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ライラシャ

それは油断だった。

いつもの様に対処し、いつもの様に仕留める。

だが、冒険者としてリヒトシュタートで最前線を駆け抜けていた頃とは違い、今は喫茶店との二束の草鞋。

鍛錬を怠らず、加えて高ランク魔獣討伐を行なっているとはいえ、実質的な戦闘量というものは減少していた。

腕は鈍っていないが、勘は少しだけ鈍っていたようだった。

いつもの様に動き、いつものように手に持った短剣を獲物に突き立てる。

弓矢は、使わなかった。


バキンッ


響いたその音に、フィリーは思わず自らが握る短剣を見やった。

美しい銀色のその刃は斜めに折れ砕け、中心には罅が入っていた。


「フィリー!!」


一瞬の硬直。

鋭いカレンの声に反射的にその場を飛びのくが、遅かった。

目の前で仕留めそこね、その凶器のような大きな尾がフィリーの目前まで迫っていた。


「ぐっ、ぅ!!」


瞬間、目の前を覆い尽くす赤銅色。


「カレン!?」


フィリーを庇って巨大毒持ちトカゲポイズンメガラニアのトゲの生えた巨大な尾の一撃を手に持つ軍刀で無理矢理に捌いたカレンは、逆手に持ち直した軍刀をフィリーが刺すはずだったポイズンメガラニアの額に今度こそ突き立てた。

