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テリヤキチキン

カフェの定休日。

フィリーは合成弓コンポジットボウの修理は終わらないものの、予備として購入した短弓を持ち、カレンは渡された軍刀を携えて、嬉々として狩りに精を出していた。

初春なので油が乗った獲物は期待できないが、これで少しでも穀潰しの汚名を返上できるとなっては二人とも張り切らないわけがなかった。

事情が事情なので誰も彼女たちをそうは呼ばなかったが、それでも店を手伝うだけで衣食住が冒険者時代よりも安定供給される現状は、結構心苦しく感じていたのだ。

生活水準と、仕事が比例していないように感じていたと言うか。

シキにしてみれば、生活水準が日本一般家庭なのでこれくらいは普通と言う認識があるが、居候の身にしてみればかなり高い水準だった。

そんなわけで、ラグの傍の森で狩りに精を出した二人は大量の獲物を狩った。

当然、血抜きも皮の剥ぎ取りも済ませて、皮や内臓ははギルドを経由して売り払い報酬を得てもいる。

肉は、というと。


「角持ち兎が六羽に、針羽根ウコッケイが八羽……初春にしては、かなり狩ったね」


角持ち兎は文字通り角を持った兎。凶暴性はお墨付き。

油断しているとその角で串刺しにされるので、別名、初心者殺し。

味は普通の兎である。


針羽根ウコッケイも同じく羽根が全て魔力によって硬化し針のようになっているウコッケイだ。

普通の剣や槍では切ることも刺すこともできないうえ、敵と見れば攻撃手段としてその針のように鋭い羽根を逆立てて突進してくるものすごく物騒なウコッケイである。

これを仕留めるには、魔法刻印を施した武器を使うか丸焼きにするか、の二択である。

中堅クラスの冒険者でしか歯が立たず、乱獲も養殖もできず結構な高級品である。

味は、卵、肉ともども美味。


処理済のそれらを見て、シキは苦笑した。

ふんぞりかえってスゴイだろうと笑うカレンに、満足げに唇を吊り上げるフィリー。


「ふっふっふ、かなり気合を入れたからな。獲物さえあれば、私たちも高ランク冒険者だからな、これくらいはやってみせるさ」

「ウコッケイに苦戦したくらいのものよ?兎は余裕ね」

「うんうん、助かるよ。ウコッケイは、わたしだと被害がね…」


シキが針羽根ウコッケイを狩ろうと思うと、風魔法か水魔法あたりが使えるシーズンならいいが、火魔法しか使えないシーズンにぶち当たると食べられるものは一切取れない。

前述の方法でも、窒息死させるという手段をとらないと威力が高すぎて細切れになったり粉砕したりと原型が残らないのでなかなか大変なのだ。


「俺も、武器が武器ですからねぇ…」


当然、暗器使いのタチバナは歯が立たない。

狩るとすれば毒殺になるが、それをしたが最後、食肉にならないのでやはり意味がない。


「シキ、これで何が作れるだろうか」


期待に満ちた眼差しを向けられたシキは、うーん、と悩む。

これだけあるのなら色々と作れるが、生のままでは日持ちしないだろう。

氷室にぶち込んでおくにしろ、やはり限界はある。

そういえば、植樹林の管理者達からもらったスモークに使える木の枝がまだ残っていた気がする。

乾燥も終わってるし、後は細切れにすればいいだろう。そうとくれば。


「塩漬けにして燻製かなぁ…あと、テリヤキチキン?」

「保存を考えると、妥当でしょうね」


おまけに、店のサンドイッチの具材としても使えるし。

ウコッケイはタレに漬け込んでテリヤキチキンにしてもおいしいだろう。


「じゃ、ちゃちゃっと準備しちゃおう。カレンとフィリーはお肉捌いて。タチバナはハーブいくつか出してくれる?」


指示をだしつつ、シキも準備を始める。

空の大きめの鍋を引っ張り出し、中に塩と水、砂糖を投入する。今回は塩分濃度は15パーセントになるようにした。魔法で一気に煮立たせて、塩を溶かしタチバナが用意したハーブ各種を投入。その液体を土瓶の中に流しいれ一気に常温にもどした。魔法様々である。

