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シキ

わたしの名前はシキ。

冒険者としての異名は『四季の魔女』

冒険者ギルドに属すると、特定以上の強さになると称号が贈られる。

当然、恰好いいからとか厨二病みたいな理由とかじゃなくて、称号を贈ることでその冒険者を権力者から守るのが目的。

権力争いとかに巻き込まれないよう、ギルドの保護下もしくは監視下、干渉圏内にその称号の持ち主はいるぞ、と明白にしているんじゃないかな。

強くても頭の中がお花畑だったら、権力闘争に都合よく使われて殺人鬼と化したり、とかありそうだし。

特に、ギルドの上位の人間ほど二極化しているというか。

周りを顧みないで強さだけを追い求めてうっかり突き抜けちゃった人か、才能と努力と経験を掛け合わせて強くなった人の二種類。前者も確かに努力の結果なんだろうけど、あんまりにも一点特化で強くなるためなら手段を選ばなくて強くなるためなら何も考えない。単細胞といえばいいのかな……。

逆に後者は、前者よりも才能が足りなかったりするのでそれを補うために思考錯誤して辿り着いた人たち。

当然、利用されやすいのは前者の人たち。

強くなれるかも、とか強いのに巡り合えるかも、とか。一瞬でもそう考えてしまえば損得勘定や周囲の状況とか、リスクなどを一切考えずに突っ込んでいく。

そういう人たちを、どうにか制御するために発案したのが称号システムの始まりらしい。

ギルドの人たちも大変だよね。

脳筋の舵取りもしなきゃいけないなんて。


それはともかく、わたしも魔法の一点特化、しかも異世界補正というぶっちゃけチートのおかげで上位陣にランクインしている。

後見人の公爵様はかなりおおらかというかよく脱走をかますダンディなオジサマで、この世界でのわたしの父とか叔父とか、そういう人だ。

つまりギルドと公爵家の二つの後見を受けて、平和に暮らしているんだけども、最近ふと思うことがある。

このまま、きっと、還れないんだろうなって。


異世界から無理やり召喚された当初はリヒトシュタートのバカ王子の言葉をうっかり信じ込んで、還るためならって頑張った。

『四季に祝福された聖女』とか呼ばれて持ち上げられてもいたし、たかだか18歳の高校生の子供がああいった百戦錬磨の腹黒タヌキどもの策略に気が付けるなんて早々無い。

最初の頃は、踊らされたよ。

けど、三か月くらいかな。それくらい経った頃に、あれ?って思ったんだ。

一人に、させてもらえないんだよ。

自由に動ける範囲も王宮内部の自室と、訓練場だけ。

自室にだって、寝る時以外はメイドさんが待機してる。

街に降りたいって言っても、「あそこは俗世ですから聖女様が行かれる場所ではありません」とか、「御身に穢れを近付かせぬためなのです」とか。

そんなことを言って、近づかせなかった。

で、わたしに会いにくる貴族や護衛の騎士、それから王子とか、全員が全員美形ばっかりでしかもわたしを口説いてくる。

不信感は募ったよ、だってどう考えてもおかしいから。

侮辱しているつもりはないんだけど、普通の顔の人もいた、というか遠目から見ると現代日本と同じで『美形が盛りだくさん!』な風景じゃなかったから。うん、いたって普通の風景。

それに、異世界に来た途端、高校生活で男子に告白すらされなかった人間が、いきなり美しいとか可愛らしいとか言われて口説かれるんだよ!?

