ほろりと崩れる可愛いお菓子
春も終わりに近づき、なんとなく暑いようなそんな時期。
シキたちの格好も長袖から半袖に、厚物から薄物に完全に入れ替わったつい最近。
爽やかな笑みを浮かべて、なぜかカレンたちの後見人である伯爵がやってきた。
名を、フェリクス・フォン・ハーフェン。
周囲のドン引き具合も気に留めず、伯爵でありながら助けてくださいとシキに泣きついている。
「あー、もう。ハーフェン卿、お願いですから裏行っててください。騒ぎになります」
シキに視線でこれ運び込んでおいてと指示されたタチバナは、伯爵にする態度ではないが彼を軽々持ち上げると、リビングへと引っ込んだ。
これが客足が減ってくる夕方でよかった、と胸をなでおろしたシキは、フィリーが対応する少女たちを最後に店を閉店しようと、入り口の看板を引っ込めた。
駆け込もうとしてきた人には、明日でよければ、とお茶菓子のサービス券を渡してどうにか店じまいを完了する。
「で、伯爵。なんの御用ですか?」
「相変わらず四季の魔女殿はお美し…」
「世辞を言うだけなら追い出しますよ。もしくは公爵か、奥様に言いつけますが」
「実は、姪っ子が嫁いだ隣国から、一時的に戻ってくるんだけどね」
冷たい眼差しで忠告を受けた伯爵は、即座に態度を改めると本題を切り出した。
なんでも、その姪っ子はお菓子に目が無いらしい。
だが、マドレーヌなどの焼き菓子は食べ飽きたとのこと。
そうなると、変わり種をさがすことになり。思いついたのがここだったのだ。
「東大陸の菓子はどうしたんです」
「見た目が美しくないから嫌だと駄々を捏ねられてしまってね……味はいいとは言っていたけれど」
「典型的なお嬢様ですか、あなたの姪は」
「申し訳ないが、その通り。まぁ、それでも捨てないで食べてから判断するので」
「まぁ、マシですね。で、わたしに見た目が美しく、なおかつ焼き菓子じゃないものを作れ、と?」
「出来れば日持ちするものを。報酬は出します」
ここで断るのは簡単なのだが、他国に嫁いだお嬢様ということは国交問題が絡んでくる。
どうあがいても、最終的には受けざるを得ない依頼だ。
おまけに、カレンやフィリーの後見を受けてもらっているので、彼女たち二人経由で命令が来るだろうし。
「はぁ、わかりましたよ。作りましょう。量は?」
「多めに。茶会にも出したいそうなので、二十人分ほど」
思わずシキの唇がひきつった。
焼き菓子なら問題ない量だが、そうではないとなるとなかなか苦戦する量だ。
しかも美しく、ときた。
「……どんなものでも文句は言いませんね?」
「えぇ、言いません。材料は今お聞きできれば用意しますが」
そう言われて、キッチンの片づけを終了させ戻ってきたカレンとフィリーの二人から心配そうな視線を受けつつ思案する。
日持ちして、量が作れて、焼き菓子じゃなくて、美しいもの。
羊羹?いやいや、東大陸の菓子は嫌がってたらしいから却下。
メレンゲ菓子?だめだめ、あれも焼き菓子だし、定番でしょう。
思わず無言で戸棚から故郷から持ってきていたレシピブックを開く。
パラパラめくって、とあるものが目についた。
これなら大量生産も日持ちもオッケーだ。
「今から言うものを揃えてください、伯爵」
「なんだい?」
「重曹と、粉砂糖と、コーンスターチです。ほかの材料はこっちでどうにかしますので」
「粉砂糖とコーンスターチは分かるけど…重曹?」
「ええ、クエン酸は…わからないですよね、当然です。無くてもどうにかなるのでいいです。その三つを各五キロくらい」
かなりの量になるだろうが、余れば材料費を払って引き取ればいい。
そう考えての量だった。
重曹?と首を傾げる伯爵だったが、了承し、契約書は追ってギルドから届けると言っていく。
残されたのは、やはり「重曹?」と首を傾げるシキ以外の三人だった。
二日後。ギルドから届いた契約書と手配されていた材料が運び込まれた。
一日がかりになるので、店は諦めて休業にした。
報酬が一日の売り上げまではいかなくとも、それなりに用意されていたので諦めもつく。
半日営業だと思えばいいし、これで大口注文が入るようになればいいさ、とは何か用意するために走り回っていたシキの言だ。
「さて、今回は三人にも手伝ってもらうから」
「私たちもか!?」
「大丈夫。これに詰めてくだけだから」
シキが取り出したのは、キャンディや小さな焼き菓子を作るときなどに使う金属型だった。
シェル型に、可愛い花型、星に、シンプルな半円など様々な形がある。
一個の大きさは親指位で、それが大量に並んでいる。
「どこで手に入れたんですか、それ」
「必殺、鍛冶屋のドワーフのおっちゃん」
「「なるほど」」
常連のドワーフのおっちゃんには、販売しているタンブラーなどの製造もお願いしている。
今回シキは、貴族たちを相手にした菓子を作る人間が注文しているであろう金型を出してもらい、買ってきたのだ。
どうせ後々使うだろうし、という打算もある。
「これは手早くやらないと美味しくなくなるから気を付けて。一回に詰められる量でやっていくから、大丈夫」
そういうと、早速とばかりに材料を開け、グラムを図ってボールに分けていく。
ボール一つが金型一枚分だ。個数にして30個ほど。
