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本気だから

作者: 緑山 ユカ

今日、最後になるレッスンが終わったて時計を見る。

金曜日は一番遅くなる日でもうとっくに10時を過ぎている。


音楽教室でヴァイオリンの先生をしている有里ユリにとって今日は特に長い一日だった。

普通のOLとは違い仕事始まりは午後の3時だが、その分、夜遅くなるのが有里にとって普通である。

それに加えて今日は特別に午前中にも仕事が入っていたので、いつもよりも長い時間仕事をしていたことになる。


今日は一日頑張ったし、後片付けをして家に帰ろう。 夜食は何にしよう? 

などと考えながら今日のレッスンのメモを取り、ピアノの上に重ねてある楽譜を片付けようと手に取ったところで控えめにドアをノックする音が聞こえた。


あれ? 今日はもう終わりなんだけど、誰だろう?

その気持ちが駄々漏れするような口調で 「はい? どうぞ?」 と言った瞬間にそっとドアが開いた。


そのドアの後ろには少し申し訳なさそうな、それでも少し笑いをこらえたような複雑な顔をした真人マコトが立っていた。


「真人くん? どうしたの? 今日、約束してたっけ?」

「いや、してないけど… 偶然通りかかったから寄ってみました。 有里さんがいるかなって思って。」


そう言いながらも少し笑いをこらえたような真人に少し不思議な気もしないでもないが、気にせずに会話を進めることにした。


真人は有里が大学4年のときにあった教育実習で教えた生徒だった。

自分の母校に教えに行ったので事実上後輩というわけなのだが、5歳差ともなるとたとえ私立の中高一貫校であっても在学期間に知り合うことはなかった相手だ。

出会ったころは制服を着ていたせいか、ものすごく年下に見えていた。

しかし半年ほど前、6年ぶりに再会したときには見た目で年齢差を知るには難しいほど大人っぽくいい男になっていた。

再会してからはよくメールのやり取りもするようになったし、最近では二人で出かけることも多くなってきた。

理想で言うなら年下はタイプではないと言ってしまいたいところなんだけど、会うたびに少しずつ惹かれているというのが現実。


「今日はこの時間まで残業だったの?」

「はい。 もうすぐ夏の花火大会がありますよね。 その企画を毎年仕切っているのがうちの会社なんですよ」

「そう。 じゃぁ、これから忙しくなるんじゃない?」


そう有里が言ったところで、どうやら笑いをこらえられなくなった真人がクスクスと笑い出した。


「ちょっ…、なんでさっきから笑ってるの?」

「…す…すいませんっ。 でも、さっきから有里さん『?』ばっかりで…」

「…どういうこと?」

「ほら、また。 『なんでココに真人くんがいるの?』『何しに来たの?』って思っているのがバレバレ」

「……」


そんなに顔に出ていたんだろうか? 

少しうつむいて考えていると、いつもより少し低めで真剣みを帯びた声が聞こえた。


「…迷惑でしたか?」


え? 別にそういうわけでは…


「俺が来たら、迷惑でしたか?」

「そんなことないよ。 ただ……」

「『ただ』?」


有里が顔を上げると思っていたよりも近くに真人の真剣な顔があり、明らかに自分の頬に赤みが差すのが感じられた。


「ちょっと、びっくりしただけ。 約束してなかったし」


早口で言いながら手にしていた楽譜をしっかり持ち直し、棚に片付けるために真人に背を向けた。


なに赤くなってんだろう、私。

背が低く童顔の有里は、年よりも若く見られることが多い。

そして真人はとても大人っぽく、他から見たら有里のほうが年下のように見えてしまう。

それでも生徒であった真人に意識しているのを知られるのは恥ずかしい。


すこし時間をかけて楽譜を棚にしまい、手のひらで頬を包み顔の赤みが引いたこと確認してから、真人のほうを向こうと後ろを振り向こうとした。

緊張のあまり、いつもよりも少し勢いよく振り向いたのが悪かったのか、急に目の前が暗くなった。


あれ? こんなときに立ちくらみ?

体が少し揺れふわっとした感覚。

こういうときはどこかにぶつかる覚悟をしておいたほうがいいと、経験上わかっている。

この間は棚に思い切り頭をぶつけたから、今度もそんな感じかな?

なんて、のんきなことを考えている自分に驚きながら痛みを感じるのを待った。

…が、痛みの代わりに軽いシトラスの香りに包まれた。


「……大丈夫?」


耳元で聞こえる低めの声。

さっき話していたよりもずいぶん抑え目で、有里を包み込むように抱きしめている。

視界が元に戻ってくるのを確認してから、

「もう大丈夫。 ありがとう」

と言い、体を真人から離そうとするが、やさしいながらもしっかりと抱きしめられていて一ミリも離れることが出来ない。


「本当にもう大丈夫だから、ありがとう」


もう一度しっかりとした口調で言ってみるが、真人の有里を抱く腕は緩む素振りもない。

有里は少し体を後ろにそらせて上を向き、真人の顔を見た。


…えっ、なに?…

唇にやわらかいものがそっと触れた。

ほんの少しだけの触れるだけのやさしいキスだったが、有里の顔を真っ赤にするくらいの力は備えていた。


「顔…真っ赤だよ。 かわいい」


そう言った真人は今までにないくらい柔らかい笑みを見せていた。


「ちょっ、ちょっと…からかわないでよ」

今まで隠してきたのに今になって…


両手で真人の胸をトンと叩き、顔を隠すために下を向こうとしたが大きな真人の手が顎をつかみ下を向くことを許さない。

真剣でまっすぐな目に捉えられてしまい、目をそらすことも出来なくなってしまった。


「俺、ずっと有里さんのこと想ってました。 

 最初は単なる憧れだったと思うんですけど… 

 でも、半年前に再会してからは憧れじゃなくて…」

「……」

「有里さんのこと好きです。

 俺、年下だけど、それでも有里さんのこと守っていけると思いますよ。

 こうやって並んだら、どっちが年上なのか…って感じでしょう」

「えっ? … なにっ…」

「とりあえず、宣誓布告ってとこかな?

 これからはガンガン、アプローチしてくから。」


何の言葉も返す暇も与えずに真人がもう一度キスをしようと近づき、唇が重なる直前に聞こえた言葉は…


「俺、本気だから」


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