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僕の精一杯

今、シオンの目の前にはいくつかの材料が置かれている。

シオンはラグの港町独特の暑さに負け、長期休暇として一週間ほど帰宅しているのだ。

父も暑さに負けて倒れてしまっては逆に迷惑になるだろう、と休暇を願い出たシオンを責めはしなかった。

師匠であるシキも、倒れる前に言ってくれてよかった、と笑っていた。

なんでも、彼女の故郷で学生は、春、夏、冬と長期休みがあるらしい。

春や冬は、いわゆる決算期間だったり新しい人間の受け入れ、卒業のための準備期間だとか。

ならば夏は、と聞けば、やはりシオンと同じように暑さのせいで体調を崩す人間も多く、それで授業中に倒れられるよりはということらしい。

そのせいか、師匠は夏の一ヶ月ほどを帰省期間にする予定だったらしい。

が、そんなに長く休んでいたら鈍ってしまいそうだったのでなんとか一週間に縮めてもらい、こうして暑さで削られた体力を戻しがてら戻ってきたのだ。

そして、父や双子の姉からのリクエストで、何かひとつ菓子を作らなくてはならなくなった。


「どうしようか、ネルトゥス」

「がう?」

「師匠のレシピ丸々、じゃ芸がないし、けど今の僕にはまったくあたらしいものなんて浮かばないし……」

「ぐるるぅ…」


材料は、師匠から少しだけ分けてもらったものと、家にあるものだ。

餡子は訓練で作ったものをそのまま持ってきた。

だから、その餡子を使ったものにしたいのだけれど。


「シラタマゼンザイ、かなぁ。けど、うーん…それだけだと絶対ユカリが可愛くないとか言い出しそうだし」


白玉善哉。

シオンが始めて、シキに合格を貰った和菓子だ。

簡単だという話だったが、白玉が水の量を間違えるだけでまったく感触が変わってしまうという厄介さがあった。

シキも和菓子のプロと比べれば笑いものだと言っていたが、彼女の白玉善哉は美味しく、白玉の硬さがちょうどいいのだ。

硬すぎず、柔らかすぎず。適度にもちもち。

しかし、つるんと喉を通る。

季節やその日の湿度によって微調整しながら練っているのだから当然だ。

こればかりは経験がものをいう世界だと理解している。

だからこそ、合格点をもらえたこれが今の自分が作れる精一杯。


「そういえば、師匠、普通の砂糖以外にも黒糖とか入れてもいいって言ってたなぁ」


ただし、色は黒めになる。

黒糖なのだから当然なのだが、おいしいけど見た目的にちょっと、と彼女は笑っていた。


「ん?あ、そうか、やってみても、いいかも?」


そこでふとシオンは思いついた。

白玉は色がつく。白いから。

ならば、淡く綺麗な色がつく素材を入れてみたらどうだろうか。

例えば。


「果物…でもいいけど、野菜だとどうなるんだろ。ネルはどう思う?きっと、ニンジンとか綺麗なオレンジ色が出ると思うんだけど」

「がうがう!!」

「いいと思う?うん、他にも色が綺麗なのは、トマトとかだけど…アンコには合わないから……アンコに合うのはクリとかカンショとか…そっか、カボチャもあり、かも」


よし、と気合を入れたシオンはカボチャを家の氷室から引っ張り出して、少しばかり悪戦苦闘しながら必要になると思われる量を切って蒸かす。

煮てもいいだろうが、水分調整が大変そうだと思ったので、少しでも水分を排除できる方法で柔らかくしようと考えた結果だ。


「これで、いい、かな?」


蒸かしたカボチャを取り出し、裏ごしする。

とはいえ、普通の、宿屋をやっているとはいえ家には裏ごし器なんてものは存在しない。

代わりと言ってはなんだが、ザルで漉す。少しだけ荒くなるのはご愛嬌ということで諦めてもらうことにする。どうせ食べるのは身内だし。


「で、シラタマコに水…は少なめ、で、混ぜてからカボチャを練りこんで」


ぶつぶつ、と呟きながらシオンは白玉粉にカボチャを練りこむ。

入れすぎは恐らく白玉粉が固まらなくなる原因になるのでそれだけは気をつけて。

ちょうど耳たぶくらいの硬さになるように調整。

それを一口大にちぎって丸めて準備完了。

大き目の鍋に水をたっぷり張って沸かす。


「先にやっておけばよかった……」


湯が沸くまでの時間、少しだけ手持ち無沙汰になってしまい、とりあえず片付けをしようと蒸し器やそれらを水洗いする。

シキの手際の良さは、タチバナのサポートがあるとはいえ確かにいいのだと、こんなところで思い知る。

どれくらいがんばれば、あそこに追いつけるのかという疑問が脳裏に浮かぶが、それを頭を振って追い出す。

カレンたちが言っていた。

焦っても、経験不足はどうにもならないから、自分の速度で覚えろ、と。

きゅ、と洗ったものを全て台所の元の位置に戻して、沸いたであろう鍋を覗き込む。

ぼこぼこ、といい感じに沸騰していた。


「よし、うまくいきますように!」


丸めておいたカボチャ入り白玉団子をお湯に一気に投入。

菜ばしでかき混ぜつつ、ぽこん、と浮いて火が通ったのが分かったら即座に冷水の中に投入する。


「よかった、バラけなかった!」


ほう、とシオンは安堵のため息をついた。

カボチャを入れているせいで茹でている間に形が崩れたらどうしようかと思ったが、どうにかなったらしい。


「味も…うん、カボチャがちょっとだけ甘くて美味しい。ほら、ネルにもあげるよ」

「ぐるぅ♪」


シオンの足元で小型化し纏わりついていたネルトゥスの口にも、出来立てのカボチャ白玉を放り込んでやる。

上機嫌で頬張るネルトゥスにうれしくなりながら、戸棚からガラスの器を取り出す。

カボチャ白玉と、持ってきた餡子を添えて。


「できた」


今の、シオンの精一杯の和菓子だ。


「少しでも、美味しいって言ってもらえたら、いいなぁ」


きっと、その言葉があればまだまだがんばれる。

きっと、その言葉が、師匠にとっても、ウーヴェにとっても、力になっている。

そして、シオンにとっても。


トレーに善哉を持った器とスプーンを乗せたシオンは、リビングで今か今かと待っている二人の家族に、声をかけた。


「できたよー!!」




シオン君、暑さに負けて帰省中。

けど、彼はとっても頑張っています。


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