あこがれパンケーキ
厚焼きパンケーキ。
誰もが一度は憧れただろう、アレである。
パウンドケーキ並みに分厚い黄色のふわふわの生地に、四角く切ったバターと金色が美しいたっぷりのメープルシロップもしくはハチミツをかけたあれ。
シンプルなそれでもいいが、トッピングとして生クリームやフルーツ、チョコレートにジャム、果てはさまざまな種類のアイスクリームをのせてもいいし、少しだけ和風にしたいのならば餡子や白玉をのせたっていい。
プレーンのパンケーキが飽きたのならば、生地の中に摩り下ろしたニンジンや磨り潰したサツマイモ、カボチャを練りこんでもいい。枝豆を練りこんでもなかなかいける。
変り種、といえば、生地の中にチーズ、たとえばとろけるチーズやクリームチーズを入れても美味しく頂ける。
とろけるチーズを入れれば、切った瞬間にとろりとチーズが流れ出してほんの少しの塩気とパンケーキの甘さが混ざりあいなかなかにクセになる。
クリームチーズも暖かいうちはとろけるチーズほどではないけれど、とろりとした食感を楽しめるし、たとえ冷めてしまってもチーズケーキを食べているような、そんな感じがする。
とりあえず、パンケーキというのはトッピングや混ぜ込むもの次第でかなりのバリエーションがある。
「とはいえ、トッピングに使えそうなのはあんまりないんだよねぇ」
用意されていた材料は、まぁ、お菓子を作るのに必要な最低限だ。
小麦粉、卵、バター、牛乳、砂糖、生クリーム。
それから、いくつかの旬の果物とクルミやナッツなどの種実類。
カフェ・ミズホで食べたものの中で、多分これが使われているんだろうな、という予測だけで集められた品々なのだろう。
加えて、クッキーなどは普通にそこらに普及しているのでそのあたりと同じ材料をそろえたのだろう。
ケーキも砂糖大量投入でアレな仕上がりが多いとはいえ普及しているのもあるだろうか。
「んー、シンプルにいくかなぁ」
だが、生地はプレーンにするにしてもトッピングはどうしたものか。
ここでハチミツやメープルシロップがあったのならば王道のものになったのだろうが、生憎と準備されていた材料の中には含まれていなかった。
そうなると、乗せるのはバターだけになってしまうし、一応生クリームもあるがそれだけでは正直胃がもたれてしまう。
適度な酸味が欲しい。
用意されている旬の果物は、スモモ、梨、いくつかのベリー類。
手早くジャムにするのなら、ベリー類が一番向いているだろう。
が、それではなんというか。
「ひねりがないよねぇ」
とはいえ時間もそんなにかけられないので、諦めてミルクパンに適当にベリー類と砂糖を突っ込んで火にかける。
本気でジャムを作るのならばもう少し手間をかけるのだが、時間がないので今回は省略だ。
焦げぬようにそれを気にしつつも、シキは手元に置いたボールに卵を割り入れる。
黄身と白身を分け、黄身は横の小さなカップの中に避けておく。
泡だて器で一気に白身をあわ立て、メレンゲを作る。とはいえ、これをそのまま入れたのならばただのスポンジケーキなので、角が立つまでは泡立てない。
膨張材となる重曹も何もないので、緊急手段だ。
適度に硬くなったあたりで黄身を戻して混ぜ合わせ、やはり本当はちゃんと測ったほうがいいとは思いつつも時間を言い訳に目分量で小麦粉や砂糖をふるいにかけつつ投入する。
さらに牛乳を少しだけ注ぎいれて、ヘラでメレンゲが潰れないように混ぜ合わせる。
そうすれば、もったりとした生地が出来上がる。
が、これを焼いただけでは厚焼きパンケーキにはならない。
ただのホットケーキである。
そこで登場するのが。
「あらよっと!」
パコン!という軽い音と共に、ケーキの型の底が抜ける。
そう、ケーキの型、である。
