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ドワーフのおっちゃんと珈琲ゼリー

シキより低い身長に、がっしりとした筋骨隆々といった体つき、浅黒い肌に生える長いひげ。

ドワーフである。

どちらかといえば女性客の多いこのカフェ・ミズホにおいて貴重な野郎成分である。

名をゾルダンという。

彼は店の一番奥にあたる席で、のんびりと麦茶を啜っていた。

ドワーフは酒好き、というのが当然なのだが、ゾルダンは珍しくアルコールによる酩酊感を嫌っていた。

特に、鍛冶をする際に指先が冷えるようなあの感覚が邪魔になるそうで、徹底的に酒精を自身に近づけさせない変わり者だ。

が、別に酒の味が嫌いなわけではない。

アルコールが嫌いなだけである、と言い張る彼が数年前に出会ったのがこのカフェだ。

腹にたまるような食事はないが、代わりに小腹を満たせる軽食と、なにより一般市民にはあまり馴染みのなかった飲み物を手ごろな価格で提供するこの店。

シーズン毎に代わる品揃えも、また楽しみでもある。

パンやビールに使う麦をお茶にするという考えはあまりなかったが、実際飲んでみるとこれがなかなかイケル。

味覚自体は普通のドワーフと変わらないゾルダンは、その味に見事に魅了された。

豆茶と似ているようで、けれど香ばしさが違う。キンっと冷やした麦茶を鍛冶で火照った状態で飲むと、これまたたまらない。


「お待たせしました、番号札12番のお客様!」

「おう、ここじゃ」

「はい、玄米おはぎです」

「おう、今日もいい香りだのぉ」

「玄米のおにぎりもあるけど、持ち帰るかしら?」

「ぬ。今日の具はなんじゃ?」

「ふふふ、今日はタラコよ?後は定番の釘煮と梅干しかしらね」


番号を呼ばれ、飲んでいた麦茶をそのままに受け取りカウンターへ向かったゾルダンは、フィリーからのおススメに一瞬悩む。

ウメボシもあの酸っぱさが米の甘さを際立たせるし、他の具よりも日持ちするので重宝するのだが、珍しくタラコが入ったというのなら頼まねばなるまい。


「二つ、追加じゃ」

「はい、ありがとうございます。240リラです」


リラはこの世界における共通通貨単位だ。

シキは「どっかで聞いたような単位…」と呟いていたが、気にしてはいけない。

ひとまず、玄米おはぎに続いてタラコおにぎりをゲットしたゾルダンはまた席に戻ると、いそいそと玄米おはぎに食いついた。

甘く煮た小豆の風味と、玄米の食感がたまらない。

男女ともに食べやすいように、と甘さを控えたそれは苦みのある麦茶といいコンビである、と彼は言ってはばからない。

後輩のドワーフを連れてきて食わせたこともあるが、奴らは大きなバゲットに大量の野菜とテリヤキチキンを挟んだものに惚れ込んでいた。

あれもまたたまらない。女性向けに甘いタレもあったが、男性向けにと胡椒を利かせた辛めの味付けのものがあり、酒のつまみにしたいと叫んでいた。

当然だが、この店は酒場ではないので持ち帰りになったが。


「あ、それと。マスターからお願いがあるそうなのよ。少し待っていてもらっていいかしら?」

「ほう、マスターが、か?珍しいこともあるもんじゃな」

「ここにいる男は甘党タチバナ一人だけだから、男性の意見は貴重だって言っていたわ」

「そうだったの、タチバナは嬢ちゃんたちを超える甘党じゃったのぉ」


今の時間は午後の二時過ぎ。

軽食を求めてやってくるギルド職員たちが減り、通りすがりの商人や冒険者たちが立ち寄る時間になり始めている。

この分ならば、そんなに待たなくても大丈夫そうだと判断したゾルダン。

伝言を伝え終わると、次の客を捌くべく戻ったフィリーの姿や、会計を行うカレン、次から次へと注文のお茶やコーヒーなどの飲み物を淹れるシキの姿を眺める。

シキが自身の昼食を兼ねてゾルダンに声をかけてきたのは、それから三十分後の事だった。





「これなんだけどね?」


おごりだと言われて、二杯目の麦茶を出されたゾルダンの目の前には、おにぎりに食らいつきながら相談の品を出すシキ。

相談の品言って出されたのは透明感があるような黒いプルプルとした塊。