しかも、美女とかより取り見取りな王子様から。

無いって。

特に、王子は聞かれてないつもりだったんだろうけどね、さっきまでわたしに甘い言葉を囁いていたその口で、「国のためだとはいえ、面倒だ」って呟いたんだよ。

瞬間、傷つくっていうよりも、正気に返ったよ。

あ、やっぱりって。


そりゃそうだよね。

還るために必死だったから何も考えてなかったけど、わたしを守れるだけの力量を持つ騎士が何人もいるのに、何で魔王クラスの魔獣だからといって討伐できないのか。

討伐できないんじゃない、討伐しないんだって気が付いたよ。

わたしの魔法は日に日に強くなる。

周囲はそれを喜んでいる。

この国が欲しいのは、『わたし』ではなくて、『四季に祝福された聖女』だ。

異世界から召喚された人間には、世界から生きるために祝福が与えられる。

強い魔法だったり、強い体だったり、元々は持っていなかった軍師としての才能だったり。

なにかしら与えられる。

連中の目当ては、それだったんだって。

無理矢理に召喚しておいて、謝罪の一言もなく。帰還を盾に魔獣討伐を強制し、それなのに口説いてくる理由って何?って考えたら、答えは一つだった。


連中は、わたしを使い勝手の良い道具にしたい。


最初は優しい王子様がそんなわけ、と思ったよ。

ひとりぼっちにされて、優しくされたら、ねぇ?ころりといっちゃうよ。

けど、一度芽生えた不信感は消えなかった。

で、そんなわけないって思いながら周囲を観察した。

そしたらもう出るわ出るわ、粗だらけ。


王子様は決してわたしに触ろうとしなかった。

触ってしまったとき、見えないように不自然じゃないようにしていたけれど、手を拭っていた。

触れてしまった瞬間の表情とか、もう、甘い感情を抱いていたことがバカらしくなるくらい露骨に顰められていたし。

汚らわしい、っていう表情。


トドメは、ごねまくってなんとか降りさせてもらった街での出来事だった。

その子は、子供だったよ。

年齢でいえば七歳とかそのあたり。

頭には可愛らしい黒い耳と、尾てい骨のあたりから伸びるのは黒いしっぽ。

女の子で、ボロボロの布きれをまとっただけの姿。

何よりも目をひいたのは、あらゆるところに見える打撲痕や擦過傷。

そしてガリガリの体。


『聖王国』『神に使えし者の国』『理想郷』

そんな風にこの国の説明を受けていたのに、どうしてこの子供はこんな酷いことになってるんだろうって。

ふらふらと歩いていたその子は、道の真ん中ちょうどわたしたちの道を塞ぐ形で倒れこんだ。

わたしは慌ててその子を助けようとしたよ。けれど、護衛の騎士たちや侍女の反応は違った。

騎士の一人は、その倒れた子を道の端に蹴り飛ばしたんだよ。まるでボールを蹴るみたいに。

わたしはどうしてこんなことをするんだって、怒鳴りつけたよ。

一応とはいえ、わたしの地位は聖女で、彼らより高位だったから。

けど、返答はそっけないものだった。


「汚いゴミをどかしただけですよ、聖女様」


ゴミ。

意思を持つ人間を指して、ゴミ。

わたしは反抗したよ、あれはどう見ても人間じゃないかってね。

けれど、侍女が呆れたような眼差しをわたしに向けながらこう言った。


「あれは人ではございませんよ、聖女様。あれらは罪深き穢れた魂を持つモノであり、その証として獣の一部を体に持つ異形です。私たち人間に使役されることによって初めてその穢れが拭われるのですから、あの処理は当然かと」

