レオルド・アッシュフォルド
第二章!に突入する前に閑話。
レオルドの今までの心情をサラッと書いてみました。
スルーしても、多分問題ないです。←
生まれてこの方、他人に関心を持った覚えがない。
オレが生まれたアッシュフォルドの家は、奇人と呼ばれる天才の血を継ぐ家系だった。
かつて王族の側近騎士を勤めた父親は、武力に至極優れていて彼に憧れ尊敬して弟子入り希望をする者が後を絶たなかったという。
しかし、他人に関心を全く示さない奇人の父親に弟子入り出来たのは、たった一人だけ。それがオレの母親だった。
恋をしたが故に、弟子として受け入れたと父親は言っていた。
父親と母親との間に生まれた姉とオレは、武力の才能を引き継いだ。幼い頃から父親と母親に武術を叩き込まれて、兵隊になった。
お国の武装組織の隊員。兵隊。
愛国心なんて微塵もなかったけど、他にすることもなかったから本部に入った。
本部には入る前から父親を越える奇人だと既に認知されていた。
父親と同じく、姉弟は他人に関心を示さない。他人と馴れ合わない性分の孤高の天才。才能だけが、歓迎されていた。
姉は完全に他人の接近を拒絶した雰囲気を放つ容姿端麗の少女だった。誰もが見惚れる美少女だったが、登ることが困難な絶壁の上か、はたまた天国に咲く花の如くの高嶺の花。誰もが近付こうとはしなかった。
近付くものならば、冷たい青い視線で凍らせられる。いつしか、彼女は「棘の姫」と異名がついた。
でも姉の方は、まだまし。
オレの容姿は、吉凶の前触れと畏れられるほど美しい白。
姉が白金の髪に対して、オレは白銀の髪。目の色も薄い青、肌は病的なほど白。色素が抜け落ちてしまったみたいな容姿をしているにも関わらず、オレは至って健康体だった。
容姿だけでも異形な存在のオレは、入隊初日に挑まれた決闘で、相手を文字通り瞬殺した。
今まで生身の人間も動物も切り刻んだが、殺しをしたのはそれが初めて。他人なんて虫も同然で、人殺しなど意図も簡単に躊躇もく殺せた。
誰もオレに挑むことはなくなった。敵と見なせば殺す動作に移るオレに、向かっている勇者などいなかったのだ。
特に面白いこともない本部。
防戦一方の退屈なアルトバスポリス国を裏切り、タルドンマカール国に寝返ろうと本気で考えた矢先に、デュラン・キングリーンがオレを勧誘した。
こちらもオレと同類の奇人で狂人だった。
敵国に襲撃を受けやすい国境に位置する街の兵隊で、敵の部隊長の首を取って名を馳せた人物。そしてオレが殺さなかった人物として、本部でもその名を記憶に刻んだ。
デュランに刃を向けなかった。本部よりもモントノールクリムア支部の方が、やり甲斐がある上に暴れ放題だと言われた。その場でオレはモントノールクリムア支部に行くことを決めた。
別にやり甲斐を求めていたわけではない。剣を振り暴れることが出来るならば、何処だって構わない。
モントノールクリムア支部に移転して一年足らずで、「毒蛇」という異名をつけられた。
蛇のように柔軟な動きで牙を振るう。一度噛まれたら最期、致命的な猛毒のような一撃で確実に仕留めるって由来。
戦場において敵国も味方も畏れる白い毒蛇と、名を馳せることとなった。
モントノールクリムア支部でもやはり馴れ合わないオレは、デュランが率いるキングリーン特殊部隊に所属することになった。
協調性に欠けたオレには、キングリーン部隊は最適だった。
部隊長であるデュランは、勘で単独に動くレオルドに「好きにしていいぞ」と一言。それが正しい選択だった。
止めるものならば、剣を振るう。
他人には全くと言っていいほど従わなかった。デュランは単に才能のある変わった部下を手元に置きたいだけ。キングリーン部隊は変人で奇人で狂人の集まりだった。その部隊長を勤めるデュランは、猛獣を手なづける猛獣。
