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そうだ、梅酒を作ろう。

早朝の港市場。

いつも東大陸からの食料品の手配をしてくれている商人に声をかければ、ニヤリ、と笑いながら。


「おう、魔女の嬢ちゃん。今年もアレ、入荷したぜ?」


等と言われ、首を傾げた。

何かあっただろうか、と悩み、そして思い至る。

梅子黄うめのみきなり

シキの使う暦でも、東大陸の暦でも、今は梅雨に入るシーズン。

西大陸の梅雨にはまだ早いが、向こうではしとしとと雨が降っていることだろう。

そして、梅子黄の言葉通り、梅の収穫が最盛期を迎えている。


「今年の出来は?」

「上々だ。いつもよりちぃと大振りだな」

「10キロ…ううん、20キロ頂戴」

「大きく出たな?」

「去年は5キロでひと月だったからね。保存もきくし、多すぎて困ったらそっちに卸すよ」

「わかった、支払いは?」

「いつも通りに。うちの店の裏に運んどいてくれる?」

「いいぜ。かわりに一杯おごれよ、チャイのショウガ強めで」


交渉を済ませ、商人の親父と別れると他にもめぼしいものが無いかと市場を歩き回る。

けれど、その脳内は今年の梅の処理で埋め尽くされていた。



夜。

どっさりと届いた梅の山を見て、二人が呆然としていた。


「な、なんだ、これ」

「梅」

「梅って…あの酸っぱいヤツでしょう?私、あれ苦手なのよ」


カレンは梅そのものを知らなかったが、フィリーは梅干しは知っていたらしい。

思い出しただけでも、その酸っぱさを思い出すと言わんばかりに、渋い顔をしている。


「梅。俺にとっては薬草とかのイメージが強かったんですが…アレは美味しいです。冷やして飲むのが最高です」


最近どうも甘党だということが判明したタチバナが、うっとりと梅の山を見つめている。

甘党の彼がそう言うということは、甘いのだろう。

だが、梅はすっぱいはず、だ。


「二人は酒場にいかないから知らないかな。最近、女性に人気な飲み物になるんだよ、この梅」

「シキが提案したのが始まりらしいんですけどね」


最初は、東大陸からの輸入でしか手に入らなかったその酒。

酒は造るのに時間がかかるうえ、輸入するとなるとそれなりの値段になってしまい、中々出回らなかった。

だが、その製法をシキが知っており、公開したのだ。


「原料の梅はこっちでは土地が合わないせいか育てるの大変で、原材料は向こうに頼らざるを得ないからね。公開したところで大打撃にはならないだろうし…やっぱり環境が違うせいか、風味も全然違うしね」


東大陸で生成される梅酒は、こっくりとした味わいで、西大陸というかラグで生成される梅酒はさっぱりとした風味になる。

好みは分かれるが、変わらず東大陸の梅酒が高級品でそれでも流通量が変わらないのを見ると、ブランドというのはやはり強い。


「で、今から作るのはそのお酒」


どん、とシキの背後で用意されているのはガラス瓶。

そして特定の量で袋分けされた大量のの砂糖とホワイトラム。


「作り方は簡単、梅と砂糖とできればホワイトラム。ブランデーでも面白いけど、まぁ蒸留酒だね。それを同じ瓶に入れて放置するだけ」


手伝ってね、と笑顔で言い放ち、一枚のタオルを手渡す。


「梅はもう洗ってあるから、水気をふき取りつつ瓶に入れて。で、交互になるように砂糖を入れる」


ぽいぽいぽいと手早くシキは梅の水気を拭いて重さを測り、瓶に入れては砂糖を入れて、また梅を入れては砂糖を入れる。

どうやら一瓶で10L程度入るらしい。


「梅と砂糖は一対一の分量ね。重さはきちんと図ってね」

「ちなみに聞くが、何キロあるんだ?」

「20キロ」

「さっさとやりましょう!」


量を聞いた途端、カレンもフィリーも即座に動いてぽいぽいと梅を拭いては測りにかけ、砂糖と一緒に瓶に詰める。

タチバナはすでに無言で一瓶終わらせようとしていた。

そして詰め終わった瓶には、ホワイトラムを注ぎいれ、きつく蓋をする。


「あとは、暗所に保存。出来上がりは三か月くらいかなぁ」

「遠い…」

「ひと月で飲めないわけじゃないんだけどね、あんまりおいしくないから。シロップだともうちょっと早いけど、あれはカビが怖い」


梅雨に入ろうというときに梅シロップを作ると、手入れを怠るとあっという間にカビが発生する。白カビならまだ救いがあるのだが、黒カビだった日には全部を廃棄せねばならなくなる。

それは避けたい。


「本当は二人にも飲んで味を知ってほしかったけど、去年作った梅酒でゼリーを作ったら、あっという間に売れきれちゃって」


熟成させることもかなわず、無くなってしまったと指先は作業をしながら遠い目をするシキ。

瓶はついに五本目に突入していた。


「ま、できたら一番最初に飲ませてあげる」


楽しみにしていてよ、と笑うシキ。

カレンは梅酒か、どんな味なのだろうと心躍らせ。

フィリーは昔食べた梅干しの酸っぱさを思い出して少し不安になりながらも、部屋中に漂う甘い香りに期待を隠せなかった。

タチバナは、黙々と梅の処理を続けている。

その日、夕飯の時間を押して梅酒の仕込みは続けられた。




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