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南国食堂

作者: 瀬川潮

 しゃくしゃくしゃくしゃく、しゃくしゃくしゃくしゃく……。

 海辺の食堂の客は、かき氷が大好きだ。全ての客がスプーンを手に、しゃくしゃくとかき氷の山をつつく。

 それでいて、楽しそうな様子はない。

 原因は、暑さだ。

 暑いのなら目の前の海で泳げばいいのではないか、という論もあろうが、折悪く大量発生したエロクラゲのおかげで入水禁止となっている。なお、エロクラゲによる実被害の詳細は、不明。駆逐しようにも、普段は透明な癖に傷つくと赤い血をだらだら流す。原理は謎だ。そればかりか一匹血を流せばその血に反応し周りの固体も血をだらだら流しあっという間に赤潮のようになり気持ちが悪くなるので、不用意に手が出せない状況だ。

 そんなわけでこの暑い中泳ごうにも泳げないストレスを抱え込んだまま、人々は食堂にたむろしている。

「なんなのよなんなのよ、この状況は」

 テラス席しかない食堂の一番端に一人陣取る気の強そうな若い娘は眉を寄せながらしゃくしゃくしゃくしゃく。涼を取ろうとメロンシロップ練乳がけをスプーンいっぱいにすくってぱくついては、じーんと眉の根を押さえる。きーんと来る感覚でしばらく動こうにも動けない。食堂で、食べるよりしゃくしゃくする姿が目立つゆえんだ。

 くしゃくしゃするのだろう、娘は両手でテーブルを叩くようにして立ち上がり、「まったくいかがなものよ」と言い残して水玉のワンピース水着に包まれた薄い胸をツンと反らせながら帰っていった。他の客も似たような反応で、南国食堂、客離れのピンチだった。


 翌日。

 エロクラゲは健在だった。今日も今日とて、入水禁止。

 気の強そうな胸の薄い娘は、「仕方ないわね、ほかに行くとこないし」といった眉の寄せ具合で食堂に入店した。

 かき氷メロンシロップ練乳がけ練乳ダブルを頼もうとして、新メニューの文字に気がついた。

「じゃあ、この『しゃくしゃくかき氷』一つ」

 詳細は不明だが、勢いで新メニューを頼んだ。どうせかき氷を頼んでもしゃくしゃくするだけだ。一見、氷の山だけで何のシロップも練乳もかかっていないかき氷でも一緒だと思ったのだ。美味しくなかったら「何よ、この味気ないかき氷は」と難くせつけてストレス発散する目論見もある。

 はたして、「しゃくしゃくかき氷」が来た。

 やはり、かき氷の氷の山だけで、シロップも練乳もあずきもない。ただの氷だ。

 ちょっとこれ何よと難くせつけようとしたところで、店員から鋭く尖った先割れスプーンを手渡された。

「これでしゃくしゃくしてください。赤いシロップがにじんで来ます」

 きらりん、とスプーンの先が陽光を跳ねる。

 言われた通りスプーンの先でしゃくしゃくすると、いちごシロップのような赤い液体が全体ににじんだ。

「面白ーい」

 しゃくしゃくしゃくしゃくとつつく。気がつくと、店内の全ての客がしゃくしゃくしている。昨日と違って、みな楽しそうだ。

 ぱくっ、と一口食べてみると、刺激的な味がした。不思議な味のせいか、きーんとくる感覚も若干薄らいでいるようだ。

「へええ、不思議」

 気の強そうな娘の顔に、好奇の花が咲く。涼やかで女神のような輝きがある。ほかの客もそれぞれ、ほう、へえ、まあ、と清々しい顔付き。しゃくしゃくぱくぱくとにぎやかだ。


 そんなにぎやかな南国食堂だったが、次の日には営業停止処分となっていた。

 どうも前日、店内でエロエロな事態になって当局から注意され、処分を受けたらしい。

 エロエロだという具体的な内容とその原因は、公表されていない。



   おしまい

 ふらっと、瀬川です。


 寒いので暑いお話を。他サイトの同タイトル企画で過去に発表した旧作です。

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― 新着の感想 ―
[一言]  はじめまして、上村夏樹と申します。  気の強いお姉さんがエロエロなことに……ちょっと俺食堂行ってくるわ!  エロクラゲっていうものだから、触手的な何かかと思っていましたら、こういうオチ…
[一言]  そういえばこのタイトルの読んだことないやー、と思って読んでみたらこんなのだったよ! 赤いの出てきたところで気付こうよお姉さん!  久々の瀬川節を堪能させていただきました。
[良い点] おちがきいていますね。設定もおもしろいと思います。登場人物も毒気があるのに好感が持てます。 [気になる点] とにかく視覚的な描写を増やした方がよいと思います。新生物もいますし、お店の光景も…
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