22 居場所
「おう!おめぇさん、オレの飯が食いたくてまた異世界から遙々戻ってきたのか」
「うん!まぁね!」
本当は自分の世界で父親と自分の作った料理で満足していたが、物凄い笑顔で黒髭のオッサンに元気よく頷く。
そしたらお肉をおまけでもう一切れ、皿に乗せてもらえた。ラッキー!
あたしが帰還してすぐに、ライリがこの食堂で泥酔。その際に「エリは異世界に帰ったんだぁあっ」と叫んだそうだ。
それでアルコールの入ったニックスがペロリと話した。
秘密というわけでもなかったため、今では隊員全員があたしが異世界の人間だと認識している。
久しぶりに集まる好奇な視線を浴びつつ、久しぶりの料理長の朝飯を食べようとトレイを持ってライリの隣に座る。
「エリがスカートなんて、初めてみたわ。髪型が髪型だから、違和感あるかと思っていたけど…夜会のドレスも案外合うかもね」
「着ねーから。」
いただきます、と食べ始めれば向かいに座るニックスがまじまじと見てきて言った。昨日から着替えていないので、セーラー服のまま。
ドレスは着ねーから。断じて!
「今日はどうする?あたしこの一ヶ月、就活してたから身体ナマってるけど」
「喧嘩をすぐ買うお前がか?雪降ったか?」
「失礼すぎだな、その喧嘩買った」
ニックスの隣に座るティズと話しつつも、食事に夢中になる。
「その就活、結果は?」
「……十数件、面接受けて全滅」
「ぶっ!十数件!?なんでだ!?」
「あっはは!十数件も全滅って!」
「…不採用の理由はちゃんと聞いたのか?」
予想した通り、ティズはツッコミを入れてニックスは腹を抱えて笑ってライリは深刻な顔をした。予想通りすぎて吹いたが、とりあえず笑いすぎのニックスの脛を蹴り飛ばす。
「近所の店は何処もあたしを知ってたから……それで不採用。あたし学校の不良のトップの番長だったんだ。悪名を聞いてるから」
「たかが学校のワルだけで…変な世界ね」
「いや、きっと相手方が悪いのだろう。試しに採用もしないなんて、懐が狭いんだ」
「エリが相当悪いことをしたのではないですか?」
「喧嘩やせいぜい軽い器物破損でしょ?」
学校の番長だと言っても、三人は反応が薄い。たかが学校のワル。確かに。
暴力沙汰だけでも相当悪いことだけど。
喧嘩慣れしているニックス達からしたら、あまり悪いことだと認識していないらしい。
青ざめることもなく、目を逸らすこともなく、怯えられることもしない彼らに笑みを溢してしまう。
それを掌で隠す。
あたしを受け入れてくれる場所。
本格的に自分の身を守らなくてはいけないため、戦闘技術を習得しないといけない。
一ヶ月のブランクは最悪で、脛を蹴った仕返しなのかニックスにボッコボッコやられた。
身体は覚えていたが、なかなか動けない。体力もかなり落ちていたらしく、夕飯を食べれば即爆睡した。
体力を戻すために早朝に起こされて、ランニングをさせられる。ニックスから一本取れなければ、またランニングをさせられた。
そしてまた夕飯を食べて即爆睡。
「ごめん…父さん。疲れてて連絡できなかった…」
〔疲れてるってどうした?〕
「敵に狙われているから、身を守るための接近戦闘技術を教わってて…ほら、一ヶ月も喧嘩してなかったから…体力が追い付かなくて…」
〔女子高生に過酷なことさせてるのか!?〕
朝早く起きてジョギングしながら父親に連絡した。奇妙そうに隣を走るライリが見てくるが、気にせず話す。
「命懸けだし、きっと敵の方が扱いが酷いと思う…。帰り道を見つけるの、前回より時間がかかるんだ。でも生きて帰るよ」
〔そ…そうか……〕
眠気に襲われつつ、心配かけまいと伝えておく。たった一人の娘が戦争状態な異世界にいるのに、心配しない方が難しい。
〔その…なんだ……責任者と、話せるか?〕
「ライリなら隣にいるけど」
〔隊長だっけか?代わってくれ〕
「父さんが話したいってさ」
最高責任者はサリエル支部長だけど、とりあえず部隊長であるライリも責任者なので、ライリに携帯電話を渡す。戸惑った反応をしたが、足を止めたライリの耳に当てさせる。
「こ、こちら、ライリ・アリエール。どうぞ」
無線機みたいなものだと言ってあるから、無線機で話すように対応をするライリ。
ライリはきびきびと何か父親に相槌を打つと「責任を持って預かります」とか「娘さんは守ります」と力強く拳を作り言った。ケイタイ越しでも言葉が通じるなんて、ミラクルだなぁ。
その電話のせいか、その日のライリの武術の稽古は、自棄に力んでいて容赦なく捩じ伏せられた。…い、痛い。
「やんのかごらぁ!」
「やってやるよこら!」
一週間もすれば順応能力の高い人間は、慣れてしまい体力はついていけるようになり、喧嘩を買うほど元気を取り戻した。
喧嘩相手は、キングリーン部隊のチャールズ。
一対一なら勝算はある。見たところ相棒のフィロがいない。いつかいびられた仕返しをしてやる!
「やれやれ!」と煽り立てる中、昼の食堂でチャールズと睨み合った。
そんなチャールズが不意に目を丸める。視線はあたしの頭上を通過していた。
ほぼ同時に騒いでいた兵隊達が静まり返る。
背後に近付く威圧感で、誰が喧騒を抹殺したのかようくわかった。
しまった…!
