20 再会
第二章、開幕
全速力で迷路を脱出してから、周辺を円を描くように駆けた。
かつて魔女が住んでいた城の跡地であるメデューサの森の中心地には人っ子一人いない。
あたしを連れてきて、あたしを異世界に帰るために使った魔法陣はなかった。あったが、使えない。
魔法陣が描かれた壁は、ザクザクと切り裂かれた跡というか削られた跡があって、魔法陣は原型を留めていなかった。
「ぐああっ!レオルドの仕業かくそぉう!!」
頭を抱える。
あたしが帰れたら、魔法陣は破壊する手筈だった。また召喚されないためだ。
あたしがまた召喚されるとは限らないが、また異世界の住人が召喚されて奴らの手に渡らないため。
細い斬撃は十中八九、レオルドだ。
複雑な魔法陣を覚えているわけもなく、あたしの帰り道はなかった。
「おいこら!誰かいねぇのか!?こら!!」
怒号を飛ばしたが、誰からも返事はこない。
呼び出されたならば、術者がいるはずなのにいないのか?しかも魔方陣すらもない?何故だ?
疑問が沸いたが、苛々が爆発してきた。
ただでさえ喧嘩もせずに、まともに視線すらも合わせてもらえない面接で惨敗を食らったんだ。バンバンと革靴で地面を貧乏揺すりのように踏みつける。
「ああくそっ!!召喚した奴殴らせろーっ!!!」
あたしの叫びは空しく響くだけだった。
深呼吸をして一先ず自分を落ち着かせたあと、とりあえず迷路にまた入り、ぐるぐる回って魔法陣を探したのだが見付からない。
項垂れた。
てぃろてぃろりん。
音が響いてきてあたしは震え上がる。なんだ!?とギョッとしたが、鞄の中にいれた携帯電話だった。
「なんだ…父さんからの電話か……………父さんからの電話だと!!!?」
一人で大きくツッコミを入れる。着信は父親からだった。ここ異世界だよ!?
「もしもし!?」
〔恵璃!何処ほっつき歩いてるんだ!腹減った!飯!〕
「………い、異世界にいる」
携帯電話が繋がった奇跡に感動を覚えつつも、きっと父親に異世界にいると報告したこの世で初の女子高生になる。
携帯電話から沈黙が返ってきた。
「異世界に、また召喚された…」
〔はぁああぁあっ!?ふざけてんのか!?ふざけてんだよな!?ふざけてると言え!!!〕
聞き取れないほど大きな声を上げたらしく、ほとんど雑音しか聴こえない。
そんなふざけたこと、記憶が新しいうちに言ったりしない…。
「落ち着いて父さん……前に帰った時に使った魔法陣がなくって……とりあえず、とりあえず街に行くよ。また兵隊さん達に助けてもらう…」
〔お、お、落ち着けるか!!!ふざけてんだろ!?ケイタイが繋がるわけあるか!〕
「信じてよぉ…泣きたいんだからっ!」
泣きそうな声で伝わったらしく、父親は静かになった。
「繋がってよかったけど…充電できるわけないからとりあえず切るね。街に行ってまた保護してもらって、帰り道を探すよ」
〔そ、そうだな…そうだな…〕
「うん……父さん。ビール飲みすぎちゃだめだからね」
〔お、おう……。…恵璃…無事に帰ってこいよ〕
「うん。前回と同じく、ちゃんと無事に帰るよ」
どんな仕組みで携帯電話が繋がっているかはわからないが、不幸中の幸いだ。異世界で無事にいることを父親に告げられたから。
なにかまだ言いたげだったが、あたしは電話を切った。そして電源も切って、電池の節約をする。
ふぅ、と溜め息をつく。
父さんに言ったように、とりあえず街に行って支部基地に行こう。街の名前は忘れたが、真っ直ぐ行けばつく。
父親と話して随分楽になった。
「うわっ…やべー…」
辺りは暗くなり、空は夜になろうとしていた。慌てて迷路を抜けようとしたのだが、抜ける前にすっかり真っ暗になってしまって、闇雲に迷路を彷徨くハメとなる。
かなりの時間をかけて迷路を脱出。
その頃には森は不気味ってもんじゃないくらい、静まり返り風で木の葉を揺らす。
もう一寸先も闇で見えやしない。
メデューサに一度助けられたことがあっても、メデューサのいる真っ暗な暗闇を行く度胸はなかった。いや、これは試練ではないと思うんだ。越えなくていい壁だと思うんだ。
「……うぐぅ…」
呻いてその場に座り込む。
明かりなら携帯電話を使っていけなくもないが、それで電池が切れて連絡できなくなったら父親が大変なことになる。飲んだくれて死ぬ。
だからと言って、朝になるまでここに居られない。怖すぎる。
「あっ!魔法陣!」
移動手段があることに気付いた。
移動手段というか移動魔術。
瞬間移動ができる便利な魔術。
うろ覚えだが、確か結構簡単な魔法陣だった。
それが使えればサクッと支部基地にいける。
野宿か移動魔術か。どっちかしかない。鞄の中に入れていた雑誌をくしゃくしゃにしてそれを魔術で起こした火で燃やして灯りを作る。
火が完全になくならないうちに、砂ぼこりが立つ地面に円を書いて模様というか文字を書く。
確かこんな感じだった…いや違う?
「これじゃない、なんか足りない…」
何度も練習して手を置いた魔法陣を必死に思い出そうとする。なんせ一ヶ月も前のことだ。なかなか思い出せない。
一度描いた魔法陣を消して、もう一度書いたもので試しに魔力を注いだが反応なし。だめだこれじゃない。
あたしの記憶力ーっ!!
