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月の餅

ついに100話です。

ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます。

これからも、四季の魔女の喫茶店をよろしくお願いいたします。

その日、シオンくらいならば入れてしまうほど大きな木箱がカフェ・ミズホに届いた。

差出人はハーフェン伯爵。

品名は報酬。


「待ってたぁぁぁぁ!!」


その箱の中身を見るやいなや、シキはそう叫んでくるくると上機嫌にキッチンで回った。

後ろでは本日の軽食の下準備をしているいつものメンバーがおり、あまりに上機嫌なシキの様子に何があったかと首を傾げていた。


「何かあったんですか、シキ」

「ふっふっふ。待ちに待った木型が来たよ!」


ジャジャーン、という効果音がつきそうなくらいの勢いで箱の中身を取り出したシキは、新品なのだろう、木の香りが強く香るその木型をシンクの上にいくつか並べて見せた。


「…これは、貝、か?」

「これは花かしら?」

「師匠、これはなんですか?」


それぞれ並べられた木型を見て、何の形かをあててみる。

花、と言ってもどうも色々あるようで、何の花を模しているのかはカレンたちにはまったく判らない。

せいぜい、貝がハマグリやホタテの貝殻に近いな、くらいだ。

それ以外の形に至っては、何も判らない。


「これは和菓子に使う木型でね。ラムネの大本になった落雁とか、他にも練り切りっていうお菓子、それから饅頭系統のお菓子の型になるんだよ」


うふふ、と上機嫌に笑ったシキは、氷室に浮かれた様子のまま向かうと、作り置きしていた餡子の入ったバットや卵、小麦粉や砂糖などを引っ張り出す。

どうやら、新作を作るらしいと気がついたタチバナは、シンクの上に置かれた木型以外の、たとえばバットに並べられたおはぎであったり、サンドイッチであったり、おにぎりであったり。そういったものを全て丁寧に、けれど美しくショーケースの中に放り込む。

上を片付け終わればそれなりのスペースが確保され、恐らく必要になるだろうとフィリーがボールや菜箸、泡だて器などを準備する。

慣れとはすごいもので、シキがリビングの本棚からレシピが載っている本を持ってくるころには準備が整っていた。


「今回作るのは、わたしもあまり慣れてないものだけど……」

「そうなんですか?」

「うん。型が無かったからね。似たようなのは作ったけど」


胡桃を渡されたタチバナは質問を投げかけながらも、フライパンを引っ張り出してそのクルミを煎り始める。


「あ、クルミはゴマ油で煎って。そしたら餡子と混ぜておいて?」

「ゴマ油、ですか?」

「うん。あと、松の実があれば完璧なんだけど…」

「ありませんよ?」

「だよね。マイナーすぎるもんね。じゃ、クルミだけで」


カンカラカララ、というフライパンにクルミが投入され音と、ふわりと香るごま油の香り。

中の餡の作業はタチバナに丸投げしたシキは、興味津々、と覗き込んでくるカレンとフィリーとシオンの三人の視線をものともせずに、用意したボールの中に蜂蜜やバター、小麦粉、重曹、卵を加えて練り上げる。


「生地はホットケーキみたいなのね?」

「あんまり膨らまないようにするけどね。ただ、重曹を入れなかったら入れなかったでペッタリしすぎてあんまりわたしは好きじゃないんだよねぇ」


卵とバターの水分だけで練り上げられたその生地をひとまとめにすると、ちょうど胡桃を煎りが終わったのだろうタチバナが出しておいた餡子とそれを手早く混ぜ合わせた。


「混ざった?」

「はい、混ざりましたよ。で、どうするんです?」

「カレンもフィリーもシオン君も手伝って。お団子一個くらいの大きさに餡子を丸めて、それからこの生地で包んで」


シキのその指示に、三人は手馴れたように、シオンだけちょっとだけ手間取りながら胡桃入り餡を丸める。

その間に、シキは生地を一口大に丸めては薄く延ばす。


「なんだか、餡子のパイ作ったときみたいです」


女性であるカレンたちよりも小さな手で餡子を丸めながら、シオンがそう笑う。

未だに餡子の訓練を続けているシオンは、毎日のように餡子を食べている。

が、食べるにしてもレパートリーがあっという間に尽きて、最近は半分ヤケクソでパンに入れたりパイ生地で包んだりして消費している。

が、餡子はなんだかどのお菓子の生地に入れても合うので、万能だと思い始めている。


「やってることは似てるかもね。で、餡子をこの生地で包んだら、この木型を使って形を整えます」


五つほど並べられた木型は全て円形で、なにやら複雑な模様が掘り込まれている。

全て模様が違って、花のようであったり、幾何学模様みたいだったり、さまざまだ。

ただ判るのは、これらの模様は複雑で職人技で彫られていると言うことだ。


「今作ってるのは月餅っていうお菓子でね。月に見立てて作られたお菓子。水分があまりないし、長持ちするよ」

「これが月なのか?」


カレンがつんつん、と木型を突きながら疑問を口にする。


「円形でしょ?元々は秋の名月を愛でる時に食べられてたみたいだけど、時代を経るにつれて贈り物としてのお菓子になったらしいよ。で、結果として贈り物用だから装飾をってなったみたい」

