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人魚と首輪④

シキが受付で説明された病室は、最奥の一番広い部屋だった。

なにしろ、件の人魚は隷属の首輪の被害を受けている。下手な警備の緩い部屋に入れるほうが大問題で、本来ならギルドのカウンター奥から出てくるはずのないラウラが出張っているくらいなのだ、面倒な事件なのだろう。

ひしひしと感じる嫌な予感に、何時にもまして己が殺気立っていくのを感じている。

そんなシキの少し後ろで、デューフェリオはいつものカフェでの柔らかな愛嬌のある笑みとは違う表情を浮かべるシキに、ひどく戸惑っていた。


「デューフェリオ、君はここで待機ね」

「え?」

「ついてきてもらってなんだけどね、これ以上は首をつっこんじゃうのは危険だよ」


案内された病室へとつながるロビーの真ん中。

そこでシキは未だについてこようとするデューフェリオにそう言った。

どこか凍てついた、硬質な表情のままに言われた内容に、彼は思わずポカンとしてしまう。

だが、最近は感情のままに荒れるのではなく、一呼吸置くことを覚えたデューフェリオは、一瞬立ち止まって考える。

助けられた人魚。ギルドからの緊急依頼。

己が知るのはそれだけで、それだけでわかることはひとつ。


「案内をオレに頼みはしたっすけど、これ以上はオレには手に負えないなんかがあるんすね?」

「うん。今の君が知ってもいいのは、助けられた人魚の治療には魔女の力が必要である。この一点だけだよ」


それ以上は分不相応である。

カレンに師事する前の己ならば、確実にブチ切れている言葉だ。だが、今のデューフェリオは己がどれだけ弱くて、どれだけ未熟かを知っている。

だからもう、無理矢理首を突っ込もうとは思わない。

引き際をわきまえるのも、強さの一つなのだと、今の己は知っている。


「わかった。オレはこのままギルドに緊急配達依頼の完遂を報告しに行く。ただ、魔女さん、あんたにはオレも、イブキのやつも、すげぇ世話になってる。オレらの猫の手でも借りたいってぇなら、声、かけてくれねぇかな」