デュランは強かったが、興味が沸くほどではない。所属する部隊の部隊長という認識でしかなかった。
一目置かれるキングリーン部隊も、オレはちっとも関心を持たなかった。
でも、興味を示す他人が現れた。
異世界から召喚された髪の短い少女。エリ・クロキ。
敵国の不穏な動きを察知して支部長が特殊部隊に告げた任務は、目的の解明と阻止。
直感でアリエール部隊が向かうメデューサの森が当たりだと思い、単独でメデューサの森に入った。
的中して魔女の跡地にいた兵隊を皆殺しにした。目的を聞き忘れた、と気付いたのは最後の一人が倒れた時。しかしまだ生存者はいた。
殺戮していた際に、垣間見た少女。
それこそが、エリ・クロキだった。
格好はまるで奴隷のようだったが、みすぼらしいほど汚れてはいない。上半身は体格がわからないほどサイズの大きい半袖の黒いシャツを着ていて、下着のような丈の短いズボンを履いていた。髪は肩にも届かないほど短かったが、惜しみ無く出された脚の肉付きと顔立ちからして少女と認識できた。
この世界に髪が短い女性など、いないと言えるほど女性は長髪が常識。そして女性は脚を出してははしたないとされてきた。僅かな布切れしか着る物がない奴隷ならば、脚を出していても仕方ない。
しかし、奴隷にしては身体が汚れていなかった。変わった靴を履いた脚は、ちっとも泥がついていない。
奇人呼ばれるオレにさえエリを"変わっている"と認識した。
戦意など欠片もなく死を覚悟した彼女に、オレはお望み通り殺そうとした。
しかし、エリ・クロキは避けた。
さっきまで怯えていたにも関わらず、落ちた剣を拾い構えたのだ。
その構えは素人。素人なんかに避けられたことが不快だった。
不快に思ったなら、殺してしまえ。そう思考回路が行き着く。
行動に移す前に彼女が口を開いた。
「ちょっとアンタ。怪我してんなら無理すんなよ」
男口調で低く発しられた声は、不思議なほど耳に残る。いつもならば相手が口を開いても剣を振るったが、彼女の言葉の意味を理解しようと意識がそちらに集中して身体は止まった。
エリに言われて、初めて肩に怪我を負っていることに気付いた。
切れ味がいい剣だったせいか、痛みがあまりしない。オレ自身が気付かないまま剣を振るったのに、エリはそれを見抜いた。
何者か気になった。
彼女は異世界の人間だという。
一気に興味が失せた。
異世界の人間だから、か。
彼女自身に興味が惹く価値はないと判断し、彼女の世界の硬貨を戴いた。
その判断は翌朝に覆る。
彼女の声に引き寄せられた。
「あるわボケぇ!あたしだって生きてんだぞこら!だいたいてめえは協調性が欠けてるんだって!仲間なら仲良くしろや!単独行動は仲間を危険に晒す行為だぞ!!」
彼女を抱えたライリ・アリエールに、怒鳴られることはしょっちゅうある。しかしエリのように怒り任せに怒鳴られたのは、これが初めてだった。
反省しがれ、そう睨み付けてくる瞳は強い意志が宿っていて、その瞳に映されていることが心地いいものに感じた。
威勢がよく吠えていたかと思えば、兎のように怯えた表情に変わるエリ。もっとその声が聴きたかった。
その声を発する唇を見る。下唇が少しだけ大きい桃色の唇。
声を聴きたいと思うのに、その唇を塞ぎたいとも思った。
なんだか、美味しそうだ───。
こうして、エリはオレにとって関心を示す対象となった。
保護と監視のために隊員となったエリを、オレは観賞した。
ただ観賞した。
自分が他人と距離を置かれる危険分子という自覚を持っていたから、遠巻きにエリを見ていた。
一週間するとすっかりエリは、馴染んでいた。兎のように怯えるが、それでも真っ直ぐに黒い瞳で見てくるエリ。
キングリーン部隊のフィロ・マックリーンとチャールズ・ケイントンが、そんなエリをいたぶっていたため助けに入った。
