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17 ただいま



 最後の最後で、予想外の障害があたしの帰還を阻止してきた。

この世界で一番最初に出会した白銀の毒蛇、レオルド。


「アホか!! てめぇのわいせつ行為のために残れるわけないだろうが!」


 怒鳴り付けてレオルドの剣を持つ手を振り払う。

奇行で行く手を塞ごうとするな! 変人で奇人で狂人で変態め!


「やだ。残って」

「駄々っ子か!」


 唇を尖らせて剣で腹をつつくレオルド。

だから刺さるっつうの! 剣先でつつくなだし!


「ねぇ、エリ」

「煩い!」

「エーリー」

「煩い!」

「エーリーってばぁ」

「お前そんなキャラだっけ!?」


 ピンク頭のようにぶった切ってまで止めるつもりはないらしい。母親に甘えるような子供っぽい声を出すレオルドを一蹴して、魔法陣に手をつく。


「いいのかよ……二度と会えないんだぞ」

「……!」

「本当にいいのかよ」


 背中からかけられる声に、ライリ達が浮かんできた。

最後に見たのは、彼らの背中。

 せめて笑って別れたかった。

でもそんな我が儘言ってられない。

ライリ達は、命懸けで戦っているんだ。のこのこ戻れない。

喉に込み上げたものを飲み込んで手についた魔法陣に魔力を注ぎ込む。


「エリ、帰らないで」


 レオルドが引き留めようとする。

ライリ達だって引き留めたかったと思うが、あたしの意思を知っているから引き留めたりしなかった。

なのにレオルドは、簡単に口から出して引き留めようとする。

コイツ、ほんとに自由だな。

 苛々しつつもあたしは帰るべき自分の世界を目を閉じて思い浮かべた。

あたしが歩いていた脇道。

道路を渡れば自動販売機。

 ふと思い出す。

レオルドからまだ百円玉を返されていない。


「レオルド! あたしの百円を返せ!」


 振り返ったら白銀頭の男は、そこにいなかった。

昭和からありそうな古びた一軒家が並ぶ砂利道。視線の先には、道路の向こうに光を放つ自動販売機が在った。

 前を向けば、手をついていたはずの壁なんてない。

野菜がなっている畑とアパートの駐車場の間に、人が一人通れる脇道が真っ直ぐあって、駐車場の隣にはあたしが父親と住むボロアパートがあった。

 それをボケッと見てから、空を見上げる。朝だったはずなのに薄く暗くなり始めていた。時間帯は多分、夕方。

道路の方で自動車が横切った音が聴こえた。懐かしい。遠くで電車が通る音がする。これも懐かしい。

 自分の手を見てみると、真っ赤だった。

服は白いタンクトップに、黒いズボン。ズボンは黒いブーツの中にインして紐でぐるぐる巻きにしている。腹の部分は切れてて、白いタンクトップは真っ赤に染まっていた。上着は隊服。首にある重みはチョーカー。