「秋のお菓子なんですか?」


季節外れじゃないか?とシオンが驚いたようにシキを見上げた。

確かに、中秋の名月を愛でる際に食べられているお菓子なので、暦通りに季節に合わせた菓子を作って売っているシキを見ているシオンからすれば驚きだろう。

だが。


「元々はわたしの故郷のお菓子じゃないんだよねぇ、これ。お隣の中国って国から渡ってきたの」


餡を生地で包み終わると、それをシキは木型に詰め込んで形を整える。

綺麗な円形の、菊花模様が可愛らしい月餅だ。

それを窯に入れるためにクッキングシートの上に並べて、ハケで卵黄を溶いたものを塗る。


「だから、日本じゃ一年中売ってるし食べられてる。飲茶ヤムチャっていって、そうだなぁ、午後の休憩のお茶のおやつ感覚?」

「あぁ、渡ってきて意味が変わったタイプのお菓子ですか」

「そうそう。カステラとか、かりんとうもそうだね」


薬草を扱うだけあって器用なタチバナも、シキと負けず劣らずな速度で餡子を次々生地で包んでは木型で模様をつけて形を整えていく。

あっという間に一回分の準備が整い、シキはそれを窯の中に突っ込んだ。

そのまま懐中時計を見て、時間を計る。


「カリントウも、カステラ、もなんですか?」

「そうだよ?とはいえ、原型は無いに等しいけどね!日本人が自分たちに合うように魔改造したから」


日本の歴史は外から輸入したものを自分たちに合わせて魔改造する歴史と言うか。

様々な国から輸入して、原形をとどめないくらいに改造しているものがどれだけあることか。


「ある意味、故郷は変人の国だから……」


どっかで見たなぁ、あの国には兵器開発だけはさせるな、マジでガ○ダ○作りかねん!とか色々海外の人たちが言ってる掲示板。

流石に流し見ただけなので記憶は曖昧だが、うん、変人変態呼ばわりされてた覚えはある。


「どういうことですか」

「いや、まぁ、職人気質の人が多いから」


よく言えば実直。

だが、神経質で頑固で堅物、と言ったほうが合ってるかもしれない。

最近はそうでもなくなってるらしいが、やはり根本的な神経質さは無くなっていない気はしている。


「ま、話はズレたけど。そんなわけで、この月餅はあまり季節関係ないから。それに、今回は作り置きの餡子使ったからそんなにもたないけど、これ専用の餡子を作って焼けば、一ヶ月はもつお菓子になるよ」

「それはシュトーレン並みに長いわね!?」


お菓子は長持ちしない。

最近定番と化したシュトーレンや保存食用オイル漬けなどの一部を除いて、生クリームが使われたものはその日のうちに、となっている。

サーターアンダギーなど、長くても三日以内なのが多いのだ。

だというのに、月餅はちゃんと作れば一ヶ月。


「保存食って意味合いもあったらしいから。とりあえず、焼けたみたいだから食べてから感想ちょうだいな」


月餅はあまり長時間は焼かない。

中の餡はすでに火が通ったものだし、外の皮の部分も薄いためだ。

焼きすぎると丸焦げになるので、大体15分くらいだろうか。

窯から最初の月餅を取り出し、次の月餅を突っ込んだシキはもう一度時間を計りつつ出来上がった月餅の様子をみて頷く。


「うん、いい狐色。食べてもいいよ!」


シキの許可が下りた途端、四人はこぞってその月餅に手を伸ばした。

綺麗に焼かれた表面は、卵を塗ったため茶色のてりが華やかだ。

香りも、餡に練りこんだごま油の仄かな香りがする。


「ん、これは、いいな」

「おまんじゅう?だけど、また違うわね」

「胡桃とごま油の香ばしさが餡子と想像以上にあいますね。特にごま油。最初は合うかと結構心配だったんですが」

「美味しい!師匠これ美味しいです!!」


もぐもぐ、と出来立ての熱い月餅を頬張る四人に、シキは頷いてメニューに加えようかと算段をつける。

そこでふと思い出す。

今回のような簡易版はともかく、保存食としての月餅は、長期保存を可能とするために大量の砂糖を使うことを。

そう、それによってもたらされるカロリーは。


「一個で夕食一食分…」


二つ目の月餅を食べ始めていたカレンとフィリーが、ぴしり、と硬直した。

恐怖を宿した眼差しで、シキを見つめる。


「あ、今回は大丈夫だから。保存食版の月餅の場合だから」


ぱたぱたと手を横に振って否定したシキは、絶望の眼差しで月餅を見る二人をどうしたものかと思案する。

これはきっと、気に入ったからこそお弁当に入れてほしいとか思ったんだろうな。

けど、そのカロリーを聞いて自分のお腹のアレとかソレとか気になっちゃったんだろうな。

とか思いつつ、自分の分の月餅を飲み込んだ。

うん、今日はお昼ごはんはカロリーオフのメニューにしよう。



美味しいですよね、月餅。

あのカロリーさえ無ければ……っ

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