「ふふ、いい子だねぇ、デューフェリオ」

「ばっ!なっ!?恥ずいから!!」


それでも、世話になってる以上少しでも力になれるなら、と。そう言ったデューフェリオに、成長したなぁとどこか感慨深い心持ちでシキはその頭を撫でた。

褐色のその頬が、カッと赤くなる。

こういうところは、やはりまだ年相応だ。と今はもう遠くなってしまった高校時代の同級生を思い出す。


「ガキ扱いかよ!」

「わたしより年下のカレンよりも年下だもの。諦めてね」

「反論できねぇ……」

「気にしない、気にしない。とりあえず、ここまで案内してくれたお礼に、後で夕飯ぐらいは出してあげるから、夕方あたりイブキくんと一緒に店においで」


何しろ、この場所の住所は城のすぐそばだったからわかっていたけれど、中に入るための別の入り口は知らなかったのだ。

デューフェリオがいなかったら、迷子にはならなかったけれどもう少し時間がかかっていたことだろう。

急いで出てきたと言うのに、意味がなくなるところだった。


「わかった。じゃ、また後で」


ひらり、と身を翻したデューフェリオを見送ったシキは、目的地である病室まで一直線に向かった。

最奥のその病室のドアは、百合の刻印とともに硬く閉ざされている。

それをノックすれば、どうぞ、というラウラの声。

重い扉を押して入れば、清潔な白の壁と、中央には人魚のためのベッドである水槽、そして海と直接繋げているのだろう、太いパイプ。

海水に満たされたその中では、銀から橙色へとグラデーションが入った髪の少女が眠っていた。

髪と同じように淡くグラデーションがかかる腰から下の尾びれに、彼女は人魚なのだと納得する。


「こんにちは。こんなに早く来ていただいて、助かります」

「こんにちは。人命がかかってるなら、急ぐよ。彼女が?」


ラウラに薦められるまま、シキは人魚の少女の眠る水槽ベッドの脇のイスに腰掛ける。


「えぇ。体力の消耗が激しいから、早めにコレを取ってしまいたいんですよ」


コレ、とラウラが指差したのは、隷属の首輪。

まるでサーカスの猛獣がつけるような無骨な形のそれは、どう贔屓目に見ても悪意しか感じられない代物だった。

ぎり、とシキが強く手を握り締める。

本当に、個人を無視するこの手のものは、反吐が出る。


「コレが邪魔で、魔力による治療が阻害されているんです」

「治療の阻害?」


加えて、さらに悪意の追加が入る。

ラウラが説明するところによると、この隷属の首輪の操作端末は、本機と小機があり、両方からの魔力の受信を可能とするためにそれ以外の魔力の波動などを弾く、らしい。

本来はもっと難しい理論があるらしいが、シキにとってはちんぷんかんぷんだ。

シキが使うのは『魔法』である。

魔法は、シキの意識容量が許す限り、シキの望む効果をもたらす。

つまりは『感覚』によって操作されている。

古語詠唱を必要とする場合はまたちょっと変わってくるが、概ねそうだ。

が、今回のこの隷属の首輪の場合は完全に『魔術』に分類される。

魔術とはつまり学問。

魔術式によって操作される代物。

『感覚』で力を行使するシキが、『公式』を必要とする魔術を理解できるわけがなかった。


「なんか、自分がバカになった気になるなぁ…」


うなだれるシキに、ラウラは苦笑した。

そもそもの力の形態が違うものを比べてもどうしようもないし、なにより専門知識がある学者でなければ理解できない内容であったのだ。

シキが理解できなくても、当たり前なのだ。


「大丈夫ですよ、説明をしていた私も、実はちんぷんかんぷんです。とりあえず、外してくれますか?」

「わかった。で、魔力の大本、辿ったほうがいい?」


首輪を外してくれ、と催促するラウラにシキは問うた。

首輪に魔力で電波のような送受信をしているなら、逆探知をすれば大本にたどり着いて叩けそうなものなのだ。

が、ラウラは首を横に振った。


「逆探知は終わらせてありますから」


彼女の言葉に、シキは流石だね、と内心で思いながら頷いた。

なにしろここでシキに逆探知をお願いしてしまえば、ギルドの沽券に関わる。

隷属の首輪を利用する犯罪組織よりも、それに関する知識が劣っていると認めてしまうようなものだ。

それは、まずいのだろう。


「じゃ、外すね」


指先を、眠る少女の首元へと伸ばす。

魔力を練って、そして彼女を縛るぐにゃぐにゃとした魔力の糸を捕まえる。

彼女と繋げられている場所を把握して、切断。そして全ての糸を。


ばきんっ


引きちぎれば、終わりだ。

魔力をズタズタに引き裂かれた首輪は、粉々に砕けてどぽんという音と共に水槽ベッドの底に沈む。


「こんなものかな」

「お見事です」


見事に壊れた隷属の首輪に、ラウラは満足げに笑った。

シキとしても、胸糞悪いものをさっさと破壊できたので満足である。


「ところで」


そして、やはりきたな、とラウラが言葉を続けたことにシキは表情を引き締めた。

なにしろ、ただの隷属の首輪を破壊するだけの仕事だったのなら、ラウラが出てくるわけもない。

それ以外があると考えるのが自然だ。


「この後、彼女の調書があるんです。けれど……」

「消耗しているこにやることじゃないよね?」

「えぇ。とはいえ情報は早く手に入れないと、尻尾をつかむことすら出来なくなってしまうので」


この人魚の少女を運んでいた下郎からそれなりに情報は掴んでいるものの、決定打が足りないのだ。

もしかしたら、彼女の発言が決定打になりうる可能性がある以上、急がねばならない。


「なので、申し訳ないんですが、彼女の心が癒されそうなお菓子、作ってもらえません?」

「え、そうくるの!?」


まさかその方向にくるとは思っていなかったシキは、驚いてまじまじとラウラを見つめてしまう。

消耗している彼女に回復系か何かの魔法をかけろとか、体力の消耗を少しでも減らすためのうんぬんかんぬん、と言われるかと思っていたのだ。


「私情を挟まないなら、彼女にそういった体力補助の魔法をかけてもらって、ってやりますよ。けれど、あんまりじゃないですか。首輪から解放されたとはいえ、また怖いこと思い出してもらうのに」


だから、せめて。

そうラウラは言った。

言葉にはしていないが、多分上層部の意向に沿うものではないのだろう。

私情を挟まないのならば、これ以上の被害をもたらす前に首謀者を拘束せねばならない、その手がかりが彼女だというのなら多少の無理はしょうがない、と考える人間が多いだろう。

少数を斬り捨て、大多数を取る。そういう思考が出来なければ、組織を率いるなどできるものではない。

だが、少数を見捨てるのが正しいわけではないから、こうやってどうにか妥協点をラウラのような人間が、探し出すのだ。


「わかりました。人魚って、食べられないもの、あります?」

「ないはずです。食事は魚などがメインのようですが、交流のある地域ではパンと獲った魚を交換するなどしているようですよ」

「そっか。じゃ、彼女にお菓子、作るよ。ここのキッチン借りていいのかな?」

「はい。許可はとってあります」


準備は万全だと言うラウラに一つうなずいて、シキは座っていたイスから立ち上がり、気配もなく現われた案内人だろう少年の後に続いた。

案内されたキッチンは、恐らく職員用なのだろうこじんまりとしていて、けれど清潔に保たれていた。

シンクの上には、いくつかの素材たち。


「とはいえ、さすがに和菓子の素材は分からなかったか」


その素材は、洋菓子を作るには事足りるが和菓子には少々足りないものがある、といった具合だった。

限られた材料のなかで、さてはて、何を作ろうか。


「やっぱ、アレかな」


頭の中に浮かんだのは、みんな大好きなあれ。

一度はきっと憧れる。


「厚焼きホットケーキ、作りますか!!」



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