03 特殊部隊
両腕は背中の後ろに回され、折り曲げたその腕は縄でぐるぐる巻きにされた。
生まれて初めて、拘束されている。
番長で喧嘩三昧のあたしでも警察に手錠かけられたことがないのに。いやかけられたらおしまいなんだけどさ。
でもまさか縄で拘束させられる経験を味わうはめになるとは。
とりあえず敵と判断されず生かされたが、体格のいい男にとりあえず拘束させてくれと言われてこうなった。
生きているだけマシだと理解はしているが、悪いことしていないはずなのに拘束は良くないと思う。
「もう一度訊くが、何処から来たんだ?」
「だから違う世界だってば。あたしここ全然知らないし、アンタら兵みたいな奴らが殺しあうようなことねぇのっ!」
黒い服の兵隊みたいな人達が、呆れた視線を交わす。
頭可笑しいと思われようが事実を話しているのであたしは引かない。
警察でいう事情聴取な展開になってからかれこれ一時間。
すっかり空が暗くなってきた。
野宿するらしく、石の迷路の中に入り、そこで焚き火をして明かりを灯している。
いよいよここは自分の世界じゃないと痛感してきた。
「ほら! あたしが持ってたお金! 違うだろ? あたしまじで違う世界から来たんだって! ……多分」
取り上げられた硬貨は、白い男の手にある。
唯一の所持品、百円玉二枚。
唯一の証拠品でもある。
「確かに見たことがない硬貨だが……」
「もーらい」
「うおいこら泥棒!!」
百円玉を持って白い男は壁の向こうに行ってしまう。百円泥棒!!
「高いの? これ」
光で紫に光る黒髪をした顔立ちのいい男がもう一枚の百円玉を見ながら問う。
「えっと、高い……のかな……いや、わかんねーよ! アンタらの世界の基準がわかんねーから答えようがねぇよ!」
「……じゃあ林檎いくつ買える?」
「林檎の相場がわかんねぇし! ……一個かな」
「奴隷か」
結局そこに落ち着くのかよ!?
美形はポイッと百円玉を捨てた。
あたしの百円玉だぞコラァアア!
あの整った顔を蹴り飛ばしてぇえ!
「もう止しましょう、先輩。そんな頭の可笑しい奴隷に付き合うことないです」
一番若くあたしとそう年が変わらなそうな赤毛の男が言う。
おう、堂々と頭の可笑しいって言ったぞ、このガキ。
ボッコボコにしたかったが、相手は剣を所持している。イコールあたしが殺されてしまうので大人しくするしかなかった。
リーダー格らしい体格のいい男もいい加減聞き出すのは諦めたらしく、黒髪美形にあたしを見張るよう指示する。
「えー、なんで私が?」
「いいから向こうに連れてけ」
「はいはい、わかったわよ」
一瞬黒髪美形の人は女かと思ったが、喉仏からして男だろうと思い直す。
口調がオカマ……いやオネェ系だ。
そんな美形オカマに立たされて、焚き火のある空間から出された。
かろうじて連れていかれた先にも光は漏れている。石の壁に覆われたその空間に腰を下ろす。溜め息をついて、これからどうすればいいかを考えた。
「ねぇ、ここ何処? 戦場なの? 戦争中なの?」
「……」
暗い夜空を見上げて美形オカマに訊いてみる。
白い男の殺戮からして、なんだか戦場に来てしまったようだ。命の危機に晒されていることに間違いはない。
詳しく状況を聞こうとしたのに、返答がなかった。
顔を向けてみたが、丁度逆光で隣に座る美形オカマの顔が見えない。
どうしたのかとキョトンとしていたら押された。
両腕ががっちり固定されたあたしは呆気なく地面に倒れる。何しやがるチクショー! 背中に下敷きにされた腕が痛い!
「君さ、性奴隷?」
「はっ? ……ひ!」
なんか言われた気がするが、それよりも足に触られていることに気が逸れる。撫でるようにして太ももを触られて、ぞわわっと鳥肌が立った。
「こんなに露出して……襲ってくださいと言ってるようなものだよ? お嬢さん」
あたし襲われてる!? オカマに襲われてるー!? 命の前に操の危機!?
