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04 メデューサの森



 パチパチと焚き火の炎が弾く音を耳にして、浅い眠りに落ちた意識が浮上して目を開く。

 空はまだ暗い。

寝返りをして出来る限り腕を伸ばしたが痛いだけ。縄に縛られた腕が痛い。

 寝返りを打つとあたしの見張りについている赤毛の少年を見付けた。壁に寄り掛かって立っていたが、目を閉じている様子からして寝ている。


 ────…全員を皆殺しにした時は目的がわからずここに留まるしかないと思ったが、彼女が奴らの目的ならば彼女を連れて帰ることが我々の任務だ。


 リーダーが壁の向こうでオカマに告げていた台詞を思い出す。

なんかよくわからんが、あたしは連行されることが決まってしまったらしい。

 目的と言われても、白いのに殺された奴らなんて知らない。もしかして奴らこそあたしがこの世界に来た原因?

ならあたしはこの人達が敵対しているであろうその奴らの元に行くべきなのではないか?

 その方が帰り道が早い。

この人達に連れていかれたら、帰り道が遠ざかる。

 腹筋で起き上がり、なんとか脚だけで立ち上がった。腕が出せなくてよろけてしまい、ジャリッと地面に踏みとどまり音を出してしまう。

ティズが目を開いた。あたしを捉えると、腰に携えた剣に手をかける。

 ひぃっ! 両腕が出ない人間相手に剣抜くとか、人間性疑う!

不良だって素手相手には素手で戦う、結構正々堂々ポリシーあるんだぞ!?


「トイレ……トイレ……その、手伝って……」

「……ちっ」


 面倒臭そうに舌打ちをするティズは、剣から手を放すとあたしに歩み寄ってきた。

トイレ手伝ってとか若い年頃の女の子にとって、屈辱だ。その屈辱を込めて、あたしは赤髪の顔面に蹴りを入れた。

ティズは目を見開き腕で防ごうとするが、反応が遅い。顔面にヒット。

 ティズが倒れた音は、静寂な夜中に嫌なほど響いた。壁の向こうから、ティズを呼ぶ声がする。

あたしは直ぐ様迷路を進んで、逃げ出した。

リーダーがあたしを呼ぶ声がしたが、それとは逆を目指し、時折壁にぶつかりながらも出口に向かう。

やっと迷路から出たら、柔らかいものに躓いた。悪臭、これ死体だ。

あたしはそれを飛び越えて、森であろう場所に向かう。真っ暗でよく見えなかった。

だけど走って走って走っていく。

葉っぱが掠めて脚が痒い。倒れたらおしまいなので、バランスを崩さないように注意して行った。


「エリー! やめろ! 森は危険だ!!」


 エリだっつの!

リーダーが追い掛けてくる音もしてきたが、お構い無しに駆け巡る。喧嘩して警察から死ぬ気で逃げて逃げ切ったこのあたしを見くびるでない!

父親から捕まったら家追い出す言うから、死ぬ気で逃げた。喧嘩やめろ、ではなくてマッポーに捕まるな、という辺り根っからの悪だ。あの親父。

そんなあたしも悪よのうっ!

 ってこんな感じで思考してたら、目的地だった自動販売機に着かないかなって期待した。呆気なく悪い夢みたいに、戻ればいいなって。

 でも自動販売機の光の代わりに、朝陽が射し込んで視界が良くなってきた。

 何処まで行っても、森だ。

 森の中。

何処行ってたんだバカヤロウ! と怒鳴り付ける父親の声が、聴こえてこない。

ただでさえ呼吸が苦しくなっているのに、喉がチクチク痛くなった。視界が歪む。思わず顔を伏せて足を止めた。

傷だらけの両足。痛い。

何処まで走っても、帰れない。

帰れないよ、父さん。


「このバカヤロウ!!」

「!?」


 肩を掴まれて、怒鳴り声を浴びせられて驚いた。

振り返ったら、リーダー。


「おい……? ……痛いのか?」

「っ」


 あたしの顔を見るなり、今度はリーダーが驚く。

最悪だ。泣き顔を他人に晒すなんて。勝手に落ちる涙すら拭けない。ああ最悪だ。


「あたしはっ、帰りたいだけだ! 放っておいてくれよ! あたしが帰らないとっ! 父さんが一人ぼっちなんだよ!!」


 顔を振って涙を振り払うけどまた視界が歪んでしまう。

父親の項垂れた背中が浮かんできて、本当に気持ち悪くなった。

 あたしと二人っきりだった父親が、一人になったら……。飲んだくれて死んじゃうし!

