人魚と首輪③
お、おひさしぶり、です。
生きてます。原稿終了したのですが、気が抜けたせいかスランプ気味です。
ちまちまリハビリしながら書いていきたいと思いますので、お付き合いくださいませ。
始まりは、笑顔だった。
人を探していると、その人は言った。
探し人は船乗りで、家を飛び出して早数年、様々な場所を探したが見つからない。
海のことは人魚がとても詳しいから、とアタシのいる人魚氏族に、取引をしていた商人を通じて接触してきた。
探し人は、船乗りだから。もしかしたら嵐に巻きこまれて海の底に消えたのかもしれない。覚悟はしている、と言っていた。
探してもらう対価として、陸でしか手に入らない様々なものを寄越してきた。
正直、海の生活に飽きていたアタシは、海では珍しい様々なものに心奪われて、彼女と接触するようになった。
彼女の生まれ故郷は、シラザサだとか。
本来の仕事は城の兵士だとか。
知らない世界を語る彼女は、輝いて見えた。
だから、つい、言ってしまったのだ。
「アタシも、見てみたいなぁ」
そこからが、地獄の始まりだった。
友人に、と彼女が贈ってくれたチョーカーが、隷属の首輪だったなんて知らなかった。
外に出たい、なんていう言葉が、契約文言になるなんて、知らなかった。
泣き叫ぶ姉妹たち、侮蔑の視線を投げてくる彼女。
髪を引っ張って値踏みをする見知らぬ商人。
家族から、アタシを盾に鍵を奪い取る男。
アタシたちに良くしていてくれた商人は、アタシと同じように首輪を嵌められて連れて行かれた。
そして、アタシも。
「青に映える銀と橙色の髪、ペリドットの眼。上玉だ、いい値で売れる」
船の奥深くの荷台、おざなりに入れられ腐っていく故郷の海の水を頼りに、なんとか命を繋いで。
気がつけば、故郷とは違う、けれど優しい力に満ちた水の中で目が覚めた。
「あら、起きたのね?」
「……こ、こは?」
「交易都市国家ラグの、特殊治療院よ。安心して。ここには貴女に害をなす存在はいないわ。冒険者ギルドラグ本部、事務担当官総括ラウラ・ベルネットの名において誓うわ」
ラグ。
その、冒険者ギルド。
なんて故郷から遠くの海へと来てしまったんだろう。
アタシは、きっとアタシのために用意してくれたんだろう澄んだ海水の満ちた、人魚のためのベッドの中に沈み込んでぼろぼろと泣いた。
人魚の涙は真珠になる。
ころころと、ベッドの中に真珠が零れる。
「あぁ、泣かないで。その首のものもちゃんと外して、故郷に帰してあげるから」
「……え?」
ラウラ、と名乗った彼女の言葉に、アタシはとても驚いた。
人魚であっても、海の中を渡って帰るには遠い距離に絶望したのに、彼女はあっさりと帰してくれると言った。
しかも、首に巻かれたこの首輪を、外してくれる、とも。
だが、どうやって?
最初につけられたチョーカータイプのものは回収されて、それと引き換えにつけられたこの首輪は、力任せに外すことなんて出来ない。
「外せるのよ。外せる人が、もうすぐここに来るわ。その後で、ゆっくりでいいから、話を聞かせて?」
彼女、ラウラはラグの冒険者ギルドの事務統括だと名乗っていた。
きっと、アタシを売ろうとした連中の事を聞きたいんだなって、思った。
アタシたちに良くしてくれていた商人さんが言っていた、世間一般では、奴隷の売買は禁止されているって。
それをやった人間は、極刑にされる場合もあるって。
そして、うまくすれば。
「話せば、アタシ以外にも、捕まっちゃったこたち、商人さん、助けられる?」
「えぇ、尽力するわ。だから、今は、眠ってしまっていいのよ」
緩やかに微笑まれて、アタシはふ、と気が抜けた。
苦しかった、怖かった。
けれど、助かった。
周囲は柔らかな白の壁、優しく差し込む日差し、美しい空気。
大丈夫、ここは、優しい場所。
密やかに満ちる精霊の気配が、教えてくれる。
だから、アタシは眼を閉じた。
もう、怖いことなんて、何もないのだと。