同じ部隊であろうとも馴れ合いなどない。邪魔なら殺す。
月明かりに照らされた唇が、妙に艶やかに見えてまた見てしまった。
静寂の中、聴こえてくる声が心地いい。
冷たいと声を上げたエリが、オレの手を揉んだ。エリの手は温かい。このまま触れていてほしかったが、簡単にその温もりが離れた。
離れがたくて、ついていった。
不可解そうにエリは見たが、助けられたからなのか邪険にしなかった。
それから、最後に笑顔で礼を言われた。
初めてオレに向けられた、エリの無防備な笑顔。
続いて告げられたのは、自分の世界に帰るという報せだった。
「嫌だ」
絞り出したか細い声は、エリに届かなかった。
帰ってほしくない。
留まってほしい。
エリを留めたくて、オレはデュランに提案した。エリをキングリーン部隊に引き抜くことを。
デュランは才能ある者を手元に置きたがる。その目利きを支部長は信頼していた。デュランの目に敵うならば、支部長も引き留めるはず。
しかし、惜しくもデュランは首を横に振って、エリが自分の世界に帰る許可が出たされた。
なら、阻止するまでだ。
異世界に繋がる魔法陣を切り刻む。それを実行しに向かった。
襲撃に対応するため、願い出る前にキングリーン部隊もアリエール部隊と任務に出ることとなった。
エリを奪おうとタルドンマカールの兵隊でピンクキャット率いる部隊が襲撃した。
異名の通り猫の如く素早く動き、メデューサの森に入ったピンクキャットを、オレは追った。
そこで見たものは、メデューサの触手にエリを追うことを拒まれたピンクキャット。メデューサがエリを守っている光景よりも、オレは深傷を負ったエリに目がいった。
魔女の跡地に腰を落とすエリは、死ぬ──とオレは思った。
阻止する前に彼女が死ぬ。
茫然と立ち尽くしていたら、エリは切りつけられた腹に指を入れた。直接触れて治す治療魔術で、自分の内臓に触れて自分で治した。
ああ──生きた。
それを見て安堵が広がるのを感じた。
エリの声が聴こえなくなると、そう思ったら思考が停止してしまった反動なのか、ぼんやり見上げてくるエリの唇を衝動的に塞いだ。
自分の唇を押し付けたエリの唇は柔らかかった。舐めれば甘く感じた。舌で抉じ開けた口の中は熱くて少し甘酸っぱい。もっと味わいたくなって、吸い付く。その感触が、たまらない。果実にかじりつくように堪能した。
ずっとこうしていたいくらい───美味しかった。
もっと、もっと、と求めた。
呼吸が苦しくなって一度離れてから、正気を取り戻したエリから頭突きを食らった。
さっきまで噛み付いていた唇から、怒声が吐かれる。それでエリが生きていると再確認出来た。
他人に関心を示さなかった父親は、母親に恋をした。関心を持った相手に恋をした。オレも関心を持ったエリに恋をしたと、今理解した。
だから想いを告げた。
帰らないでほしいと、告げた。
だけど、エリは帰ってしまった。
手を伸ばして掴もうとしたが、消えてしまった。帰ってしまった。
魔法陣の前に、オレだけしかいない。
喪失感に思考が停止して立ち尽くした後、親の仇のように魔法陣を睨んだ。例え親が誰かに殺されても、こんな怒りは沸いてこないだろう。
エリを帰した魔法陣を切り刻んだ。その後、魔法陣を残したタルドンマカールを皆殺しにしようと引き返したが、ピンクキャットは既に退却して戦闘は終わっていた。
タルドンマカール国を、滅ぼしてやる。
そう決意した。
世界でたった一人の関心を持った相手を、殺されたも同然。一人残らず、殺してやる。
だけどそんな決意を嘲笑うかのように、ひょっこり黒い兎はまたオレの前に現れることとなる。
今度は逃がさないように、巻き付いてやろうと決めた。
全部阻止する───もう帰さない。