身を乗り出して漸く見えたオカマの顔には、楽しげな笑みが浮かんでいた。
気持ち悪いほどニヤニヤしながら、とうとう指先をショートパンツの中に入れて……うぎゃああぁあっ!!
「なにすっ! てめっ! ひぎゃあああ!」
「色気のない声だこと」
「助けて! ぎゃあやめろ!」
あたしの反応を楽しんで、際どいところを指先で触ってくるオカマ。
「なんだ!? どうした!?」と悲鳴に駆け付けたのは、あの体格のいい男だった。
「な、なにしてるんだ……お前は」
「遊んでる」
顔をひきつらせる男に悪びれることなくオカマは答えて、あたしのショートパンツの中の指を動かす。
「触んなオカマ!!」
もう我慢できずに足を振り上げたが、ひょいっと避けられてしまった。
ああその顔蹴らせろ!!
「見境なく品のないことはやるな! 仕事中だぞ! 離れろ!」
「はいはい」
オカマを引き剥がされあたしは起こしてもらってすぐにオカマから離れて隅の壁にいく。
やべー……生まれて初めて女は危ないって思い知らされた……。
「かっわいー」
「ぐぅっ……! 見張り変えてくれ! コイツなんかと二人っきりにしないでくれ頼む!」
「わかった……おい、お前戻れ。レオルドと後で外の見張りを変われ。ティズ、少女についてろ」
拘束は百歩譲るからこの変態オカマは遠ざけてくれ!
この人はまともらしく、すぐに受け入れてくれた。ここで初めて彼らの名前が出てきたな。
赤毛がティズ、白いのがレオルドか。
嫌そうな顔をするティズが出てきたところで、レオルドとかいう白い男が怪我しているを思い出す。
手当てしてなかったな。結構べったり血が出てたから軽傷じゃないはず。
「あのさ……余計なお世話かもしんないけど……あの白い髪のにーちゃん、怪我してるよ」
「はぁ?」
白いのは隠してたみたいだけど、一応教えておく。そしたら凄く凄くバカにしたような、はぁ? がきた。
え、なに、ムカつくんだけど。ほんとマジキレてーんだけど。
苛々しつつも、自分の立場を理解して堪えた。
「怪我してんだよ、右腕、つか肩。黒い服でよくわかんねぇけど、剣振り上げるのも辛い怪我してるはずだ」
「そんなバカな。アイツが怪我なんてみたことないわよ」
「血がべったりだった」
「返り血だろうさ」
「あんの白い肌にも髪にも一滴も返り血なかったじゃんかよ。自分で触って驚いてたよ、アイツ。すんげぇベッタリ血がついてた」
嘘と決めつけるオカマにめげずに話すと、嘘じゃないと理解したのか三人が顔を合わせる。
「まさか……あの"毒蛇"が怪我なんて……」
ティズという名の目付き悪い赤毛が怪訝に呟く。
「あの"毒蛇"だから面白いんじゃん! 見てくる」
オカマはニヤニヤと楽しげに白いのを探しに向かう。
「おい! 喧嘩なんかするなよ!」
リーダー格の男が釘を刺す。
問題ありなオカマと白いのの上司なんて、苦労人だなこの人。同情する。
「……しっかし……あの"毒蛇"が……」
「もう既に治癒しているでしょう」
リーダーとティズが話す中、白いのを何故"毒蛇"と呼ぶのかを推測した。蛇的要素は見当たらない。毒みたいに危ない奴、とかかな?
怪我しないほど強いのか。
剣で戦わなくてよかったな。
「ねぇ、あのさ。ここって何処? 戦場?」
オカマにスルーされた質問を二人にぶつける。二人は顔を合わせた。
「……ここは国境。"魔女の城の跡地"だ」
リーダーが答える。
魔女の城の跡地。この壁は城の残骸と言うことだろうか。
周りを見回してみても、城には見えない。魔女、ねぇ。
魔女の呪いかなんかであたしはこの異世界に来てしまったのだろうか?