心の中で絶叫しつつ、また消して指先で描く。
なんか違う。
これでもない。
それでもない。
足りない。
違う。
「うわぁああっ思い出せねぇ!!!」
嘆いて地面を叩く。ギュッと革鞄を抱き締めても、ちっとも思い出せない。
だめだこりゃ。あたしの記憶力に望みなどありゃしない。
このまま野宿だな。
うん。寂しく怪物のいる森のど真ん中でか弱い女の子は野宿です。
うふふふ…呼び出した奴、ボコボコにしてやる。
スススッ。
正座して踞って項垂れていたら、目の前に手が現れた。指先が細くて小さな手。その指先が円を描いていく。文字も並べられていった。
「………」
どんどんと魔法陣が完成に近づくのを見つつ、視界の端に地面にまでつくドレスを視認。金髪の長い髪も垂れている。
こんな怪物のいる森に、いるはずのない少女が、目の前にいた。
もしかしなくても、以前見かけた金髪の少女だ。
メデューサの本体なのではないかと、予測した少女が今目の前にいる。
メデューサ本体なのか、魔女なのか、わからないがとりあえず顔を上げないまま地面を見た。目を見たら石になるかもしれない。
あーそうそう。これだ。
移動魔術の魔法陣が完成した。思い出しかけていた魔法陣とぴったり重なる。すっきり。
「…ありがと」
メデューサかどうかはわからないが、親切に魔法陣を書いてくれたので一応お礼を言って手をつく。
タイミングよく、灯りが消えた。
魔法陣にそって魔力を注ぎ込み、支部基地の寮の部屋を思い浮かべる。
地面が消えてついていた手が支えを失い、前のめりに倒れかけたが床に手がついた。
瞬きして周りを恐る恐る確認すれば、あたしはベッドの上に正座して床に手をついているという体勢で、一ヶ月前に使っていた寮の部屋にいた。
おお、あたしの部屋だ。
クローゼットの横に二つの袋が並んでいる。それがあたしの部屋だという証拠だ。懐かしい。
ベッドから降りて鞄を置いて、部屋を出る。暗い廊下は静まり返っていた。
もう夜勤以外の兵隊は就寝しているのだろう。結構時間がかかったらしい。
あたしの左右の部屋から人がいる気配がした。驚くかな、驚くだろうな。
ワクワクしてきた。
あたしは一番遠い、ニックスの部屋の前に行き、ドアを蹴り飛ばす。ドアが開いたが中を確認しないまま隣のティズの部屋のドアを蹴り開ける。
あたしの部屋は飛ばして、ライリのドアを蹴り開けた。
それから自分の部屋の前に戻る。
何事かと部屋を飛び出す三人がよく見えるように一歩退いて見た。
自分の部屋のドアを蹴ったあたしを見ると、三人は目玉を飛び出すほど見開く。
「よっ!また会ったな」
笑みが押さえきれず、声を弾ませて挨拶をした。
一番近い赤毛でつり目は、口を魚みたいにパクパクさせる。金魚みたいだぞ、ティズ。
その左隣にいる紫の黒髪のイケメンは、自分の頬をつねった。すんげぇ伸びてるぞ、ニックス。
右にいる筋肉マッチョは、ごしごしと目を擦った。擦りすぎだぞ、ライリ。
騒ぎを聞き付けたのか、ティズの部屋の向かいにあった部屋が開かれた。
振り返ると、上半身裸の白銀頭の男。かなり腰が細い華奢な身体だったが、筋肉がほどよくついている。
その上半身を見てから、目を合わせた。
「エリ……」
暗かったが薄い青い瞳が見開かれると、何故か嬉しそうな笑みを浮かべるレオルド。
ていうか、部屋、こんなに近かったんだな…。
するとあたしの向かい側の部屋。つまりあたしが丁度背にしている部屋の扉が開いた。
この部屋は誰だろう、と真上を向いて出てきたであろう部屋の主を見上げる。すぐに後悔した。
金色の瞳に見下ろされて硬直する。
まさかのデュラン!あたしの部屋の前にデュランがいたなんて聞いてねぇえっ!
ぽかーんと眠たそうな目で見下ろしてくるデュランは、二回目を瞬かせるとあたしの目から視線を外した。
そしてあたしの首に手を回してチョーカーの薔薇を手に取る。
「…ああ、エリーゼ」
一ヶ月ぽっちであたしの顔を忘れやがったのかコイツ!?
チョーカーの薔薇を凝視して漸く思い出したらしく、デュランは笑った。
「ドレス、似合ってる」
「ドレスじゃねーし!これ学校の制服!」
「でもスカートだろ。なかなか似合ってる……いい香りがするな」
「嗅ぐなっ!!」
セーラー服はドレスじゃない。断じて違う!
見上げたままひていしたら、顔を近付けてきたデュランが髪を嗅いだ。
離れればレオルドと同じく上半身裸だったデュランは、欠伸を漏らしてドアを閉じた。めっちゃ薄い反応した…しかも忘れてやがった…ひでぇ。恵璃さん泣ける。
「エリ!エリか!?」
「うわ!」
「まじかよ!?なんで!?」
「まさかまた会えるなんてね!エリ!」
後ろからライリに羽交い締めにされたかと思えば、ティズに掴みかかれた。ニックスはそんなティズごとあたしを抱き締める。
ま、いっか。
ライリ達が嬉しげに再会の抱擁してきたから。