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34 熱に魘されて



 意識が霞む。

夢心地で反応が鈍くなって、ぼんやりしてしまう。


「だから…なんもないって」


 朝から何度もやっているライリとのやり取りも、ぼんやりしたままやる。

デュランは泥酔してあたしに絡んだことも、あたしのベッドに入ったことも、記憶にないと笑って謝った。

 それだけだ。

ライリは心配して訊いてくる。心配性だから。


「エリお姉さん」

「エリお姉ちゃん」


 ナーシャとクリスの呼び方はそれで定着した。

元タルドンマカールの国民であるクラウス一行について、モントノールクリムアの街の人達で白熱した議論が行われたらしい。

 世界は賛否両論。反対もいたが大半が賛成してクラウス一行を受け入れることになった。

 それを見守るのはあたし達アリエール部隊の仕事。まぁ、監視も兼ねてるんだろうけどね。

あたしと一緒だな。

 この四日は街に行って様子を見ていた。クラウス達は馴染みつつあり、双子は同い年の子ども達と仲良く通りを駆けていた。

あたしを見付けるなり、双子は駆け寄る。


「よぉ、いじめられてないか?」

「ううん!」

「ともだちだよ!」

「そうか、よかったな」


 ナーシャとクリスはにこにことあたしに友だちを紹介した。ぼやけた頭じゃあ覚えられなかったから、ただちびっこ達の頭を撫でる。

 後ろからしがみつかれた時、しゃがんでいたからちびっこの一人がしがみついたのかと思った。だが、首筋に触れた冷たい肌で誰が密着しているのかわかった。


「冷てぇ!」

「…エリ、熱い」

「お前が冷てぇんだよ!」


背中にくっつくレオルドを突き飛ばす。


「熱いって、いつもより」

「お前が冷たいんだ!」


 相変わらずレオルドはアリエール部隊、というかあたしに同行して行動する。


「エリお姉ちゃん、このお兄さんとは恋人?」

「んなわけあるかっ!ゲホッ!ゲホッ!」


 ズボンの裾を握るクリスがとんでもないことをほざいたから怒鳴り付ける。そしたら乾燥した喉が痛くて咳き込む。


「照れてる?」


 レオルドはクスクス笑ってあたしを見上げてきた。意味わからねぇしっ!

蹴っ飛ばそうと足を上げたら、名前を呼ばれた。


「強盗だ!エリ!」


 同じ隊服の男が遠くで叫ぶ。彼が追うのは、あたし達に向かってくる男。

強盗か。

警察の役割も担っているあたし達に、強盗男がナイフを突き付けて「退け!」と叫んだ。

あたしが子ども達を後ろに下がらせている最中に、レオルドが剣を抜いたのが見えた。

お決まりの如く、殺人動作に入るレオルド。


「やめろ!」


 長剣を見て強盗男が急ブレーキをかけても、喉を切り裂こうとした。咄嗟に身体が動いて強盗男を庇うと肩に切りつけられる。


「あ、ごめん」


 気持ちがこもっていない謝罪にイラッとした。

呆気に取られている間抜け面の強盗男の画面に上段蹴りを食らわせる。

肩を押さえれば軽く切られた傷から血が溢れてきた。それを子ども達に見せないように身体で隠す。


「エリ…ごめん」

「てめえざけんなよ!アホか!子どもの目の前で…げほっ!」


 倒れた強盗男を踏み潰しつつ、レオルドに怒鳴り付ける。子どもの前で殺人を犯すとか、正気を疑う。

簡単に殺しやがるコイツに正気もなにもないかもしれないが。


「オレが治す」


 唸って睨み付ければ、やっと罪悪感が沸いたのか、あたしの肩に掌を伸ばして傷を押さえた。

 触れた傷を治す治癒魔術。

ちょっとむずむずした後、痛みが嘘のように消えた。完治。

 足の下で強盗男が悶えたので、肩にブーツの踵を食い込ませる。

レオルドに目を戻すと、あたしの血がついた手を見ていた。

そのまま自分の手を口に近付ける。


「いやいやいや、待てよ。お前、なにしようとしてんだ?こら」

「舐める。美味しいかと思って」

「万が一美味しいって答えが出たらとんでもないことになるよな!?」


 血を舐めて美味しいって感じたら色々問題だぞ!お前どんだけ問題を抱える気だよ!?