金属で出来たケーキの型にはいくつか種類があり、底の抜けないもの、底の抜けるもの、シフォンケーキ用の真ん中に円柱が嵌っているもの、パイやタルト用の底の浅いもの。さまざまだ。
今回は、そのなかでもパウンドケーキを焼くときに使う、底の抜けるタイプを利用する。
底の部分は利用しないので外して、残った側面の部分を底の深い鍋にセットする。
やはり元々はケーキを焼くためのものなので高さがある。フライパンでは少々はみ出してしまうのだ。
なので、鍋である。
「セットしてバター入れて、ホイっとね」
鍋に型の側面をセット。そこにバターを入れ、火にかける。
バターがいい感じに溶けてきたら、用意しておいた生地を適当に流しいれ、蓋をする。
厚焼きパンケーキは、いわゆる蒸し焼きにするものなのだ。
でないと厚すぎて火が通らない、とも言うが。
火は弱火。とろとろと、ゆっくり加熱する。
「わ、わ、わ、ベリーもいい感じ?」
と、パンケーキに構っていたらベリーのジャムもいい感じになっていたらしい。
沸騰してドロドロの泡を吹き上げるミルクパンの中をシキは慌ててかき混ぜた。
どろり、と赤い色が鍋で踊る。香りもなかなか、甘酸っぱくてたまらない。
少しだけ、レモンの絞り汁を垂らして整えれば、簡易版ベリーのジャムの完成だ。
ジャムは冷やさねばならないので、氷水を張ったボウルの中にミルクパンごとつっこんでおく。
さて、ここでシキはどうしたものかと首をひねった。
何しろ、メインの厚焼きパンケーキだけではちょっと物足りないように感じてしまったのだ。
が、此処には限られた材料しかない。
「とはいえ時間もない。あ、ヨーグルトある……」
と、なるとちょうどいい。
「ラッシー作ろう」
うん、と一人頷いたシキは、その前に、と鍋の中をのぞいた。
ちょうど半分ほど膨らんで火が通ったパンケーキをトングとフライ返しで一気にひっくり返して、また蓋をして、そして冷やしているジャムをくるりと一度だけ混ぜた。
それから、梨を取り出し、皮を剥く。芯の部分もキッチリと取り除いて、おろし金で一気に摩り下ろす。
今回は、梨入りラッシーだ。ぶっちゃけ普通のラッシーに摩り下ろした梨を入れただけだが。
が、ラッシー自体も美味いヨーグルトを使えばかなり美味しくできるし、そこに梨が入ればそれはもう十分、おやつである。
「ラッシー作るのって、久々かも」
新しく用意したボウルの中で、摩り下ろされた梨、ヨーグルト、牛乳、それから砂糖を泡だて器で一気に攪拌する。
ラッシーとはつまり、インドなどで飲まれているヨーグルト飲料だ。
カレーとの相性は最高なのだが、最近になるまでカレーを作っていなかったこともあるし、何より店で提供しているお茶類にメニューを圧迫されて忘れ去っていた。
攪拌し終わったそれを、少しだけコップに注いで飲んでみる。
「ん、なかなか」
梨を混ぜたおかげか、サッパリとした甘さがいい。
もう少し冷たいほうがいいかも、と新しいコップに注ぐ時に氷が入る余裕を残しておく。
そして、ラッシーが出来上がったので鍋を覗いてみれば、パンケーキがいい感じに焼けていた。
いい狐色である。
ケーキの型を使ったせいか少々大きいが、どうせ切り分けるのだから問題はない。
パウンドケーキよりもどっしりとした、けれどふわふわな生地を白い皿にのせ、そこに適当に切ったバター、出来上がったばかりのベリーのジャム。そして少量の生クリームをトッピングすれば、完成だ。
コップに注いでおいた梨のラッシーに氷を入れてかき混ぜて冷やせば、飲み物の準備も万端。
「ラウラさん、出来ましたよー!」
案内してくれた少年が、何時の間にやら用意してくれたカートにそれらを乗せて、ラウラと人魚の少女が待つ病室へとシキは歩いていった。
ちょっと邪道な作り方の厚焼きパンケーキです。
専用のセルクルを買うのも面倒だったので、家にあった小さめのケーキの型を使ったら案外きれいに出来たのです。