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釘を刺された聖王国

暗殺者たちの襲撃から二週間後。

無事に貴族位返還と戸籍の移動など諸々の手続きが終了し、晴れて自由の身となったカレンとフィリー。

これからカレンは貴族の後ろ盾を持つ交易都市国家ラグの一般市民だ。

フィリーはラグの貴族の後援を受ける高ランク冒険者という扱いになる。


「これで、連中がまだこっちに手出しをするようなら、国際問題だし、しかもちょっと色々くっつけたから無事では済まないでしょ」


シキが言う色々くっつけた内容はというと、あの襲撃の後の事。

リヒトシュタートに送り付ける、カレンが属国を変えたという知らせとそれに伴い雇っていたフィリーの軍籍の移動の知らせに、シキ手ずから一枚の手紙をくっつけたのだ。

内容はといえば、リヒトシュタートの人間が彼女たちにまだ手を出そうとか考えるなら、シキに手を出すと同じであり、手を出した場合、今度こそ王都を丸焼きにするからそのつもりで、というものだ。

もうひとつしかけで、この手紙のシキのサインのあたりに描かれた炎の鳥の絵。それが、『手紙の内容を声に出し読み切った瞬間に手紙より飛び出し、火の粉をまき散らしながら飛び去る』というものだ。

とはいえ本物の炎ではない。幻だ。

タチバナが作った炎の鳥の幻をシキが時空魔法で封じ込め、タイマーをセットして発動するようにしているのだ。

シキからの手紙だという時点で、王や法王は内容を聞かせろというだろう。

そうでなくとも、内容が内容なので最低でも枢機卿や宰相あたりに報告しなければならない。

確実に人目のあるところで術は発動する。これは、最終通告だよ、というシキの書かなかった言葉も読み取るだろう。


「本当は読み切ったと同時に手紙が燃え上がるとかしたかったけど、シーズンがシーズンだから火の魔法使えないしね」


だから幻で勘弁してやるよ、と傲岸不遜にシキは笑う。

そしてその目論見は、見事にリヒトシュタート上層部を混乱に陥れていた。





リヒトシュタート王宮、会議室。


「睡蓮の騎士の件は聞いておる。宰相、詳しく説明せよ」

「はっ、昨年秋に発生いたしましたドラゴンゾンビ討伐に、ドルト枢機卿の甥が率いる騎士部隊を向かわせました。が、予想以上に強敵だったらしく、外部協力者として準男爵であり冒険者として名を馳せていたカレン・フォン・ヴァサーリーリエとその側近であったフィリーネ・トーンを採用しました。が、討伐自体は成功したものの隊長であったドルト卿の甥が死亡。最終的な戦果を上げたのはヴァサーリーリエとなりました」

「ふむ。それで?」

「見目は麗しい女騎士で、ストイックなその振る舞いに魅了されたものも多く。一部の民衆の間で彼女を英雄と呼ぶものが出てきました。が、本来であればこの討伐で殉死したドルト卿の甥に捧げられるべき名誉でございます。ましてや彼女は他国との混じり物。その身に流れる賤しき血を抑え込むために、この国に尽くすのが義務でございます」


王が状況を聞き、宰相が説明をする。

誰もが歯ぎしりをせんばかりの表情である。

そのなかで、顔色を青くしたまま宰相は報告を続ける。


「では、ヴァサーリーリエはその賤しき血に負けたのか?」

「はい、その通りでございます。英雄と祭り上げられ、彼の者の身分では釣り合わぬ報酬を受け取ったそうです。また、甥を亡くし意気消沈なさっていたドルト枢機卿からの祝杯さえ拒む有様。ハーフエルフ如きの奴隷を友とさえ呼び、肩を並べていたようです」

「…なんと、下賤な」

「また、街に放っていた密偵からの知らせなのですが、どうも逆賊としての素質や思考があるとみられまして。査問に呼び出すために騎士を差し向けたのですが、やはり後ろ暗い所があったのでしょう、逃走しました」


だが、その後が問題であったと宰相は言う。


「隣国との国境付近に逃げ込んだようですが、当然我らが栄光の百合持つ天使の騎士でございました。連中を追い詰め、捕縛しようとしたのですが……そこに、四季の魔女が出現しました」


会議室が騒然となる。

彼らは忘れてはいない。圧倒的な魔力で魔王クラスの魔獣を葬り、この王都を平民街を残して氷漬けにした、聖女でありながら魔に落ちた彼女の名を。


「どうやら、隣国に何かしら用事があったようです。そのあたりは詳しくは分からないのですが、あの悪女はよりにもよって氷の杭で騎士たちを脅迫し、ヴァサーリーリエ、トーンの両名を連れ帰った模様です」


会議室に沈黙が下りる。

数名、宰相と同じく顔色が悪くなってきているものもでてきた。

だが、彼の話はまだ続いた。


「当然、我が国の汚点となりうる両名を逃がす謂れはございませんでしたので、死の翼を向かわせました。細心の注意を払って調整した、死の翼の中でも最も攻撃力の高い兵器を十個ほど。ですが、先日……」

「破られたのだな」

「はい。申し訳ございません。整備士には処罰を与えておきます」

「当然だ。そのためにアレらはあるのだからな」


そして、誰もがテーブル中央に置かれた書類を睨み付ける。

内容はいたって簡単だ。カレンの亡命完了と、それに伴うフィリーの軍籍移動だ。

本来ならば、他の神の威光を知らぬ下賤な国々に逃げ切る前に、彼女らを連れ戻さねばならなかった。どんな形になったとしても。

だがそれは失敗し、そして。


「四季の魔女から、手紙が届いております…」

「読み上げろ」


怒りや憎悪を抑え込みながら、誰もがその手紙の内容に耳を傾ける。

宰相がその手紙を読み切った、その瞬間だった。


「「「ヒィィィィィ!?!?」」」


手紙が炎に包まれ、その炎は彼らからすれば邪悪な、東大陸の神の一柱である鳳凰の姿を取って羽ばたく。

会議室中を羽ばたき、火の粉をまき散らし、そして窓ガラスをすり抜けて消える。

誰もが腰を抜かし、呆然と空中を見つめていた。

その中で、なんとか平静を保った法王は言う。


「四季の魔女め、恩を忘れてこのような振る舞いを…宰相、あの娘に伝えろ。故郷より離れ邪悪なる者どもの思考に染められてしまったのは、守護を怠った我らが責。今一度、今一度だけ許そう。だが…これ以上は、神の威光を汚す行為として断じて許すわけにはいかぬ。心せよ、と」

「御意」


ぶっちゃけ要約すれば、彼女に手を出すのはやめておけ、ということだ。

誰もがそれをわかっていて、口には出さない。

言葉を変え品をかえ、自分たちが正しいと主張する。この国の貴族のあり方だった。

こうして、魔女から刺された釘に戦々恐々としながら会議は終了した。

宰相は思案する。

頼むから、バカな奴が独断であの魔女殺ってくれないかな、と。

だが、忘れてはいけない。

シキは、リヒトシュタートの人間が手を出すことを禁じている。

シキ基準の、人間だ。当然、この国では道具呼ばわりされている獣人や、奴隷と化しているエルフたちも対象である。

手を出したら終わるのは、実はこの国だった。









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