美味しいからあたしの口に噛み付くレオルドが、血が美味しいからって人肉を食い始めたら…。

想像もしたくない。

悪寒で身の毛がよだつ。ひぃ、寒い。


「エリ!大丈夫か?」


 さっき叫んでいた隊員が来た。

モントノールクリムア支部の兵隊は、特殊部隊の他に、五つの部隊がある。一番部隊、二番部隊、三番部隊、四番部隊、五番部隊。

その他は、デスクワークの兵隊。

彼は二番部隊所属の隊員だ。

ライリが稽古相手に頼んでからよく話すようになっていた。


「おう。ほら」

「三件の強盗事件の犯人だ」

「へー」


そいつに身柄を引き渡す。

戦場で修羅場を潜り抜ける兵隊がいるおかげなのか、犯罪事件は比較的少ないモントノールクリムアにして珍しい。

国民の犯罪より、他国の襲撃が多かったりする。


「お姉さん、すっごい!」

「悪い人、倒した!」

「すっごい!」

「かっこいい!」


 さっきまで固まっていたクリス達が、わいわいと興奮しながらあたしの隊服を掴んだ。集れとる…。


「なんだ、なんだ。異世界人、すんげぇ子どもに人気だな」

「異世界人、呼ぶなよ」


 二番部隊の男に笑われた。

異世界人、勿論冗談でたまに呼ばれる。

愛称みたいなもんになりつつあるんだよな。


「ゲホッ…」

「エリ…熱い」

「だぁ!!まじお前の手冷たいんだよ!さわんじゃねぇ!げほげほ!」


 ひんやり、氷みたいに冷たい手が首に触れて震え上がる。

レオルドから離れて、喉の違和感を取り除こうと咳をする。

意識が霞む。感覚が歪んでいく。

子ども達のはしゃいだ声も遠退いていきそうだ。


「おい、エリ」


 あたしの肩に、ライリの手が置かれた。

「ん?」と首を捻り見上げる。


「支部長から呼び出しだ。基地に戻るぞ」

「おう」


 呼び出しか。部隊長には支部長と連絡とれるように、魔術の連絡器具を所持している。

それからお呼び出しを食らったのだろう。

 任務かもしれないからと、駆け足で支部基地に戻ることになった。


「げほげほっ!…うー」

「だ、大丈夫かよ?エリ」

「あー、大丈夫。喉の調子悪いだけ、げほっ!」


 走ったら呼吸が苦しくなって呻くあたしを、ティズが心配して顔を覗く。

ちょっと走っただけなのに、喉がカラカラで気持ちが悪い。


「風邪じゃない?それ」


と、ニックス。


「なに?風邪だと?」

「大丈夫だから、早く入れよ」


 早歩きで支部基地内を歩いて、支部長室の前に着いた。そこで立ち止まりしかめっ面で振り返るライリの尻を蹴り急かす。

 ほんわほんわと揺れる感覚にふらつきながらも中に入れば、キングリーン部隊がいた。

ニ、と意味ありげに色黒男ことデュランに笑みを向けられたが、その意味を考える余裕なんてない。

重くなる瞼を擦って額の汗を拭う。

額が熱い。

走ったせいなのか、気持ち悪さが収まらない。机に寄り掛かる目の保養の上司もよく見えなくて、視界が霞んできた。


「特殊部隊の再編成を発表する」


 ぐにゃりと生温かく心地の悪いものに襲われる。

目を擦ってしっかりサリエル支部長の話を訊こうと耳を傾けたが、吐き気が込み上げてきて口を押さえてよろめく。

軽く右隣のレオルドとぶつかった。


「げほっげほっ…」


 吐き気を飲み込むと干からびたみたいに乾燥した喉に異物を感じて噎せる。

その咳が、熱っぽい。

汗で首につけたチョーカーがむれてきた。その首も熱い。


「特殊部隊は二つ。一つは、エリ、ライリ、ニックス、ティズ、レオルド」

「げほっげほっ…げほっげほっ!」

「もう一つは、デュラン、ダグラス、チャールズ、フィロ」

「うっ…ゴホンッゲホ!」


 首を擦っていたら苦しいくらい咳が止まらなくなった。

口を押さえて無理矢理止めたら、気持ち悪さに拍車がかかり吐きそうになる。

グラグラ、揺れる視界。


「そしてそれぞれの部隊長は─────…エリ・クロキとデュラン・キングリーンだ。異論は認めない。以上だ」


 瞼が重い。

ダメだ、何も考えられない。

意識が遠ざかるのを感じる。

熱くて、熱くて、熱くて、堪らない。

ふわふわした感覚が、堪らないほど気持ち悪い。

 身体の力が抜けていく。

身体を支えた脚はその役目を放棄してしまい、前へと倒れる。

反射的に掴んだレオルドの袖。だけど意識を手放したあたしはずっと掴めるわけもなく、床に倒れるその前に、あたしの意識は途切れた。






再編成の発表直後に、倒れてしまった恵璃ちゃん。



元々恵璃ちゃんが隊長になって監視される予定だったのですが、

一度帰還するシーンを思い付いたので、ここで恵璃ちゃんが部隊長に昇格!その理由は後程。

恵璃ちゃん一応聞いてました(笑)



次は恵璃ちゃんが寝込むので、レオルド視点です!


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