苺大福
やっとのことで寒さが緩んできたつい最近。
シキもタチバナも、どこかピリピリしていた。
「…なんだか、雰囲気が怖いぞ」
「えぇ、どうしたのかしら」
カレンやフィリーを追ってくるだろう刺客は、一向に来る気配はない。
リヒトシュタートから距離がありすぎて到着していないというのもあるだろうし、何しろカレンとフィリーを救出したのはシキだ。
あの国にとって目下最大の敵でありそして手を出せない一番の難物。
彼女が関わっているともなれば、手は出しにくいだろう。
一回か二回程度仕掛けてくるだろうが、それさえ凌いでしまえば後ろ盾も貴族の位の返還も、戸籍の移動も終わっていることだろうから、手出しもできなくなるだろう。
なので、警戒はしつつもあまり不安には思っていない。
「苺大福は、やっぱ入れなきゃダメだよ。あと、マフィンとタルト?」
「イチゴダイフクもいいですが、個人的にはヨウカンにしても美味しいと思います」
「そう考えるとジャムの量が……」
「ドライイチゴの大量購入も考えませんとパウンドケーキに練りこめませんよ?」
「お茶に使う分も考えないといけないし…回してもらえるかな」
会話の内容からして、このシーズン限定のお茶とお菓子の相談らしい。
もっと殺伐とした事態を想像していた二人は、肩の力を抜いて思わずため息をついた。
今のところ確定しているメニューは、カレンとフィリーが頬張っているサンドイッチの具として生クリームとイチゴジャムを挟んだ見た通りの『苺サンド』と、小麦粉の代わりに米粉を使ったふわもち食感のワッフルでイチゴジャムを挟んだイチゴワッフル。
両方とも、持ち運びしやすく片手で食べられるものだ。
ワッフルもサンドイッチも定番商品だから、挟むものを変えるだけでそんなに手間がかかるわけではない。
問題は。
「毎年言いますが、イチゴダイフクは個数限定にしませんと駄目ですからね、シキ」
「えぇー…。結構人気だから春定番にしたかったんだけど」
「イチゴは傷みやすいんですよ。朝作ってずっとケースに入れっぱなしが出来ないんですから。ジャムやドライイチゴにしているなら話は別ですけど」
「それじゃ意味ないんだよー」
苺は傷みやすい。
この都市を覆う二重城壁の壁と壁の間にある場所の一部使って実験的に栽培されているイチゴだが、面積が限られるので量も少ない。
だが、国土が都市部分以外無いラグとは違って他国にはリンゴやイチゴなどを専門に取り扱う農家もある。当然、ジャムだったりドライイチゴとして取り扱われることも多く入手は困らないのだが、生となると話は別だった。
輸送時の痛みやすさと、発芽の早さが何気にネックだ。
イチゴが発芽したものを見たことがあるだろうか。もうまるっきりグロ画像である。
あの赤い実の表面にびっしり緑の芽が生えてくるのだ。
見ようによっては、生肉から何かが食い破って出てきたみたいである。
閑話休題。
とりあえず、ジャムやドライイチゴはともかく生ともなると途端扱いが大変になるのが苺なのである。
そのため、生苺の流通量は少なく。
いくら人気のある苺大福を作るためとはいえ、他の店も確保に乗り出すので大量に購入できないのだ。
加えて、加工した後の痛みやすさも折り紙つきだ。
冷蔵している状態ならともかく、苺大福にした状態でも所詮は生なのでそんな長時間もたないのだ。
保存料無添加なので、もって一日。
そうなると必然的に販売個数を限定するしか対策が取れない。
「うぅ、しょうがない。食中毒とかの問題だすよりマシだし、今年も個数限定かな」
「そうしましょう。では早速、試食用を出してください」
「…タチバナが食べたいだけでしょ」
「否定はしませんが、カレンやフィリーにもどういうものか理解してもらわないといけないんじゃないですか?」
いきなり矛先を向けられた二人は、三つ目の苺サンドを思わずちゃんと噛まずに飲み込んだ。
咽に詰まりかけたので慌ててレモンティーを飲み干し、事なきを得る。
「く、くるしかった」
「いきなり矛先向けたわたしも悪かったけど、二人ともちょっとがっつきすぎじゃないかな?」
「おいしいんだもの、仕方がないわ。生クリームって甘ったるいだけかと思ってたけど、酸味のあるものと合わせるとしつこさがなくていいわね」
「生クリームと言えば、ウィンナコーヒーのほろ苦さもたまらないな、うん」
最近二人が嵌っているのは生クリーム。