ずっとずっと、あたしを支えに生きてきたのに。あたしがいなくなったら。いなくなったら。

あたしまでいなくなったら。

死んじゃうよ、父さん。


「エリ! エリ!」


 リーダーはあたしの顔を大きな手で押さえ付けた。もがくがその手の中から抜け出せない。


「わかった! 帰る方法を探してやる! 探してやるから、オレ達と行こう。一緒に探してやるから。ここは危険なんだ、エリ」


 あたしの目を覗き込んで強く言い聞かせるリーダー。何度か瞬きすれば涙が落ちて鮮明にリーダーの顔が見えた。

父親と年が近いくらい凛々しい大人の顔だ。

この人ならば信用出来る気がするが、疑ってしまい頷けない。

 本当に帰る方法を探してくれるのだろうか? 嘘ではないのか?

いや、嘘つく理由はない。あたしは丸腰で腕を縛られている。

あたしより二回り近く大きなこの男なら、諭さなくても担いで拉致が出来る。

 じゃあ信じていい?

素直に信じられるわけがなかった。


「くそっ! まずいっ!」


 急にリーダーの表情が崩れ、あたしが背を向けている方を見て青ざめる。

なにがまずいのか、あたしは押さえつける手が緩んだから顔を後ろに向けてみた。

が、完全に後ろを向く前にあたしの身体が宙に上がる。

 まさがこんなにも容易く持ち上げられるとは。

男に持ち上げられるとか、十才の時父親に肩車されて以来だ。最もリーダーに肩車をされているわけではない。

あたしはリーダーに肩に担がれてた。

 なんて怪力なんだろうと思っていたら、担いだままリーダーは元来た道を走り出す。

いや、あたし確かに小柄だけど! 担げて走れるほど軽くないよな!? とツッコミはいれられなかった。

 リーダーの背後、あたしの目の前には、口を開けて無数に並んだ牙を剥き出しにしたにょろにょろの灰色の生物が数匹迫っていたからだ。

 一瞬触手かと思ったが、口があるぞ! 口!

それが蛇みたいににょろにょろと宙を泳いで追い掛けてきた。

 にょろにょろがシャーって!

その迫りくる脅威を目の当たりにして、叫ばずにはいられなかった。


「パパ! パパ! 追い付かれちゃうよパパ!」

「誰がパパだ! オレはそんな歳じゃねぇぞ!!」


 端から見たらきっと親子だ。父親と変わらない年齢だったから、つい混乱して言ってしまった。

随分と身体が逞しいが小柄であってもあたしを、人間一人を担ぎながら走るなんて、しかも獣道を。

 しかもしかも。

うにゃうにゃと迫りくる触手に追われてるにも関わらず、あたしを見捨てずに抱えるなんて。

ただの筋肉バカなのかもしれない。

あたしならパパを……いやお兄さんを見捨てる。寧ろ餌にして時間稼ぎして自分だけ逃げるよ。お兄さんバカなんだね。

 というか、アレ、なに。

 宇宙人?

触手に口みたいなのがあって今にも噛み付こうとしてくるあの生き物はエイリアンに違いない。動物と言われても信じないぞ。


 やべー、もう気を失いたい。


ファンタジーかと思いきやSF? いやもうお腹一杯。このまま気を失わせてください。

そして目覚めたら夢落ちにしてくれ。ほら、不思議ななんちゃらもあれ確か夢落ちだろ。

気を失って目覚めたら、酒臭い親父がイビキかいて隣に寝ているんだ。

 それでお願いしますと念じても、全然気を失う気配がしない。

ズンズン迫りくるエイリアンが怖すぎる。


「パパー!!」

「パパ言うな!」


 エイリアンに食われる最期なんて嫌だパパー!!

もう自分で走るからパパ囮になってくれ!


「なんなんだよ! この世界は!!」


 誰だ! あたしをこの世界に連れてきやがったのは!!

表出ろ! この野郎!

今度は恐怖で泣きかけた。

 その時だ。

スッと静かに視界に現れた白。

白銀の髪が眩しく揺れたかと思えば、細くて白い刃が二振りで触手をぶった切った。

 瞬殺!


「レオルド!」


 レオルドと呼ばれた白銀の男がこちらを振り向く。

昨日はひたすら怖かったが、今日は頼もしい。地面でうねうねしてるけどもうエイリアンは脅威ではなくなったのか、リーダーなお兄さんが足を止める。


「何処に行っていた!」


 礼なんて言わず、先ず叱りつけるリーダーなお兄さん。結局昨夜は見付からなかったんだっけ。

 レオルドは無表情のまま剣を握る右腕を上げた。昨日と違って自然と上がっている。怪我は、やっぱり気のせいだったのか?


「ソレ、寄越せ」

「……は?」

「オレが見付けた。オレの手柄」


 目を瞬かせてレオルドとお兄さんのやり取りを見る。

ソレ──って何のことだろう。

オレが見付けた──ってあたしじゃないよな。

剣先が向けられているのは──あたしのような、気のせいだろうか。

 レオルドが昨日殺戮した奴らはこの人達の敵で、察するに奴らの目的を探るのがこの人達の任務のようだ。その奴らの目的はあたしだと推測したこの人達は連行しようとしている。

でもなんかレオルドは手柄を独り占めしようとしているらしい。

そもそも先に見付けたのは、自分だと。


「おい、手柄とかそうゆう問題ではないだろう!」

「寄越せよ、さもなきゃ殺すぜ」

「レオルド!」


 剣先の向こうの瞳から氷柱のような殺気が向けられる。凍り付いてしまう。

コイツ、まじで殺る気だ!仲間でも殺る気だ!