これで塩漬けに使うソミュール液は完成。

もうひとつ一回り小さめの土瓶を引っ張り出し、今度は砂糖と醤油を投入。ついでにニンニクもスライスしてぶち込んだ。


「シキ、ウコッケイは完了したぞ!」

「兎はどうするのかしら?」

「ありがと!ウコッケイの胸肉モモ肉は塩のにぶち込んで、ささみとか手羽とかは醤油のほうに。あ、モモ肉も醤油のにすこし入れて。兎はタチバナに渡して。丸ごとやるから」

「了解した」

「えぇ、わかったわ」


土瓶がひとつ、二つと増えていく。

その土瓶をずりずりと外の倉庫へ運び出すのはタチバナだ。


「肉体労働は苦手なんですけどね…」


とはいえ、この四人の中で一番パワーがあるのはタチバナなので、逃げようがなかった。

なんとか全ての処理が終わり。

五日後までは放置となった。


そして五日後の早朝。

ソミュール液に漬け込んだ肉の塩出しをタチバナに任せたシキは、植樹林に通じる廊下のガラス戸を開き外に出ると、外に設置されている物置からガタゴトと音を立ててと大樽を引っ張り出した。

元々は油の運搬用に作られた樽で、一部に穴が開いてしまったものを譲り受けたのだ。

高さにして150cmのそれの中は二層に針金や金網によって仕切られている。


「ん、よし。使えるね。一昨年のだけど、捨てないでよかったわー」


何故こんなものがあったかと言えば、一昨年の秋に空クジラという見たとおり空飛ぶクジラを仕留めた時に燻製を作るために使用したのだ。

空クジラは普段は温厚な魔獣なのだが、シロナガスクジラレベルの巨体が港近くに落下してきたことで大騒ぎになったのだ。

ドラゴンに襲われるかしたのだろう、瀕死で落下してきたのはいいのだが、その巨体が船を何隻も沈めたので討伐対象になってしまったのだ。

当然、シキも借り出された。

水のブレスを吐かれるわ、大音量の咆哮で耳が痛いわで散々だった。


「で、あとはこの枝をば」


スモークに使える乾燥済みの木の枝を風の魔法で木っ端微塵にする。

初春なので、使用できる魔法の属性は氷から水と風に変化している。もう少し立てば完全に風のみになるだろう。

梅雨になれば水オンリーになるが。


「よし。準備完了」


そうしていれば、塩出しが終わった肉類をひとまとめにして三人が持ってきた。

液の水分がない分軽くなっているため軽そうだ。


「紐で縛ってもある、流石タチバナ」

「二回目ですから。後は吊るすだけですね」


最初に兎、次にウコッケイを吊るし、扉を閉める。

そして、先程細切れにしたチップに点火。


「後は放置!」

「出来上がりは何時になるんだ?」

「三時間後くらい?で、一晩放置」

「……今日は食べられないのね」


少しばかりしょんぼりとした表情でうなだれるカレンとフィリー。

それを宥めつつ、カフェの開店準備に取り掛かった。

定休日に仕込みをしたけれど、燻製をはじめる今日は別に定休日と言うわけではないのです。

脳内でそんなふうに呟きながら、今日も今日とて戦場へ。

とはいえ、あまりにもカレンとフィリーがしょんぼりしているので。


「夕飯にはテリヤキチキン…」


ぽそりと呟いた。

瞬間、どことなくしょんぼりしたままだった二人がスピードを上昇させて仕事を回転させる。


「花より団子なんだね、やっぱり」

「このままですと、テリヤキチキンが店に出す前に終わりそうですね」

「……そういうタチバナも、なんでいそいそとバゲット確保してるのかな?」

「俺だってテリヤキチキンは大好きだからですよ?」


当然ですとばかりにいい笑顔でのたまう青年に、思わずシキはため息を零した。


「燻製よりも、こっちに量を割くべきだったかなぁ……」


今更言っても遅いけれど。


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