「えぇ、そうです。穢れた存在のくせに、聖女様や我々の通行の邪魔をしたのですから、あれくらいは当然です」


蹴り飛ばされたその少女は、誰にも助けてもらえずに、その場で死んだ。

この世界でわたしが最初に見た人の死だった。

冒険者ギルドも、この国の中では自由に動けなくて助けられずに終わることも多いと、後で聞いた。

その後、わたしはその言葉を信じたようにふるまって、彼女たち獣人がこの国ではどういう扱いなのかを聞いた。

悲惨なものだった。

使い勝手の良い個体を作るために、ブリーダーたちがそれぞれを掛け合わせ。

生まれた個体はすべて番号と記号で管理される。

逆らえば殺され、持ち主がいらないと言えば、次の持ち主へと回されるか、年老いていれば焼却処分。

人間に対する扱いではなかった。

エルフと呼ばれる人たちはまだマシで、けれどその美しさ故に性奴隷として扱われていた。

貴族やそれに準ずる人たちの、定番の贈答品らしい。


あの子の死と、これらを聞いて、わたしは最初に抱いた王子への淡い恋心など、遥か彼方へと砕けて吹き飛んだ。

そして納得する。

彼らにとって、わたしは異世界から来た上質な駒だから丁寧に扱っているけれど、内実は彼らと変わらないんだって。

悟ってしまえば、あとはもう誰も信じられなくなった。

魔法の訓練は欠かさなかったけれど、外に出たいとも言わなくなった。

そして、従順に従って、魔王クラスの魔獣の討伐を果たした。

簡単だった。

だって、夏だったから使えるのは火の魔法だった。

温度の操作なんて、マッチを擦るより簡単。

足止めをお願いして、少し離れた場所から太陽と同じくらいの高温の炎を圧縮したものを、魔獣の大きく開いた口の中に投げ込んでやった。

小さな太陽を飲み込んだ魔獣は、一瞬にして絶命し、燃え尽きた。

なんて簡単。


そして、約束は果たしたから還して、と王や法王に言った。

彼らは準備をする、と言っていたけれど、一か月以上たっても還れる気配がなかった。

おまけに、わたしを口説く美形のお兄さんたちは増員され、さらには訓練場にさえ行けなくなった。

日がな一日、甘ったるい言葉を聞き流すだけの日々。

そして、侍女の一人が漏らした。還れるわけないのにって。

わたしを口説く騎士の一人の恋人だったらしい。嫉妬のあまりについうっかり口にしてしまったようだった。

問いただしたよ、当然。

そんなことはないって誰もが言ったけど、信じられるわけがなかった。

だって準備をしてる気配すらなかったんだもの。


あぁ、ハニートラップね。

王子や騎士たちの行動に当てはまる言葉を今更思い出して、呆れた。

甘いだけの実のない言葉には飽きたから、入ってくんなって部屋から追い出した。

そうしたら贈られてくる装飾品の数々。

可愛らしいチョーカーがあって、それをうっかりつけてみたんだよね。暇だったし。

そうしたら、ぐらりと視界が揺れて、そしてわかった。

これは呪いだって。

脳内に声が響くんだもん。「いかいのけもの、いえきかな、なのらさね、なんぢはしきにしゅくふくされしもの、しき」って。

どう聞いても、古語だった。意味は、異界の獣、家を聞きましょう、名乗りなさい。あなたは四季に祝福されし者、シキ。

両親が古典学者である以上、古語は叩き込まれたから、得意分野だった。

そして、わたしのなかの何かをその声が力任せに縛りつけようとしているのもわかった。


わたしの魔法は四季によって変化する。けれど、そうでないものもいくつかある。

時空魔法に属するのがそれだった。

最初にそういう種類もあるってわかったのは、偶然。

唯一この世界のわたしだけの持ち物である鞄の中に入っていた、古語辞書を読んでいた時だった。

短い短歌を口ずさんだとたん、落下途中の花瓶の花の花びらが静止した。

何度も何度も同じようにして、それから、呪文に頼らずイメージで魔法を発動させるわたしの補助になればと与えられた魔法専門の辞書を読んで、理解した。

あぁ、これが時間や空間に干渉する時空魔法かって。

結界もこれに属していたしね。


聞こえてきた声と、わたしの中の何かを縛りつけようとする力は、その時空魔法の気配がした。

普通、呪縛のための魔力から呪文の文言とかは読み取れないはずなんだけど、わたしの名前が本名ではなかったこと、首輪よりわたしの魔力のほうが高かったこと、呪文が日本の古語に近かったこと、色々な要因が重なって聞こえてしまったらしい。