カレンが住んでいたリヒトシュタート辺境は畜産物の生産にはひどく不向きな土地だったので生クリームを食べたことがなかったがゆえに。
フィリーは冒険者として旅をしていた間に何回か食べているが、どれも砂糖をこれでもかと入れた甘いだけのシロモノで、シキの作る生クリームの食べやすさに魅了されたがゆえに。
生クリームを利用したお菓子と聞くと、つい食べ過ぎてしまうのだ。
だが、そんな二人に意地の悪い笑みを浮かべたシキは、低く落とした声で言った。
「生クリームってカロリー高いから、食べ過ぎると太るよ?」
言葉にするなら、ビシッという音を立てて二人は凍りついた。
そういえば、ここ最近お腹まわりがこうなんとなく…。
「うちの店で働いてるけど、魔獣とやりあってるよりは動かないから、多分……」
「まってまってまってお願いよそれ以上は!!」
「頼むまってくれ言わないでくれ!!」
あわあわとシキの口を押さえ込みにかかる二人。
あわや押し倒されそうになったシキはタチバナの後ろへ退避することで難を逃れる。
「……しばらく甘いものを断とう。これ以上は駄目だ」
「そうね、そうよね。ぷにぷになんて言わせないわ……」
「ちょ、ちゃんと運動しようよ」
ダイエットのために断食のほうへと意識が向き始めた二人にシキはストップをかけ、なにやらタチバナに視線を投げると、彼は一つ頷いて背後の棚から厚手の布に包まれたものを取り出した。
バサリと布がどけられ出てきたのは。
「剣??」
見かけはサーベルに近かった。
護拳、鍔、背金とも鈍く光る金。柄は白の鮫皮。鞘は黒塗りで、金具部分も護拳同様鈍い金。
金属部分に掘り込まれた装飾は、見たことのない可憐な花だった。
「旧日本帝国海軍軍刀って言ってもわからないか。わたしの故郷の軍の前身が採用していた軍刀をモチーフに打ってもらったものだよ。あのデザインが好きでね、つい」
視線で抜いてみろ、と促されたカレンは、迷わずその軍刀を抜いた。
片刃で、ゆるく曲線を描くそれは、どう見ても実用一点張りの代物だ。しかも、彫りこまれているのは魔法刻印。
「すごいな…かなりのものだ」
「店の常連のドワーフのおじさまいるでしょ?彼がやってくれたんだよ。うろ覚えでもいいから異世界の製鉄法と刀剣作りはどうなってるんだーって聞かれて、教えたそのお礼に」
とはいえ、こちらの世界の製鉄法はひどく日本に似ていた。当然、刀のように柔らかさの違う金属うんぬんかんぬん、というのもごく一部の地域ではあるが利用されている技法だった。
どの国でも鋳造と鍛造が半々くらい発達しているらしい。
魔獣がいるので研究が進み、なおかつ銃火器のようなものより付与魔法ができる刀剣類に分配が上がっているのだろう。
この世界で火薬は、魔法との相性が最悪なものの一つだ。
それを利用した武器の人気は徹底的に低い。魔法しか効かない魔獣もいるし。
加えて魔法でできるのになぜわざわざ、というのもあるのだろう。
「あと、カレンへのお給料の一つ、それからこれから来るだろう襲撃者への対抗策の一つでもあるんだけどね」
「も、もらっていいのか!?」
これまでカレンの使っていたサーベルよりも数段上の代物だった。
ドラゴンゾンビ討伐の際に与えられたものよりよほど上質だ。あの時は、序盤で突っ込んで自滅した枢機卿の甥が持っていた魔法剣を利用したし、その後の逃亡では下級騎士が使うようなありきたりのもので凌いでいた。
だからこそ、こんないいものを貰ってもいいのか躊躇う。
「いいって。わたしは使えないし。フィリーの弓は特殊素材が入ってる合成弓だったから、もうちょっと修理に時間がかかるよ。材料が見つからなくてね…」
「私の分も?」
「当然。言ったよね、給料の一つだって」
だから遠慮なんてするんじゃない、とシキは笑った。
横ではタチバナが、これで前衛と中衛も増えますしね、と言っていたが恐らく本音は別のところにあるのだろう。表情が柔らかかった。
「しばらくは肩慣らしにこの辺りの森で、狩りでもするといいよ。そうすれば、ぷにぷににはならないよ」
「はは、そうだな。ありがとう、シキ。店もちゃんと手伝うから」
「私もよ。店で働いているのも、楽しいもの。ちゃんと、手伝わせてくれるわね?」
だからまず、腹ごしらえをしよう。
真っ白な餅を練った中に、餡子とイチゴを丸ごと一つ入れたイチゴダイフクでも。
春の匂いがするそれを頬張って、次の日からは。
「「さぁ、狩るぞ(わよ)ー!!」}