ゼリーや寒天の類なのだろうが、何を固めたらこのような色になるのやら。


「珈琲ゼリーなんだけど」

「コーヒーをゼリーにしたものか?」

「うん。この前男性のお客様から、もうちょっと甘くないおやつはないかって言われてね。まぁ、前々から要望はあったんだけど、量産とか考えると中々できなくて」

「揚げ菓子、焼き菓子、サンドイッチにおにぎりにその他諸々。考えればこの規模の店にしては品揃えは豊富だと思うがの」


シキの店は小さい。

持ち帰りがメインなので店舗のサイズはショーケースやカウンターなど含まないフロアで約3坪ほど。

それでこの品揃えは中々だ。パン屋ならば話は別だが、ここはあくまでも持ち帰りメインのカフェである。


「とりあえず、食べてみてよ」

「いただくとするか」


シキに勧められるまま、ゾルダンはスプーンでそのまま珈琲ゼリーを掬って口に入れた。

コーヒー独特のほろ苦さとほんのりとした砂糖の甘みがいい。

鼻に抜ける香りもまた、コーヒーを食べているという気分にさせる。


「うまい。甘すぎないから、男どもも気に入るだろうて。見た目も可愛いというわけでもないしの。だが、若い小娘には受けないじゃろう」

「んー、苦さが受け付けない?」

「うむ。人によってはもう少しマイルド差が欲しいかのぉ」


その言葉を待ってました、とシキが小さな小瓶を取り出した。

生クリームと砂糖を混ぜて作ったシロップだ。

それをゾルダンの食べかけの珈琲ゼリーにかける。


「む?これは…カフェオレ、か?」

「正解!このお菓子もやっぱり私の故郷のお菓子なんだけどね。男性はそのまま、女性はこうやってシロップをかけて食べる人が多いんだよ」

「ほうほう、これはいい!酒を呑まぬワシが言うのもなんだが、酒にもあうじゃろうて!」

「や、うちはカフェだから酒は無いから」


シキのツッコミを受けるものの、ゾルダンはひょいぱくひょいぱくとゼリーを口にする。

そのままの状態ならば、ブラックコーヒーを好む連中は喜ぶだろう。

シロップをかければ、そのまま女性も好む優しい味のカフェオレだ。


「で、これってゼリーだもんで、他の持ち帰り品みたいに紙に包んではいってわけにもいかなくて。安価で、何回も使えるような器に心当たりないかな?」


ゼリーなどを店頭に置く際の最大の難所が器だった。

今までは店内限定で、という形でやってきたが、食べられない人たちから不満がでる。

特に、昼の休憩でやってくる職員たちがぶーぶーと言っていたのだ。


「陶器や金属は却下じゃの。そうなると木製…だが安価で繰り返し…見た目はシンプルで問題ない……竹はどうじゃ?」

「竹?」

「うむ。節の部分を底にして、切り口を処理すれば、即座に器になる。見た目もシンプルじゃが、なかなか美しいと思うが…」


そういわれてシキの脳内に浮かんだのは、京都かそのあたりに旅行に行った土産としてもらった、竹筒に入った羊羹だった。

シンプルながらも、新しい竹ならばその青さが良いし、何回も繰り返し使える。

値段も、輸入品にしても中々安い。

最初から値段設定の中に入れておいて、器の返却をしてくれた人には器代だけ次回割引。そうでない人はそのままでという形が取れる。


「うん、大丈夫。ありがとうゾルダンのおっちゃん。それでやってみるよ」

「そうか、役に立ったならばよかったわい。加工はワシの知り合いに良いのがおる。紹介状を書いてやるから、今度訪ねてみるがいい」

「いいの!?ありがとう、本当に助かる。近々行ってみるね!」


問題解決だ!とはしゃぐシキ。

カレンやフィリーとハイタッチすると、くるりと一回転して満面の笑みでゾルダンに言った。


「お礼におはぎを幾つか包むから、食べてくださいな♪」


そのままタチバナを呼びながら奥に引っ込んだ彼女に、がははと笑うゾルダン。

なんだろうか、若い娘からここまで満面の笑みを向けられるとなんだか。


「年甲斐もなく、照れるのぉ」


呟きは、誰にも聞き取られずに空気の中に溶けて消えた。




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