そして聞こえてしまったがゆえに、わたしはそれに反発できてしまった。

このままだとわたしはわたしでなくなる、と思った瞬間、叫んでいた。


「わがなはしきにあらず、ゆえにいらふるひつようはなし!!」


途端、チョーカーは砕けた。

砕けて足元に散らばったそれを見て、わたしはついにぷっつんときてしまった。

もう、我慢の限界だと。


むしろ良くぞここまで我慢をしたと当時を振り返るたびに思う。

そしてブチ切れたわたしは、送られる装飾品たちに紛れる隷属の首輪の呪文などをアレンジしつつ、自分の手駒を探すことにした。

最初は、大変申し訳なかったけど窓辺に近寄ってきた鳥たちを相手に首輪と同じ文言で名前だけを変えて発動させた。

発動条件は、呪文が古語であり、対象の名と家名を知っているか名前を持たないこと、そして何より自身の魔力が相手を超えていること。

実験対象にした鳥たちの中には妖精種とか混じっていて、解放を条件に一つ目の古語について教えてもらった。

お礼に半端なものだった呪縛を綺麗さっぱり解除して解放した。あと、お菓子のレシピ情報。

呪文の構成は相手を『けもの』と称して定義し、家名と名を聞く。名を知っている場合は、名の意味と名を。名を知らない、もしくは名を持たぬ相手なら名づける。

これだけ。

即効で呪文を組み立て、そして。


「ごめんね、わたしの僕になって」


暴行を受けた傷跡も痛々しい姿の、とても美しい狐獣人の青年。

わたしに縋りつくその姿は、ここに召還されたばかりのわたしであれば即座に落ちていたと思う。

けれど、このときのわたしは誰も信用できずにいた。

わたしがここから逃げ出すには、力が必要だった。

魔法だけで逃げ延びられると考えるほど、わたしも愚かではなかったし。

なにしろ、体力が足りない、物理的な力が足りない、野営の知識もこの世界の常識も、何もかもが足りないのだから。


「けだかきけもの、いえきかな、なのらさね、なかればわれが、なをあたへむ。これよりなのれ、なんぢはかおりたつはな。『橘』」


けれど、人間一人の魂を縛り付けることに罪悪感くらいは覚える。

だって、わたしに連中がしようとしていることを、わたしが彼にするのだから。

だから、彼に『橘』の名を贈った。

わたしの本当の名前。家族とのつながりの一つ。

わたしの名は、橘 詩織。


わたしだけは、彼を裏切らない。

わたしだけは、彼を見捨てない。

わたしだけは、決して、決して、彼を道具扱いなどしない。

彼は、橘は、わたしの家族と同じ名を持つ人。

わたしと同じ名を持つ人。


一番の信頼と信用とを、彼に向けよう。

それで裏切られたのならば、きっと彼を呪縛しばったわたしの、自業自得なのだから。


そしてわたしとタチバナは、あのトチ狂った国を飛び出した。

ちょっとした嫌がらせはしたけれど、死者はかろうじで出ていないはず。

貴族連中からなら、出てもいいけど。

こうして国を飛び出したわたしとタチバナは、逃亡に手を貸してくれた隣国のおじいちゃんギルドマスターの薦め通りに、交易都市国家ラグにたどり着いた。

途中で襲ってくるあの国の追っ手は皆さん獣人だったので皆隷属の首輪を破壊して解放してあげた。

それでもなお追ってくるなら、そのときはそのときだ。


そして、後見人になってくれたオジサマと相談してギルドの近くでス○ーバッ○スとミ○ドを足して割ったみたいなセルフ式のカフェを始めて。

気がつけば、三年以上。

召喚されて五年以上が経過してしまった。

もう、六年目に突入もしている。

カレンやフィリーという友人と言うか居候も増えて、ますますにぎやかになった。

けれど、ふとした瞬間思ってしまうのは、故郷だ。

故郷だけれど、あまりにも密度の濃い数年間のせいで、薄れてきてしまっているのも事実だったりする。

そうした瞬間思う。


あぁ、還れないんだろうな。


時空魔法を使えば、きっとこの世界を飛び出すことはできる。

けれど、それだけ。

この世界にいるからこそ、わたしは『四季の魔女』足りえるのに、この世界を出てしまったらわたしは何の力も持たないただの小娘だから。

この世界を飛び出して、故郷に帰り着く前に守護をなくして、世界と世界の狭間で押しつぶされる。

他人がわたしを引き寄せたからこそ、世界と世界の壁を越えられたのだから。

そう考えて、ぼんやりしていると、いつもタチバナがいる。


ふっさふさの尻尾を枕にしてわたしを転がして、そのままずっと頭とか髪とか撫でてくれる。

やさしいな、やさしいな。

呪縛しているわたしの命を狙わない限り何をしても、わたしから離れても構わないよって言っているのに、彼は傍にいる。

恨まれて、憎まれて当然の事をしたのに、彼は「いいんです」なんて笑う。

だからわたしは甘えてしまう。

彼の尻尾にしがみついて泣いて、眠る。


いつかいつか、還れる日が来たのなら、わたしは彼に何を返せるだろう。



いつかいつか、別れの日が来たのなら、わたしに彼は何と言うのだろう。

いつかいつか、還らないと決めたなら、わたしに彼は何を願うのだろう。

いつか。

わたしは。



彼に、ずっと傍にいてと、言えるだろうか。




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