07 特殊部隊
アルトバスポリス王国と対立するのは、隣の国タルドンマカール。
アルトバスポリス王国に仕える兵隊であるモントノールクリムア支部基地の支部長は、敵の動きに気付いて二つの隊を動かした。
任務内容は敵の目的を知り、有害なら阻止することだったらしい。
一つはキングリーン率いる特殊部隊。レオルドの部隊らしい。
もう一つはアリエール率いる特殊部隊。場所はメデューサの森の中の"魔女の城の跡地"。
キングリーンは違う場所に向かうよう命令を受けたが、レオルドは勘で単独行動をしてアリエールの場所に行ったらしい。
「掃除していないから埃を被っているが……この部屋を使え。右隣はティズだ、そのまた隣がニックス。オレは左隣だ」
アリエール部隊のリーダーの名前は、ライリ・アリエール。
年齢はきっと父親に近い。ちなみに父親の年齢は三十六だ。父親より背が高いし、モリモリマッチョ体型。
そのライリに案内された寮の一室には、簡易ベッドがただ一つ置いてあった。広さは父親と住んでいるボロアパートのリビングと変わらない。
クローゼットがあって、窓が一つある。ライリがそれを開ければ、既に陽が暮れていた。
異世界に来て二回目の夜だ。
簡易ベッドに座れば硬かったが、地面よりはマシ。
「持って来ました。これでも大きいかもしれません……ちっちゃいので」
「ちっちゃい言うな! 蹴るぞこら!」
「同じ部隊で喧嘩は禁止だぞ」
部屋に入ってきた同い年の赤毛の少年は、ティズ・マッカリー。
手にした制服とあたしを交互に見てから、あたしに向かってちっちゃいと言った。
喧嘩は買う主義のあたしは立ち上がったが、ライリに頭を掴まれてベッドの上に戻される。
ライリに従うルールね、はいはい。
「明日はそれを着ろ。サイズが合わなくても我慢してくれ」
「あーいいよ。構わないから」
どうせいつもサイズが大きい服ばっか着てる。気にしない。
ダボダボがヤンキーの好みだからなぁ。
ティズから受け取る黒い制服。
長ランみてぇ……。最近は見掛けないけど。
立っている襟には赤い紐と金の紐で飾り付けているところは、軍人の服っぽい。それにしても暑そうな服だ。夏なのに。
「寝間着に部屋着に下着も買ってきてやったわよ」
「素直にありがとうと言いたくないが、ありがと」
次に開きっぱなしのドアから入ってきた紫に透ける黒い髪の美形はニックス・クリントン。
オカマというか正真正銘のゲイだとか。しかも両刀ですってよ奥さん。
下着までも用意されたことはありがたかったが、用意したオカマに下着を把握されていることに不快感を抱く。
とりあえず袋を受け取り、中を見ればヒラヒラのドレスらしき衣類を発見。
「ぶっ飛ばす!」と掴みかかろうとしたが、ライリにまた頭を掴まれてベッドに押し戻された。
筋肉マッチョには勝てない。
「さっき見ての通り、寮内は男しかいない」
「巨乳ねーちゃんは?」
「……支部長は自宅通勤だ。そんな風に呼ぶと簀巻きにされるぞ」
何故駄目なんだ。巨乳ねーちゃん。
支部長の名前は、サリエル・アンダーソン。強力な魔術師だとか。魔術であの地位に上り詰めたらしい。つまりすげぇ魔法使いの巨乳ねーちゃんってことだ。
「都心ならば女性隊員が多くいるが、国の端にあるこの支部にはサリエル支部長しかいない。そこに新人の女性隊員が入ったとなると、確実に絡まれる。他の隊員を見ただろ? お前より大きいし、強い。直ぐに喧嘩腰になる姿勢はやめろ。五体満足生きて帰りたいんだろう?」
ライリはあたしに視線を合わせると諭してきた。
なんじゃそりゃ。あたしが負けると言いたいのか?