そのまま手を離し、安全地帯までフィリーと共に後退する。

ポイズンメガラニアは暫くの間ビクビクと痙攣していたものの、流石に脳をやられていては生きてはいられなかったのだろう静かに息絶えた。


「カレン、大丈夫なの!?」

「あー…、右腕、捻った」


一連の流れに一瞬呆然としていたフィリーだが、利き腕である右腕を庇うカレンに、眉をしかめた。


「ごめんなさい、油断したわ」

「いや、フィリーのせいじゃない。あそこでいきなり短剣が砕けたら誰だって一瞬固まる」

「いいえ、私の慢心よ。ちゃんと装備品の手入れをしていればこんなことにはならなかったもの」


気にするな、と笑うカレンにフィリーは眉を寄せた苦痛を感じているかと思えるような表情で、彼女の言葉を否定した。

格下の相手だからと訓練がてらとか言って短剣を使って、結果、整備が十分でなかった短剣が折れ、庇ったカレンが怪我をした。

これが慢心でなくてなんというのだ。

捻っただけだといっても、カレンは剣士。利き腕が使えないと言うのは致命傷になる。


「見せて」

「ちょ、あいたたたた」


カレンの腕に触れてみれば、見事に腫れが出始めていた。

折れてはいないが、骨に異常があっても可笑しくはない腫れ方だ。


「…応急処置よ。ギュフ・エオー・シゲル『癒せ』」


フィリーが精霊魔術の呪文を詠唱し、応急処置となるがカレンの腕を癒す。

腫れは治まったが、あまり無理はできない状態だ。


「助かる」

「私のせいだもの、気にしなくていいわ」


手を握ったり開いたりして調子を確かめたカレンが、神妙にしているフィリーに苦笑を零す。

其処まで気にしなくてもいいと思うのだ。今回のこれに至っては確かにフィリーの慢心もあっただろうが、カレンとて油断していたのだ。

いつものように対処し、いつものように仕留めれば怪我も何もない、と。

結果が、これだ。

フィリーを庇ったものの不安定な体勢で受けたせいで腕を捻り、そして。


「…軍刀が、見事に駄目になったな」


ずるり、とポイズンメガラニアの頭部から引き抜いた軍刀は、魔獣の持つ毒に侵され、ぼろぼろと腐食してしまっていた。

本来なら刀身に魔術刻印を施したこの軍刀がそうなることはないのだが、その刻印に尾の一撃を無理矢理捌いた際に傷が入ってしまっていたらしい。

刻印が少しでも欠ければ、刻印魔術は力を失う。

結果が、これだ。


「せっかくシキがくれた相棒だったのになぁ…」


シキの世界の剣の技法と姿を模して作られたそれは、今やカレンの手にしっくりと馴染み、手放すことなど考えられぬほどの相棒となっていた。

何より、斬ることも突くことも受けることもできるこの軍刀は、試作品とは名ばかりの名剣だとカレンは思っている。


「討伐報酬で入った金でシキに護身用短剣を贈るつもりだったんだけどなぁ……」

「そうねぇ…。けど、こっちのほうが切羽詰ってるわ。ゾルダンさんに相談するしかないわよ」


フィリーも愛用の短剣が見事に折れており、新調を考えねばならなくなった。

油断と慢心が招いたこの事態に、二人は深くため息を吐いた。







カンカン、という鋼を打つ音。燃え盛る炎の音。

それらを聞きながら昼食をとっていたゾルダンは、二人揃って神妙な表情で現われた、行き付けの喫茶店の従業員二人に首をかしげた。


「どうした、珍しいこともあるのぉ?」

「あの、その、すみません……」


心の其処から申し訳なさそうに頭を下げて、カレンが取り出した軍刀。

それはゾルダンがシキから朧気だとはいえ異世界の鍛冶の方法を聞き、試作品として打った一振りだった。

幾度も鋼を打ち、折り返し。

芯には柔らかく、周囲には堅くと鋼を鍛えたものだ。

初めてにしてはなかなかの出来で、鋳造ではなく鍛造で武器を鍛えるのを基本とするゾルダンの中で新しく手に入れた技法の始まりの一振り。

それが。


「…腐食毒、かの?」

「はい。魔術刻印の欠けに気がつかず、串刺しにした結果です」


鞘から引き出した刀身はぶくぶくと泡立つように乱れ、変色し、腐食していた。

その哀れな姿にゾルダンはため息を零す。


「お嬢ほどの手慣れが、派手にやったのぉ」

「油断と慢心が招いた結果です。申し訳ありません」

「それはマスターに言ってやることじゃ。して、新しく剣を求めに来たか?」


ここまで見事に腐食されては、もうどうしようもない。

研いだ所で、折れるだけだ。


「はい。加えて、その軍刀を溶かして新しい姿に出来ませんか?」


カレンとフィリーの油断でボロボロになったこの軍刀。

そのまま廃棄処分にするには惜しくまた戒めも欲しかったカレンはそう言った。

二度と、油断はしない。

油断をすれば、護りたいものさえ護れなくなる。


「……剣に仕立てるのは、無理じゃな。腐食が酷い。短めの剣くらいになら、なるとは思うが」

「それなら、それで。規格は……」

「私に合わせてくれないかしら?」


軍刀を溶かし新しく短剣に、と頼むカレンの言葉の後にフィリーがそう口を挟んだ。

サブウェポンである以上、まったく新しい短剣を購入すると思っていたカレンは驚いて彼女を見た。


「今回の失態の切っ掛けは、私よ?費用も全て私が持つわ。カレン、その軍刀、私に譲ってくれないかしら?」


フィリーが油断しなければ、この軍刀はこんな姿にならずにすんだ。

ならば、その戒めとして。


「ふむ。ならば、二振りの短剣としようかの」


自分の責任である、と言い合う二人の姿に、ゾルダンが笑う。

なんとも、友人思いなことか。

それならば、互いの反省と戒めと、そして誓いに相応しく対となる二振りを鍛えてやろうと、ゾルダンは言った。


「え、えぇ!?」

「溶かすにしても、軍刀には届かず、短剣には長くなるからの。少しばかり小振りにはなるじゃろうが、二本にして互いに持っておればよかろうて」


こん、と軍刀の鞘を叩き、そのまま伝票を書き込んで貼り付ける。

カレンもフィリーも困惑して顔を見合わせているが、ゾルダンはそれをスルーしてもうひとつの本題があるだろう、と二人を促した。

その言葉に、短剣も大切だがなによりメインウェポンを失ったカレンが慌てて話を切り出した。


「ミスリル鋼あたりがいい。合金でも構わないが。それでこの軍刀と同じ形式のものを打ってほしい」

「ふむ…。細かな変更は?」

「刃渡りを今までよりも長く、80くらいか。身幅は少し広めに。切っ先は細めで」

「ふむ。魔術刻印は?」

「出来れば火系で」

「柄や護拳は?」

「あれと同じで。装飾はお任せする」


カレンの要望を聞いて、ゾルダンの脳内であれがいい、と浮かんだ。

シキに渡し、カレンに渡ったあの軍刀と同じ形式で打った軍刀がいくつかあり、その中の一振りだ。

立ち上がって、倉庫の中からそれを引っ張り出したゾルダンに、カレンが驚きの目を向ける。


「まだ、あったのか…?」

「当然じゃ。あの技法を我が物にするためには、鍛練あるのみじゃからの。そうやって打ったもののひとつじゃ」


だが、片刃の緩く反った軍刀は、ひどく使い手を選んだ。

当然だ、魔獣を相手にするならば、分厚いブロードソードなどで叩き切ったほうが早い。

切れ味など、魔術刻印で補えると言うものもいるくらいなのだから。

結果、打った軍刀計10振り中9振りは一部の特殊技能者や見目重視の者に、そして。


「こいつは居残った、というわけじゃ」


ゾルダンの中では、傑作のひとつだ。

美しさよりも豪壮という言葉が似合う実用一点張りの軍刀。

装飾など不要だと言わんばかりのその姿に、だがしかし確かな技術を持ち主に求めるその使い心地に、カタナをメインウェポンとする東大陸からの冒険者でさえ敬遠した。


使うのではなく、使われそうだ、と。


ゾルダンが今まで打ってきた刀剣類でも、そこまで言われたのは一握りだ。

そしてその殆どが、高ランク冒険者たちがフルオーダーで注文してきたその人物のためだけの一本ばかり。

フルオーダーでもないのに関わらずこう言われることになった刀剣は、これを含めても数本しかない。


「……魔術刻印を、水にしてくれないか?」

「加えて、睡蓮の意匠を刀身にできるかしら?」


ゾルダンが取り出した軍刀を一目見て、カレンは火ではない、と感じた。

水がいい。

同じように、フィリーも下手をすれば無骨とさえ呼ばれかねない雄々しさを持ったその刃には、睡蓮が花開くといいと感じた。


「いいじゃろう。装飾の仕上げは一週間後じゃ」

「ここまでの一品だ。名前は?」

「無いのじゃよ。じゃが、そうじゃなぁ…お嬢がこれを持つと言うのならひとつじゃろうて」


美しさを持ちつつも、豪壮。水と睡蓮の刻印。

そして、持ち主となるのは睡蓮の騎士。


「「姫睡蓮ライラシャ」」


一週間後。

姫睡蓮と名づけられたその軍刀は、紅蓮の鞘に金の象嵌細工が施された鞘に入り、カレンの腰に自らを主張するように佩かれた。

刀身には、水系の魔術刻印と睡蓮の意匠が確かに彫りこまれていた。



カレンのイメージの花である睡蓮。

その中でも、姫睡蓮:ライラシャと呼ばれる品種で、美しい朱を見せてくれるものがあります。


最初にシキから渡された軍刀は、今までカレンが使っていた武器たちの中ではかなり高品質ですが、やはり試し打ちの一本。

そろそろ新しいカレン専用品を、と思ったのです。

なぜか、フィリーの短剣もバッキリ折れてしまいましたが……

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