なんつーイカれた奴なんだ!


「嫌だ! パパ! パパがいい!」

「パパじゃねぇつってんだろうが!!」


 この至近距離で怒鳴るのは反則だ。耳キーンだぞ、おい。


「一緒に行くから! コイツに引き渡さないで! お兄さん!」

「選択の余地などない」

「あるわボケぇ! あたしだって生きてんだぞこら! だいたいてめえは協調性が欠けてるんだって! 仲間なら仲良くしろや! 単独行動は仲間を危険に晒す行為だぞ!!」


 あたしにだって選択する権利があるだろう!

あたしを番長として慕ってあたしの下についた連中は協調性あった。あたしに迷惑かけるような単独行動はだめだ! とわあぎゃあ騒いでいた気がする。

 危険な森にフラり消えて行って、リーダーがその危険な森の中探しに行った。下手したらあのエイリアンに殺されていたぞ。

迷惑かける単独行動はだめだ!

え? あたし? あたしはいいのよ! 仲間じゃないもん!


「お前反省しろだし! お前が皆殺し……うぇ……にするから、あたしが目的かな? なんて曖昧な展開になっちゃったんだぞ! コラ! 反省しやがれ!!」


 メンチ切って怒鳴り付け終わってから、向けられる剣の存在を思い出した。

喉掻き切られる! と身構えていたら、予想外に向けられた剣は下ろされて地面に向けられる。


「……お前ってさぁ」


 スタスタと黒いブーツで地面を踏み、こちらに歩み寄ったレオルドにたじろぐ。

リーダーが動いてくれないから、レオルドはあたしの鼻が触れるほど近付いた。

 間近で見ると、物凄く白い。

朝陽を反射する白銀の髪が眩しすぎる。睫毛まで真っ白で人形みたいだ。肌は白くて、触ったら硬そう。

白い羽みたいに揺れた睫毛の下にある淡いブルーアイは、あたしの目を見ていなかった。

 あたしの鼻? 鼻毛出てる!?

 いや、もっと下? 胸元見てる!?

ダボダボな服とそれほどフィットしていないタンクトップで前屈みになって、胸元が晒されている、はず。

この変態っ!!


「この女!」


 怒鳴られて震え上がる。

振り返られない体勢だが、この声はあたしが顔面を蹴った赤毛のガキ。


「なに、メデューサが出たの?」


 これはオカマの声。


「メデューサ……ってその、にょろにょろ?」


 レオルドの後ろにある灰色の残骸。レオルドが切り落とした残骸しかない。

残りは何処行った?


「ここはメデューサの森さ。一説には魔女の作り出した怪物、また一説にはメデューサが魔女」


 あたしの視界にオカマが入る。

メデューサ? メデューサ?

 ……あれ、だよな。

頭蛇で目を見たら石になるっていうモンスター。

一応確認のために訊いてみたら、答えたのはレオルド。


「今のはメデューサの身体の一部。本体を見た者はいない……厳密には本体を見て生きて戻った者はいない。見たら石になるから。ま、何回かここに来てるけどぉ、石化した人間見たことはない」

「跡地の壁が、石化した人間を削った壁だって説もあるわ」


 あたしが怖がっているように見えたのか、レオルドもオカマも意地悪い笑みを浮かべる。

この変態コンビ!


「もう出よう! 出よう! もうここから出よう! もう逃げないから!」


 触手、というかメデューサの頭の蛇? だけでもおっかないのに、本体が健在ならばこの森にいられない。

石化した人間の壁の跡地にも戻りたくない!

 あたしの要求は呑まれた。

どうやら陽が昇ったらすぐに出発するつもりだったらしい。

レオルドは手柄の取り合いを一旦やめたらしく、大人しくついてくる。

あたしは担がれたまま、メデューサには鉢合わせすることなくリーダーに運ばれて森を抜けた。

 鬱蒼とした森から離れていく。

メデューサと目を合わす事態になりたくないため、あたしは目を逸らすことにした。だけどその前に、こちらを見ている少女に気付いて目を見開く。

 あんな森に、女の子?

金髪が腰よりも長く、白いドレスを着た女の子が森の前に立っている。

もう離れていて、顔の輪郭すら見えなかったが、確かに女の子。

 女の子がいる。

そうリーダーに言おうとしたが、瞬きをしたらその女の子が消えてしまった。

あれ? 幻?

メデューサが出る森なんかに、あんなか弱そうな女の子がいるはずない。


 まさか、あれ、メデューサ本体じゃないよな……?




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