何処に逃げようかと迷っている間に、後ろから首を掴まれる。
デジャブ。
「元気になったな、エリーゼ。借りるぞ、ライリ」
「あ、あぁ…」
ライリに断りを入れると、デュランはあたしの首を掴んだままスタスタと注目を浴びつつ、食堂を後にした。
四日前くらいから、何故かデュランから食事の誘いがきていた。なんでも歓迎を兼ねてご馳走したいと、あたしオンリーに。
体力的に無理とやんわり断っていたが、喧嘩を買う元気を見られて強制的に連行された。
関わりたくないと思ったが、避ける行為はあっちの世界であたしがされた嫌な行為なため、すれ違う度挨拶するようになった。されたくないことはしない、これ常識っしょ。
避けられても怖がられてもデュラン達は、痛くも痒くもなさそうだが。
なんせ部屋が向かいで、一度命懸けで戦ってもらったのだから、無視はできない。
レオルドも時々隣に座ってきて一緒に食事をすることがある。ライリ達は奇妙なものを見るような反応してたけど、わいせつ行為もしてこなかったのであたしは普通に接した。
フィロとチャールズには軽く挨拶。物凄く不快に顔をしかめられるけどね。
サリエル支部長曰く、金を貢いで女を落とすというデュランの作戦に付き合うことにした。
うん!全然チキングリルが食べたかったからついてきたわけじゃないさ!
「エリーゼは本当に美味そうに食うよな」
「美味いから」
以前連れてきてもらった"カボチャ食堂"にまた連れてきてもらったので、チキングリルを食べた。美味いっ。
「調子はどうだ?」
「一ヶ月前に調子は戻ったところ。とりあえずピンクキャットと対等に戦えるくらいが目標」
「そりゃあ高い目標だな」
モグモグとチキンを堪能しながら訊かれたことを答える。そうすれば笑われた。
「ピンクキャットは強すぎるん?」
「敵国の主戦力に数えられているからな。何度も戦ったがなかなか仕留められなくてな」
「…ふぅん」
タルドンマカール国の主戦力。
ニヤニヤ笑うピンき頭の男を思い出す。…顔は忘れてしまった。
確かにレオルドとデュランを相手しておきながら、無傷であたしに追い付いてきたもんな。
主戦力のピンク頭が直々にあたしを奪おうとしているのだ。よほどあたしが必要なのだろうか…。
「街に襲撃までしてきたんだって?」
「まぁな。支部長がお前はいないと言えば、のこのこ帰っていったが…。一部の人間が都心方面へと移住していった」
「移住?街出たのか」
驚いて目を丸める。
「この街に執着していない人間は都心に移住している。街より我が命、ってわけさ」
デュランの話によれば、国境近くのこの街が襲撃に遭う度に移住していく人間が出るらしい。今回の襲撃でまた一部が移住していったそうだ。
あたしが原因の襲撃なので申し訳なく思う。
「国境で攻めやすい街だからな」
デュランはあたしを責めるような言葉は言わなかった。
「あたしが戻ったと知れば」
「奪いに攻めてくる」
「…よし、戻ろう」
「早いな。ドレス一着仕立てようと思ったのに」
「いらないっつうの!」
のんびりしていられない。早く稽古をしようと立ち上がれば、デュランに引き留められた。
「じゃあピアスはどうだ?」
「耳に穴開けてねぇよ」
「開ければいい」
「身体に穴開けると大きな幸せが一つずつ逃げるらしいよ」
「そうなのか」
お父さんが言って、頑なにピアスの穴を開けさせてもらえなかった。
自分はかなり開けてるくせに。
開けているからなのかな。
「食後の余韻を味わえ。ほら、デザートも頼め」
「……オススメのデザートは?」
「ワッフル」
「じゃあそれで」
デザートと言われて腰を下ろす。
デザートだけだ。デザートだけ。食べたら戻る。
「悪いがピンクキャットはオレの獲物だ。次来たらオレが仕留める」
「…お、おう…」
ニヤリと白い歯を見せるデュランは、獲物に今にも噛み付きそうなほど金色の目をぎらつかせた。
デュランの標的にされたピンク頭に同情した瞬間。こえぇえ…!
肌色からしたらデュランは黒豹か。ピンク頭は異名から猫。
黒豹に目をつけられたのに未だに生き延びている猫がすごい。
「ピンクキャットを目標、ねぇ…んー」
デュランはなんだか意味深な「んー」を漏らした。
なに、あたしには無理って意味か?
怪訝に見上げればデュランは笑う。
「ところで、エリーゼ。最近レオルドと仲良くしてるみたいだな」
「レオルド?仲良くというか…隣に来るから話してるだけだけど」
不意に出てきた名前。それがなにか?と首を傾げれば、デュランはただ笑った。
「得意な武器は?」
「得意ってほどじゃないけど…ニックスには及ばないしね。今んとこ扱いやすいのは剣」
「なるほど。銃は?」
「慣れてきたけどまだイマイチ。重いしね」
「なるほど。魔術は?」
「それは上々、ティズが嫉妬するほどの上達だぜ」
ティズが憎たらしそうにしかめた顔を思い出したら吹き出してしまう。
体術と剣術を重点的に教わり、魔術を覚える時間が減ったが、それでも異常なほど魔術の上達が速いらしい。魔術を習得する度「…魔女め!」とティズは悔しげに悪態をつく。おもろい。
何故そんなことを聞くのか、ちょっと首を傾げたが、ただの世間話だと解釈した。
後にあたしはこの時、真意に気付かなかったことを激しく悔いることとなる。
異世界なのに電話が繋がっていることに関して、ツッコミはしないでくださいね!
大人しい毒蛇、しかし密かにこの世界に軟禁すべく動き出していることに黒兎ちゃんは気付かない。
次は敵国のキャラ登場。