉を開いた。
「じぎざんだずげでぐだざいいぃぃぃぃぃ!!!」
「はぁ!?」
開けた瞬間、正直引くくらいに号泣というか滂沱の涙を溢す青年がいた。
土下座をする勢いで助けてくれと懇願され、思わず何とも言えない声が出る。
取りあえず落ち着け、とタチバナが即席で用意したタオルを顔面にぶち当てる。それでぐしぐしと涙とか鼻水とかふき取った青年は、もう一度助けてくださいと、今度こそ土下座をしながら言い放った。
「あぁもう!わかったから理由を話す!!」
話が進まない、と扉の前に座り込む青年を店内に引きずり込む。
そら豆スープを押し付ければ、幸せそうな表情で啜り、やっとのことで落ち着いたのだろう、己の醜態に真っ赤になりながら話し出した。
「そ、それがですね、今週一杯冒険者ギルド本部に、全支部のギルドマスターが会議のために来ているというのはご存知でしょうか?」
「ん?あぁ、毎年恒例の大会議ね。で、それがどうしたの」
「実はですね、いつもギルドマスター方の昼食を担当していた者が、昨日になって大けがをして動けなくなってしまったんですよ、はい」
年に一度ある全ギルド支部のマスターたちの顔合わせを兼ねた大会議。
通常の会議は通信用の魔道具を使っているのでいいのだが、さすがに年単位で顔を合わせないというのも問題ありなわけで、一年に一度こうやって会議が開かれる。
期間は一週間で、最初の三日は会議室で缶詰になるらしい。
その時に、モチベーション維持も兼ねているのが、食事だ。
全マスターの上位存在であるグランドマスター御用達の高級料理店から弁当が届く。
「で、まさかとは思うけれど、わたしにそれのかわりに弁当出せとか言うんじゃないよね?」
「すみませんその通りですっていたたたたたた!?」
「一介の、カフェの、マスターに、頼むこっちゃないで、しょぉぉぉぉ!!??」
あ、嫌な予感と思ったその次の瞬間に、見事に嫌な予感は的中。
思わず青年のこめかみをぐりぐりと抉るシキ。
先ほどとは別の意味で、青年は涙目になった。
「ちゃ、ちゃんと理由があるんですって!聞いてくださいよ!!あいだだだだ」
最後の仕上げとばかりにさらに力を入れて抉りこんだシキは、とりあえずは聞いてやろうじゃないか、と椅子にどかりと座り込んだ。
涙目でこめかみを抑えつつ、青年は話を続ける。
「リヒトシュタートの隣国であるハルニレのギルドマスターを覚えていますか?」
「……おじいちゃんマスターのこと?」
「おじ…まぁいいです、そうです、あの方がですね、『シキの作るメシが食いたいのぅ』とおっしゃられて。で、それに便乗するようにグランドマスターが、チャイを飲んでみたい、と」
「だったら店に来なさいって」
「グランドマスターが外出するとなると、国王まではいかなくても、姫君やそのあたりの方々レベルの警備を引き連れることになりますよ」
「オッケー、で、その二人が言い出して?」
姫やそのあたりの位の人間の警備と聞いた瞬間、むしろ来られても困ると続きを拒絶するシキ。
ギルドの青年もそのあたりがどの程度大変で面倒なのかをよく理解しているので、ツッコミは入れない。
「なにぶん、グランドマスターが言い出したこともありまして。異世界料理や東大陸の料理に舌鼓を打つのも悪くはない、と周囲の方々も賛成してしまいまして」
「それで朝っぱらから……」
「本当にすみません。ですが、その、報酬もかなり多めに出しますし、助けていただけたらな、と……」
この言い分からすると、断ることもできるのだろう。
だからこそ助けてくださいなのだろうし。
本当は断りたいとはいえ、ラグやハルニレのマスターやグランドマスターには大いに助けてもらった借りがあるし、下手に断わって店の看板に傷がつくのも困る。
こうなったら受けるしかない。
「わかった、受けるよ。ただし、高級店みたいな上等なものじゃないってことだけ了承して。作れって言われて作った後にいちゃもんつけられてもイヤだから」
「そ、それはもちろんです!っていうか、ここの美味しいじゃないですか!僕、もうちょっとお財布に余裕があったら毎日でも、ここのウーロン茶とおにぎり食べたいくらいなんですよ!?」
そういえばこの青年、常連だった。名前は知らないが。
道理で見覚えがあるはずだ、と納得したシキは青年の言葉をスルーしつつ、どんなメニューがいいかを問いかける。
「男性受けも、女性受けもするものを。飲み物はタンブラー人数分の代金支払いますんでそれに淹れてください。チャイは苦手な人がいると思うんで、ストレートの紅茶と緑茶、グランドマスターの分だけチャイで」
「肉駄目とか、アレルギーとかは?」
「あれるぎぃ?」
現代日本とはいかずとも、明治大正昭和初期レベルには発展しているこの世界でも通じないものは多い。
しまった通じなかったか、と言葉を変えつつ、もう一度問いかけた。
「食べて、拒絶反応は出ないかってこと。じんましんとか、いきなり意識を失ったりとか…」
「あー…、多分大丈夫だと思います」
「わかった、作ったら本部まで?」
「はい、それでお願いします。店は…」
「こうなったら午前休業にするよ。今日は午後から開店して、夜までやるから」
お偉いさん方の弁当やお茶を作るのに、手抜きなどできない。
店のものだって手を抜いたりなんてしていないが、それでも量産できるものをメインにしているので、手間が違うのだ。
報酬はきっちりふんだくるが、伯爵の時のように完全一日休業はしない。
あの時は初めてのお菓子だったことも、量が必要だったこともあったからの休業だ。
「わかりました。すみません、本当にお手数おかけします…」
「ま、仕方ないよ。グランドマスターの我儘ならね。ハルニレのおじいちゃんマスターには助けてもらっておいて中々お礼できなかったし。いい機会かな」
ありがとうございますすみませんを何度も繰り返しながら、依頼の契約書にシキのサインをもらった青年は、全力疾走で帰って行った。
シキが後ろを振り向けば、やる気満々といった風の三人。
やる気があるのは結構だし、ありがたい。けれどその前に。
「…朝ごはん食べてからにしよう、ね?」
冷めてしまったパンケーキは、それでも一応美味しかった。