32 最後の電話
溝に衝撃を食らった上に何か知らない重さにバランスを崩して後ろに倒れかけたが、後ろにいたレオルドが受け止めてくれた。
吐きそう。いや、吐くもんなかった…。
腹を見てみれば、クラウスの娘と息子がしがみついていた。子ども二人とレオルドにサンドされている。
サンドイッチ食いたい。
「…なに、このガキども」
「冷気出すな!寒い!」
レオルドが凍てつく魔力をただ漏れして、あたしの肩越しから子どもを見下ろした。
当然異形な容姿の男に睨まれて恐怖で凍りつく子ども二人。
つうかあたし、タンクトップ一枚だから!さみぃから!
レオルドの顎に今度こそアッパーを決めて、一人で立ち二人の子どもの背中を押して歩かせる。
「エリ!よかった、無事だったか!」
「ただいま。面倒押し付けて悪い、支部長がやっちゃっていいってさ」
可愛い娘を口説いているオカマの脛を蹴り飛ばして、クラウスと向き合っていたライリと話した。
「皆揃ってる?アルフレット」
「はい、皆エリさんのおかげで…」
「お礼はいいっつうの!」
しわくちゃの最年長に確認してから、一同の顔を見回す。不安げだが牢屋にいた時よりは、明るい顔をしている。
「で?なにすりゃいいの?」
「一先ず仮住まいに案内する」
「それから?」
「今後の説明だ」
「…面倒事を持ってきて悪い」
「いいや、オレなら同じことをした。…転送は出来ないがな」
ライリは豪快に笑うとあたしの頭を撫でた。アンタなら快く受け入れてくれると思ったよ。
ティズから上着を受け取り、それを着るとお腹が鳴った。
「きゅるーだって」
「きゅるーだって」
未だにしがみついている二人がクスクスと笑う。こいつら、双子かな?そっくりだ。
「朝飯食ってなかったな…食堂で食ってこい、オレとニックスで案内してくる」
「いいよ、腹減ってるのはこの人らも一緒だし」
ライリの提案に首を振る。
「だったら仮住まいで一緒に食べちゃいましょうよ。エリの料理を食べる予定だったじゃない」
と、ニックスが言った。
一緒に食べる?
その意味がわからずあたしは目を瞬いた。
アリエール子爵のご子息だったライリ。家はクラウスの家よりも豪邸だった。
子爵である父親がちょっとしたへまをやらかして、男爵へと爵位は降格。金目の物はない上に今ではただの空き家である屋敷に、全員が泊まれるだけの部屋があるそうだ。
男爵夫妻は都心の別荘に移り住んだらしい。
元子爵家の豪邸が仮住まいになるというわけだ。
「でもライリってさ、街の人と仲良しだよな」
「ここで生まれ育ったからな。皆優しくしてくれるのさ」
いや、ライリが単に好かれてるだけじゃね?
食材を買いに商店街に行けば、ライリは色んな人に挨拶されて、しかも割引までされた。大阪のおばちゃん並みに気さくに声をかけられてるぞ。
ライリは慕われたお坊っちゃまのようだ。
だから貧乏貴族って言ってたんだな。
ひょい、と横からあたしが持っていた買い物袋をレオルドに奪われた。
「お前は……キングリーン部隊だろ」
「任務がないなら自由だ。エリのそばにいる」
「はっきり言うぞ、迷惑だからデュランとこ行け」
「デュランも呼ぶ?」
「言ってねぇよ!」
ちゃっかりレオルドがついてきた。あたしに。
一応手伝ってくれているが、付きまとわれるので鬱陶しい。
デュランまで増えてほしくないから、追い出せないままライリの豪邸へ戻った。
キッチンを掃除をしてから、あたしと女性陣で夕食の準備を初めて、男性陣はその他の掃除をした。レオルドは女性陣の中にちゃっかり入り、あたしにつきまとった。
朝昼と食事を抜いたので、がっつり食いたくてステーキにして、味付けはトマトとガーリックにしとおく。日本食また今度。
だだっ広いダイニングでテーブルを合わせて、集団でテーブルを囲み夕御飯を食べることになった。
食べる前にアルフレットが改めて代表で礼を言ってきた。今度はライリ達にも向けていたのであたしはそっぽを向いておく。
いつもと違う賑やかさの中で食事をした。
「エリ、今日いっしょに寝よう」
「絵本よんで」
クラウスの子どもは双子。一卵性の男女の双子らしい。確かにそっくりだ。
クリスとナーシャ。その二人になつかれてしまい、お泊まりに誘われた。