「タチバナ、食紅とかある?色つけるのに欲しいんだけど」
「ありますよ?ベニバナ、クチナシ、ローズヒップ、抹茶くらいですか」
「んー、ローズヒップと抹茶だけ頂戴。色なしは柑橘系の香りいれるからいいや」
用意された香りづけのレモン汁と、コーンスターチ、重曹、粉砂糖を擦り混ぜる。
ダマが残らないように徹底的に混ぜ、色も香りもきっちりと移ったらまずは白色の粉が出来上がる。
それをふるいにかけて。
「力いっぱい型に詰め込んで!!急ぐ!!!」
「「了解!!」」
用意された型にぎゅうぎゅうと押し込んでいく。湿っているうちにやらないと、舌触りが悪くなるうえ、うまく固まらないのだ。
横でタチバナはローズヒップティーをかなり濃いめに入れ、赤の色素をだす。
それは冷めるまで使えないので放置して、抹茶を水で溶かして先ほどと同じように混ぜ合わせる。
これにはレモン汁は入れない。
「詰め終わったわ」
「おっけ、じゃぁ、ひっくり返して叩いて出して。大丈夫、高い所から落とさなきゃいいから。で、乾燥」
型から叩いて抜いたものを、丁寧に運ぶ。
それを何回も繰り返して、どんどん数を増やしていく。
キッチンどころか店舗のテーブルまで占領して、ようやくシキは終わりを告げた。
「まだ材料はあるけど、やりすぎもね。一人十個と考えても、結構な分できてるからいいでしょ」
白と、ピンクと、緑。
ほのかに色づいたそれらを見て、女二人が呟いた。
「可愛いな」
「瓶に詰めたいわね、キャンディみたいに」
フィリーのその言葉に、箱に詰める気だったシキがその方法貰ったと笑う。
タチバナがいそいそと瓶を取り出してくる。
「いいの?乾燥した薬草とか、ジャムとか用の瓶じゃないの?」
「いいですよ。一つか二つ、見本としてなら。どうせ化粧箱に詰めないと量的に入りきらないんですし。依頼人に見せる分として瓶を、お茶会にはこっちを使え、としておけば向こうで瓶を用意するなりするでしょう」
並べて自然乾燥させているそれを、シキが魔法で一気に乾燥させる。
ひび割れない程度に水分を抜き出したのだ。
「乾燥材ってあるっけ?これ、湿気に弱いんだよね」
「珪藻土ブロック残ってますよ」
「やった。箱詰めにしたこれとそれ入れて、はい完成!」
「ところで、これの名前は何なんです?」
案外固く、気軽にぽいぽいと化粧箱や瓶の中にそれを詰めていた女三人だが、タチバナのツッコミに視線がシキへと向いた。
あれ?と首を傾げるシキ。
「言ってなかったっけ」
「言ってませんよ」
「あは、ごめんごめん。これは、ラムネっていうんだよ」
ラムネ。和菓子の一種である落雁の派生品、らしい。
材料などが少しばかり異なるのだが、甘くした粉を型に押し込めて乾燥させるという手法は共通だ。
落雁は材料からして高級品で、すべての材料を揃えるとなるとなかなか骨が折れるし、時間もない。
それに、すこしクセがあるので好き嫌いが分かれてしまう。
だが、ラムネならば、甘くてよい香りでさっぱりとしていて。
女子供受けすることは間違いないだろう。
「おまけに、作るのも落雁よりは簡単だしね。いつか作ろうとは思ってたんだけど、店の軽食とかお菓子として置くにはちょっと違う気がしてたから作らなかったんだけど」
「そうか?結構いけると思うんだが」
「へ?」
「えぇ、いいと思うわよ。あと、プレゼントにも喜ばれそうよね。可愛いもの」
「な、なんですと!?」
型に詰めるのに失敗したりひび割れがあるものをつつきながらカレンとフィリーがシキとは反対の意見を出した。
シキにとって、ラムネとはいわゆる駄菓子の分類で。
お土産用のお高いラムネをイメージして作ってはいたものの、店で置くにはちょっと違う気がしていたのだが。
それでも今回これを作ったのは、時間が無かったことと、何でもいい、と言質をとっていたからこそだ。
「シーズン毎に形とか味とかアレンジを入れて、お土産用として小さな瓶に詰めて販売したら売れますよ、これ」
口に入れれば、甘さと香りが吹き抜けて、ほろりと崩れる。
抹茶はほろ苦く、ローズヒップは甘酸っぱく。レモンは涼やかに。
「はぁー…異世界ギャップっていうのかな、これ」
「シキにとってこのラムネってどんなイメージなんですか」
「子供の駄菓子?」
「あぁ、それでお茶には合わないだろうって言ったんですね」
理由を聞いて納得したタチバナも、欠けてしまった星形のラムネを一つ口に放り込んだ。
瞬間、ほろりと砕けて広がる優しい甘さとレモンの香り。
「そうだねぇ、これより小さな型で作って、星屑を詰めたみたいにしてみようか」
「それなら瓶は小さめで、リボンも必要ですね。乾燥剤は瓶の底に張り付けるようすれば邪魔にはなりません」
「あ、あと、大きな噛り付けるようなサイズで小箱に入れて、プレゼント用というのはどうだろうか!」
「それに、これなら配合を間違えなければ私たちでも作れそうだものね」
後日、伯爵に渡されたラムネは彼の姪っ子に中々に好評だったらしい。
その日を境に、カフェ・ミズホには定番メニューが一つ増えた。
『瓶詰め星屑ラムネ』
伯爵の姪が主催したお茶会でラムネを気に入ったお嬢様方が、こっそりそれを買いに来ていたのは公然の秘密だったりする。