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人魚と首輪①

ざざん、と波に船が揺れる。

だが、ラグの早朝の港は波音が聞こえないほどに喧騒に満たされている。

それは毎朝のことであり、港町特有の光景でもある。

漁師達が新鮮な魚を水揚げし、水夫たちは船から荷を降ろす。

商人たちはリストを片手に走り回り、店屋の主人たちは財布片手に怒涛の競りに参加する。

響く怒号と、けれど不快ではない丁々発止のやり取りの声。

そんな毎朝の光景が今日も変わらず過ぎていく。そのはずだった。


「誰か!おい、医者連れて来い!!!!」

「水よこせ水!!いっそデカイ水槽でもかまわん!!!早く!!!!」


悲鳴と、そして焦った声が港に響いた。

悲鳴の中心部では、一人の少女がぐったりと倒れこんでいる。

だが、普通の少女ではない。

耳のある部分から伸びているのは魚のひれのようなもの、閉じられた眼の少し下には鮮やかなスカイブルーの鱗が数枚張り付いている。

ボロボロの布で覆われた上半身より下、下半身は臍の少し下のあたりから、頬の鱗と同じ色をした魚の尾が足の代わりに伸びている。

倒れ伏した少女は、海の民と呼ばれる人魚であった。

少しずれた場所では、筋骨隆々とした男が三人がかりで一人の太った男を押さえ込んでいる。

押さえ込まれた男は、仕方がなかったんだ、命令が、おれのせいじゃない。

そんなことを叫びながら抵抗を繰り返していた。

その男のすぐそばには、男の血によって汚れたひとつの指輪。


「隷属の首輪の、制御装置……。野郎共!こいつの運び込んだ荷物とこいつの船、キッチリ押さえ込んどけよ!?蟻の一匹だって外に出すんじゃねぇ!!」

「言われんでも、抑えてますぜオヤカタ!おい、城かギルドの警備隊はまだか!?」

「来ました!彼女のための水槽も準備済みです!」

「さっさと入れてやれ!人魚に長時間の陸は毒以外の何でもねぇ!!!」


倒れ伏した人魚の少女を、そっと水槽に運びいれ、楽な体勢になるように水に沈む海の民専用クッションを詰め込み、滑車のついた言うなれば海の民専用担架はガラガラと港から搬出される。

残った騎士たちは、事情聴取や運ばれていった人魚に害をなしたと思われる男やその男が乗っていた船を取り押さえてくれていた港の住人たちと交代し、自らの仕事を始めた。


「隊長さんよ」

「あぁ、協力、助かった」

「それはいい。俺達の港を護るのは、俺達の仕事だ。が、あの人魚の嬢ちゃん、どうする気だ?」

「…かなり衰弱しているからな、暫くは療養だ。加えて隷属の首輪だ、アレをひっぺがさんとならん」

「制御装置は?アレがありゃ解放宣言でどうにかなるんじゃ?」

「最悪なことに、制御装置では解呪ができないタイプだ」


隷属の首輪にも、色々と種類がある。

大まかに、魂そのものを呪縛して命令を聞かせる『完全隷属』タイプと、装着者に物理的な苦痛を与えて従える『物理拘束』タイプだ。


完全隷属タイプは大戦時代の遺物で当然個数もあまりなく、それこそリヒトシュタートが四季の魔女を従わせるために使用した幾つかや、各国の国庫や、遺跡を解放した際にいくつか出てくる、くらいのものだ。

四季の魔女を捉えるために使われた隷属の首輪はそういうもののひとつだ。


一般に知られているのは物理拘束タイプ。

さらに二種類に分かれていて、制御装置を必要とするタイプと、必要としないタイプの二種類だ。

首輪と指輪のセットで発動する制御装置が必要なタイプは、指輪を持った人間が解放宣言をすれば即座に解放できる。

逆に隷属させるのも安易なため、中度の犯罪者たちに着用されることが多い。

もうひとつ、装置が必要ないタイプは登録した所有者の少量の血液と文言がなければ解放できない、隷属させるにも条件がある、という不便なものだが、拘束力は高く重度の犯罪者に多く着用されている。

今回人魚の少女につけられていたのは前者の制御装置が必要なタイプ。

だが、少しばかり普通のものとは違う。


「制御装置と解呪装置が分けられてやがる。恐らく、本体で隷属させて、子機で命令するって形にしてるな」

「ちっ、胸糞わりぃ!子機をぶっ壊しても本体がある限り解放されねぇってわけかい!!」


港で行なわれる競りの統括をしているオヤカタ、と呼ばれた男は、忌々しげに悪態をついた。

彼とは酒飲み仲間である騎士隊長も、手のひらに乗っている制御装置の指輪を握りつぶさんばかりに睨みつけて、深くため息を吐いた。

だが、とある存在を思い出しニヤリと笑うといい手がある、と言った。


「四季の魔女」

「あ?…あ、あぁああ!!そうだ、それだ!!!」

「あぁ!彼女なら、例え魂を呪縛するタイプのものだろうが、苦痛を与えるタイプだろうが関係ない、一息で首輪を破壊できる!!」

「善は急げだ!おい、誰か魔女さん呼んで」

「待て待て待て、人魚の彼女は今、城の騎士の庇護下に入ったからな。城から使いを出せばその方が確実だ」


四季の魔女は、その力を周辺諸国や魔獣への抑止力として使用することでラグ王家や冒険者ギルドに協力し、見返りとして保護と名誉貴族位を戴いている、というのが公式情報だ。

他にも諸々細かな契約を交わしているので正確なものではないが、大雑把にまとめてしまえばこの通りと思っていい。

なので、王家もしくはそれに準ずる機関つまりは冒険者ギルドから正統な要請であれば、協力しなければならない。

実は契約の内容の問題で四季の魔女が乗り気でなければ断られかねない要請だが、彼女は助けを求められれば基本的に断らない。

まして、『人を人として扱わない』という事を酷く、それはもう殺気が駄々漏れになるレベルで嫌っている彼女のことなので、快く協力してくれるだろう。


「そうか、直接呼びにいっても治療院の特別室にゃ許可がなけりゃはいれねぇんだったな」

「あぁ、さっさと上かギルドか通した方が早い。じゃ、申請通してくるから副隊長置いてく、指示に従ってくれ」

「あいよ。手伝いは?」

「…民間情報集めてくれ。集まったらズメイに」

「接触は?」

「呼べば来る」

「流石。じゃ、隊長さんも頑張ってくれや」


ひらり、手を振って去っていく騎士隊長を見送ってから、オヤカタも自分の仕事をすべく声を張り上げた。


「1から5班半分は騎士たちの手伝い、他は遅れた市場の設営を急げ!!ちんたらしてんじゃねぇぞぉぉ!!!」


オヤカタにどやされ、誰もが素早く動き始める。

ラグの経済は港で回る。少々衝撃的な事件が起こっても、それを止めることは許されない。

部下たちの尻を引っぱたいたオヤカタは、自らも仕事を指示すべく喧騒の中に飛び込んでいった。




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