いや、まぁ、確かに同い年の不良との喧嘩とは訳が違う。
戦うために鍛え上げられた相手とサシの勝負も、勝てるかどうか危うい。
悪共の巣窟みたいに人相が悪く明らかに喧嘩っ早い連中も多く見掛けたから、喧嘩しないで済むなんて無理だと思うな。
「わかった。勝算のない喧嘩はしない」
頷いたら、ガクリとライリは頭を伏せた。
そんなライリを退かして、ニックスが目の前にしゃがんだ。かと思えばあたしの足を掴んで、濡れタオルで拭き始めた。
「ぎゃ! 触るな! 自分でやる!」
「拭いて薬を塗るだけよ。ライリの話を聞いてなさい」
ニックスは今朝汚した足を拭いて、傷口に薬を塗るだけのつもりらしい。疑いの目を向けるが無視された。
「新人で女となると間違いなく見下して絡んでくる。気性が荒く汗臭い男ばっかだから、一人でフラつくことはするな」
「要はアンタらがあたしを見張るってことなんだろ。一人でフラつかない」
二年前を思い出す。入学して早々二年に絡まれたっけ。新人いびりはセオリー。
入隊と言っても、あたしは監視されるために隊員になる。だから一人で彷徨くなんてことは許されない。
「意外に物分かりがいいのね」
「人間は順応しやすい生き物だからな。んでさ、仕事って何すんの?」
「普通の隊員は大体二十人以上で一つの部隊に所属して、モントノールクレモア支部には五つの部隊があって仕事は主に街の警備で、敵が攻めれば勿論戦いに駆り出される。オレ達特殊部隊は、特殊な任務を遂行するためだけに編成された部隊だ。任務の内容でメンバーが変わるが、通常はこのまま。オレの部隊はこれで全員だ、もう一つはキングリーン特殊部隊、あっちは五人いる。……特殊だから志願する奴がいなくてな」
最後の部分は意味深に乾いた笑いを漏らすライリ。特殊すぎてメンバーが集まらなかったのか。どんだけだ。
ライリの部隊に割り当てられたのは当然とも言えるのか。これでメンバーは四人になった。
アルトバスポリス王国モントノールクレモア支部特殊部隊所属。
って名乗らなければならないと言われた。
噛まずに言う自信がないんだけど。
警察と軍隊の仕事が合わさっている役職と理解。公務員扱いで、隊長や副隊長以外は月給が基本同じで特殊部隊は任務をやる度加算されるらしい。
「次の任務まで暇だから、オレ達が付きっきりで鍛えさせてもらう」
「鍛えるって……剣?」
「剣術に武術。明日は剣術よ」
「あと素質があるならば魔術もな」
ニックスとティズが答えた。
仕事じゃなく、教育というわけか。顔が引きつる。
でも魔術には興味あるから、ちょっと楽しみ。
「大体これくらいだな。なにか質問はあるか?」
「あーえっと。風呂は何処?」
「この下にあるが、共同でな。この時間はやめた方がいい。朝方ならばいないだろう」
寮には共同風呂しかないようだ。
ライリは困ったように顔をしかめた。流石のあたしも大の男らの中ですっぽんぽんではいられない。
朝起きたらシャワーね、りょーかい。
「ほら、終わり。着替えなさい、夕飯食べるわよ」
ぺしっとあたしの膝を叩いたニックスは、薬を塗り終えたらしい。切り傷に透明な液体がついている。
「あーいいや。あたし食欲ねぇし、それより眠いから。寝るわ」
昼間にライリからパンをもらったきり食べていないのだが、まともに眠っていないので眠りたい。
「本当にいいのか?」
「うん……」
睡魔に襲われうとうとしながらライリに頷けば、ライリ達は部屋を出た。
あたしはその格好のまま、ベッドに横たわる。
疲れがどっと出て、もう起き上がれそうにない。
目が覚めたら、父親の煩いイビキが聴こえるだろう。そんな淡い希望は打ち砕かれると思うが、あたしは眠りに落ちた。
特殊な任務を遂行するための部隊。
特殊部隊は、キングリーン部隊とアリエール部隊に分かれています。
恵璃はアリエール部隊。