「ごめん。寮に帰る」と断る。
「こら、クリスもナーシャも、エリお姉さんと呼びなさい」
「いや…エリでも構わないから」
その二人の母親でクラウスの妻の名前は、ナナリー。これまたべっぴんさん。
エリ姐さんなら呼ばれたことあるなぁ、と遠い目をする。氷河がヤーさんらに呼ばせてたぜ…。
呼ばれる度に思い出してしまうのでやめてほしかったが、命の恩人なので!とナナリーは譲ってくれなかった。
しっかり躾する母親タイプみたいだ。
その夫であるクラウスは仕事についてライリと話している。あたしにはちんぷんかんぷん。
だけどナナリーはわかるみたいで、二人の話に入る。
夫を支える妻。
それから視線を外す。
「あ、ティズティズ。大型雷撃魔動波やったぜ」
「は!?おまっ、使うなって言ったろ!」
「いいじゃん、被害者はいなかったぜ。当たったら死神は燃えカスになってただろうけど」
「当たり前だろ!始めに言っただろ!あの雷撃魔術は強力過ぎるって!……つうか、出来たのかよ…くそ、魔女め」
「魔女ゆうな、傷付く」
魔術の師匠ティズに報告。
ティズが使えない魔術を使えると、いつも恨めしそうに睨んできて「魔女め!」と吐き捨てられるのだが、今後は傷付く。冗談じゃなく、魔女って呼ばれる対象だから。
腹に入れたばかりのステーキを吐きそうになった。
支部基地に帰る途中に、アリエール部隊で反省会が始まった。
あたしが一時でもタルドンマカールに奪われたことを、謝罪されたがデュランが連れ出したからデュランが反省すべきだろっと言っておく。
うん、デュランが悪いよね。一人で先に行ったあたしは悪くないよ?
「もう二度と奪われない。オレがそばにいる」
「いなくていいし!」
「やだ」
「やだじゃねーし!」
レオルドがずいずいと近付いてきたから、下がって避ける。それでも追ってくるレオルド。ティズを盾にしたら、レオルドが剣を抜こうとしたのでティズの前に出て止める。
それの繰り返しをやって、寮棟に戻った。
部屋に入り、上着を脱ぐとボトッとベッドに何か落ちる音がした。見れば、タランチュラ。ずっとあたしについてたのか?
タランチュラのメデューサを踏まないようにベッドに腰を落とす。
ベッドの下に入れた携帯電話を取り出して電源をつける。
少しして待受画面が表示される嫌がるあたしを取り押さえて撮った父親とのツーショットが待受。
電池の残りはご親切に、左上に数字で表示されていた。
100が満タン、今は5だ。
すぐに電話をかける。コール三回くらいで父親は電話に出た。
「父さん、ちゃんと飯食ってる?酒飲みすぎてないよな?」
〔俺は大丈夫だ。…恵璃の方は?無理してねーか?〕
「あたしも大丈夫」
父親の声を耳にして俯く。
「進展があったよ、父さん。手掛かりを掴んだけど、まだいつ帰れるかわかんない」
〔そうか、進展があっただけでもいいじゃないか〕
「うん。……でも電池切れる」
〔……そうか〕
「…うん。……これ最後の電話」
しん、と静まり返る部屋。
これで、最後の電話になる。
「酒飲みすぎないでよ。ちゃんと仕事も行って。飯も三食摂って」
〔…俺の心配なんていい。ちゃんと健康体で待ってる。恵璃こそ、無事に帰ってこい〕
「あたしがいないからって悪友とつるんじゃだめだから」
〔わかってるって!お前無事帰るって約束しろ!〕
「前回同様無事帰ってみせる」
〔よし〕
「うん。……あと、父さん」
〔なんだ?〕
「……愛してんよ、父さん」
〔…………〕
初めて言う言葉に、涙が浮かんできた。
電話の向こう側で、鼻を啜る音が聴こえる。
〔俺も愛してるぞ、恵璃〕
ピピピ。
ぶつりと電話が切れて、電池がなくなる報せが鳴る。
ピピピピピピピ。
ただ空しく響く音を聴いて、壁に凭れた。携帯電話を持つ手が太ももの上に落ちる。
ただ空しくて、胸の奥が痛い。
「……エリ様」
そっと背中に手が添えられた。
メデューサの声。
あたしは振り返らないまま、目を閉じた。
「魔女が帰り道を教える気になったらすぐに教えて…」
それだけを呟く。
母親がいるなら、父さんは一人じゃないのにな。
次は、レオルドがまた噛みつく回です。
イチャイチャです。←