「それで、アンタらの国は何て名前? そこの兵士? 国同士の戦争?」
「……お前、本当に頭大丈夫か?」
「てめっ! 頭かち割るぞこら!!」
憐れみの目を向けるティズに吠える。その赤毛をお前の血で……って思ったら、昼間の殺戮を思い出してしまい気持ち悪くなった。
今日は絶対悪い夢見る。
「えっと、オレ達は特殊部隊だ。とある任務中で……」
「部隊? 任務とかいいから。まぁ白いにーちゃんが殺しまくってるの目撃しちゃったけど。あたし帰りたいんだ、元の世界に。魔女の城の跡地とか言ったけど、呪いかなんかあんの? そうゆう情報をくれる?」
特殊部隊ってことは、戦争ってわけではない。それを聞いて一先ず安心する。少なくとも戦争に巻き込まれて死ぬなんて展開はなさそう。
とりあえずここに現れたことになにか原因があるはずだ。
あれだよあれ。昔やった異世界に行って魔王倒すゲームみたいな展開だろ?
だったら何かをクリアすれば、帰れるっしょ。
魔女の呪いを解いてわーい帰宅めでたしめでたし!ってなるはずだ。きっと。
無理矢理ポジティブになる。帰らなきゃ。父さんが一人になるじゃんか。
あのクソオヤジが項垂れてるかも。気持ち悪いってその背中に蹴りいれなきゃ。
「……もしかしたら……」
「どうするんです……?」
リーダーとティズはあたしから目を離さず、こそこそと話し出した。
ただならぬ空気に変わってしまっている。
どうしよう。なんか。変なこと言ったか?
リーダーが険しい顔してあたしを見下ろす。
「……名はなんだ?」
「……恵璃」
「エリー?」
「いや、エリ」
「エリーだな?」
「伸ばすな! エリだよエ・リ!」
他人の名前を勝手にカタカナな名前に変換するな!
リーダーは未だに難しい顔をしている。どうしたんだろうか。
こうゆう真面目な空気嫌なんだが。
授業参観の空気すら耐えられないよ、あたし。
「ねぇ、毒蛇がいないんだけど」
「なに!? アイツ……! こんな夜にフラフラと! 協調性がなさすぎる!」
そこに戻ってきたオカマの報告に、リーダーは顔をくしゃりとしかめると怒声を上げた。
真っ暗な森の中にあの白いのはどっかに行ってしまったようだ。
懐中電灯というもの存在しなさそうだから、真っ暗な森を歩いているんだろう。
……自由だな、あの人。
「いいじゃないですか、オレ達とは関係ないですし」
「関係ないとは言えないだろう! 仲間だ!」
「仲間なんてあっちは毛ほども思ってないわよ」
リーダーと違って、ティズとオカマは心配していない。
同じ兵隊でも仲が悪いみたいだ。
そもそもあの氷のような目をして、躊躇いなく剣を振るう奴が誰かと仲良しなんて想像できないや。
きっと兵隊の中で浮いてるんだろうなぁ。孤立してるとも言う。
「こちらに来てしまった以上、オレの部隊だ! 探してくる!」
「やめなさいよ、迷うだけよ」
「見てくる!」
オカマの制止を聞かず、リーダーは出ていく。あたしなら迷う自信ある。
呆れて肩を竦めるのはオカマ。ティズもやれやれと首を横に振る。
「……どうやらコイツらしいですよ」
「は? この子が?」
ティズが声を潜めて伝えれば、主語がなくともオカマに伝わり目を丸めてあたしを見下ろした。
「なんで? ただのちんちくりんじゃない」
「誰がちんちくりんじゃー!!」
「威勢はいいけど、奴らがなんで狙うのよ?」
「そんなのオレにわかるわけないでしょう……。この場所が関連していることに間違いはないかと……」
こそこそすることをやめて堂々と会話する二人。
あたしは"魔女の城の跡地"を見て、こちらを意味深に見る二人を見上げる。
会話の内容から、なんとなくあたしが重要人物的な位置に上がったと悟った。
なんかヤバイ方向にいったみたい。やべー、余計なこと言ったかも。




