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人魚と首輪②

原稿息抜きにひょっこり。(原稿しろ)

ギルドから預かった手紙を片手に、デューフェリオは馴染みとなったカフェ・ミズホの扉をくぐった。

どうにか昼前の時間なので混んではおらず、とはいえ仕込みなどもやっているのだろう、どこか忙しなさそうだ。


「こんちはー」

「いらっしゃいませ!ん?デューフェリオじゃないか。朝からめずらしい」


今のカウンター担当はカレンらしい。

手元ではラムネのラベル付け作業をしているが、デューフェリオの姿を見ると即座にそれを端に除けて注文かと笑う。


「あー、ギルドから魔女さん宛てに手紙。一応急ぎらしいんで」

「ギルドから?」

「朝っぱらの市場で大捕物。アレ関連みたいだぜ?」


配達人が中身を読むことはご法度なうえ、下手に重要な内容を盗み見て面倒ごとに巻き込まれるのはお断りしたいとは思っているので、予測だが。

何しろ、あの大捕物があった後から、ギルドと城との直接通信の魔術端末が鳴りっぱなしだった。

城からの救援要請などもその端末で受けるので、誰かしら受けることができるようにギルドのカウンター内に設置されている。

秘密の会議など用の端末はまた別口なので、知られても問題がない、けれどそれなりに緊急の連絡なのだとは予測がつく。


「…ちょっと待ってろ。シキー!!」


手紙を受け取ったカレンは、デューフェリオのその言葉に即座にキッチンへと振り返った。

むわり、と熱気が篭るキッチン内では、シキが水羊羹を仕込んでいた。

寒天と漉し餡がどろどろに煮溶かされた鍋は、凶悪なほどの熱気を発している。

最近採用した、竹のカップではなく女竹の筒に油紙で蓋をするという方法で販売され始めた水羊羹は、手土産にも向いているとなかなかに好評だ。

女竹とは細い竹の通称で、その節の部分を底にした入れ物は完全に使い捨てに出来る上、庭にも植えることが出来るので真竹など大型の竹を利用したカップよりもコストが下がるのだ。

ただし、竹はきっちり手入れをしないとあっという間にあちらこちらへと芽を出して下手をすれば家の床下をブチ抜くので油断は出来ない。

なので、検討はしたものの植えてはいない。

煮立てた水羊羹の液体をその女竹の入れ物に注ぎ込むシキに声をかけたカレンに気がつき、手を止める。


「どうしたの?」

「手紙が来た。ギルドからだ。緊急らしい」

「わかった。シオン君、後はできるね?」

「はい!」


シキの作業を見つめていたシオンに入れる仕事を渡し、カレンから手紙を受け取る。

ざっと眼を通し、そして一瞬乱れそうになった魔力を強制的に押さえ込んだ。


「リヒトシュタートですか。それとも隷属魔法関連ですか?」

「タチバナ、鋭いねぇ」

「わかりますよシキのことなんですから」

「……ちょっと変態じみてるわよ、その察し方」

「誰が変態ですか」


ほんの一瞬、瞬きみたいな刹那で立て直した魔力の乱れの原因を、タチバナは苦笑とともに断じる。

後ろにいて水出し緑茶を仕込んでいたフィリーでさえ一瞬気のせいかと思うような乱れを察したタチバナに、思わず彼女はツッコミを入れた。

シキに関することでの察しの良さは本当に変態染みていないかと最近思っているのだ。

視線でカレンに同意を求めれば、ひとつだけ頷かれた。

カレンも思っているのだ。ちょっと変態染みているなぁ、と。


「ちょっとわたし抜けるよ。店は大丈夫かな?」

「あぁ、大体仕込んであるし、シキじゃなきゃできないやつは品切れ扱いにでもしておく」

「タチバナは、」

「カレンたちだけでは大変でしょう?行きたいのは山々ですが、残りますよ。何かあったら呼んでください」

「わかった、お願い」


シキはタチバナたちに確認を取ると、即座にリビングへと取って返し、身に着けていたエプロンを放り投げると緊急の外出用にまとめているポーチを腰に下げ、慌しくカウンターの外に出る。


「あ、魔女さん」

「デューフェリオ、今から行くから一応付き添いお願い」

「ちょ、急ぎだっつったのはオレだけど、早くねぇ!?」

「今回は本当に急いだほうがいいから。許可証も入ってたから、直行するよ」


慌てるデューフェリオを後ろに率いて、シキはスタスタと店の外へ。

まだ昼前とはいえなかなかに日差しは強く、鳴く蝉の声が耳に痛い。

日傘をさしている人間も多く、一瞬シキも日傘を持ってくるべきだったかと考えたもののそんな余裕はないとあっさりと諦めた。


「ギルドに行くんじゃねぇのか?」

「許可証は貰ってる。城の横の治療院だよ」

「……貴族しか入れねぇって話のとこじゃねぇですか」


シキの向かう先の噂話を思い出したデューフェリオは眉を顰めた。

何のことはない、よくある話だ。

貴族のためだけに用意された、治療院が城にあり、そこでは一般人では見捨てられるしかない病でさえ治してもらえる、という噂だ。

市民街にある治療院も立派なものだ。だが、ラグはそんなに身分の上下がきつくはないとはいえ貴族へのやっかみというものは存在する。

そんなやっかみのひとつだ。


「違うよ。貴族でも、あそこは入れない。あそこは特殊な事情持ちだけが入れるの」

「は?どういうことだよ」

「人と一括りにいっても獣人、エルフ、竜人、色々でしょ?その中でもかなり特殊な種族の人たちのための治療院なんだよ」


足早に城へと向かうシキの後ろにつきながら、言われた内容に首を傾げるデューフェリオ。

そこでふと思い出す。早朝の市場での大騒ぎの渦中にいたのは、確か人魚、つまりはシキの言う『特殊な事情持ち』ではなかったか、と。

そして人魚という種族その特徴は。


「水、しかも海水がなきゃ、命がヤベェ……」

「分かった?なら、急ぐよ」


ギルドが至急、と言った訳。

シキが忙しくなるであろうに店を旦那であるタチバナや従業員であるカレンたちに任せて抜けた理由。


「マジかよ」


駆け足になりつつあるシキの後につきながら、いつもならば長くは思わない城周辺区域への道のりが酷く長く感じた。



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