 夢落ちにはならないのか。


夢じゃないぞ、そう知らしめるように手は自分の血で真っ赤だし、服装はまんまだし、チョーカーまでついている。

 あたしは異世界にいた。

 異世界に行っていた。

 そして帰ってきた。

呆気なく、帰れちゃったな。でも安堵するのはまだ早い。

あたしは脇道を走った。左側にある畑には、トマトやキュウリがあるのが見える。たまに貰ったりする野菜だ。

 その脇道を出て、ボロアパートの錆びた鉄の階段を上がっていく。ドタドタ騒がしいのはいつものことだ。

鍵も持たずに家を出てしまったので、呼び鈴を鳴らした。

気が焦っていたので、ピンポンピンポンと連打。そうすれば家の中からドタドタと足音が聴こえてきた。


「うっせ!! 何度も押してんじゃねぇ! ブッ飛ばされてぇのかあん!?」


 勢いよく開いたドアから、約二週間ぶりの父親の怒号が飛んだ。

その息は酒臭く頬が赤かったから、アルコールを摂取したんだと思う。あたしをトロンとした涙目で見下ろすと、娘だと認識したのか、目を見開いた。


「……恵璃……なのか?」

「っただいま!!」


 正真正銘、あたしの父親が目の前にいる。

歓喜余って父親に抱きついた。抱きつくなんて一体何年ぶりだろうか。


「恵璃! 恵璃か! バカヤロウ! 何処いってやがった!? バカヤロウっ!」


 あたしに抱きつかれて戸惑った反応をしたが、父親もあたしをギュッと抱き締めるとワシャワシャとあたしの髪を掻き回した。

とりあえずあたしは「ただいま!!」とだけ言って、父親がギブと言うまできつく腕で締め付ける。






 約二週間、あたしが部屋をあけていた間に父親は随分飲んだらしく、飲み干したビール瓶と缶ビールが散乱して足の踏み場もなかった。

それを片付けつつも、あたしは難関であろう事情説明を父親にする。しないわけにもいかない。

たった一人の保護者で家族である父親は、こんなに飲んだくれるほど心配していたのだから。


「つまり、異世界に召喚されて、異世界の兵隊にお世話になって、二週間も過ごしていたと」

「うん」

「──…っっっアホ抜かせ!!」

「ぎゃわ!?」


 物分かりいいなぁと感心して頷いていれば、缶ビールを投げつけられた。

間一髪避ける。

やっぱり信じてもらえなかった……。でも嘘は言えない。


「てめぇ! もっとましな嘘つけ!! オレは総力を上げて昔の仲間どもと夜中てめぇを探し回ってたんだぞ!? もしかしてヤクザに山中に埋められたのかと思って! ビールを自棄飲みしたんだからな!」

「ちょっ……! 今昔の仲間って言った!? ゾッキーのOBを連れ回して探したわけ!? 昔の悪友と会うなって言ったじゃん! アンタ、暴走すんだから!! なにもやらかしてないだろうな!?」

「しまっ……な、なにもやってねぇぞ!!」

「今しまった! って言いかけただろうが!! アホか! なんで暴走族呼ぶんだよ! 普通警察を呼ぶだろうが!」

「マッポーなんて信用できるか!! 失踪したお前が説教すんじゃねぇ!!」


 父親は元総長。暴走族の。

しかも伝説になるほどの。詳しい話は知らないけど、聞きたくもないが、とりあえずすごい暴走族。

そんな父親は昔の仲間と会うと、暴走族に戻ったようにハメを外してしまう。何度か暴力沙汰を起こした前科がある。あたし達の生活に支障が出るからと、会うことを禁じたというのに。

警察に頼らず暴走族に頼るあたり、根っからの悪だ。


「ほら! これあたしの血! この服、兵隊の! このチョーカーはなんか知らんが貰った!」

「っ!? 刺されたのか!?」

「刺されたというか切られた……治した! 魔術で治した!」


 上着を捲って真っ赤な腹を見せて色々証拠を指すが、カッと見開いた父親は、真っ赤な血に食い付いた。タンクトップを捲っても傷跡はない。


「っわかった……」


 深刻そうに険しい顔をした父親が、漸く信じてくれたのかと思えば。


「拉致されて、洗脳するためにヤク漬けにされたんだな……可哀想に……」

「想像力豊かだなおいっ! ラリってねぇよ!!」


 真面目な顔をして言うから、心底驚いた。なに言ってんだ!

これ以上悪い想像をさせないために、あたしは一度父親を座らせてコップに水道水を入れた。

それを持って父親の前に座る。


「今からこの水が……多分回る。というか飛び出す。魔術を覚えたんだ、見せてやるから見たら信じてよ」


 父親に手首を握らせて説明しておく。魔術というか、魔力で水を動かすんだけど。

もしかしたら魔力は異世界限定でしか使えないかもしれない、と過った。

そしたら薬物検査されかねない。陰性だから別にいいけど。


  バシャン!


そんな不安は無駄なものだったらしく、ちょっと力んで集中したらコップから勢いよく水が飛んできた。


「……」

「……」


 中の上である顔立ちの父親が目を瞬かせる。数秒して勢いよく父親は離れて、壁に同化したいのか、ぴったり張り付いた。


「……エイリアンか!!」

「いい加減にしろっ!」


 エイリアンに改造されたわけではないし、エイリアンに寄生されてもいない。

何処まで想像力が豊かなんだ。知らなかったぜ。

 ほろ酔いな父親に水を飲ませて、事細かにこの約二週間の出来事を話した。

どっぷり、夜は更ける。


「……わかった。信じる」


 やっと信じてくれたのか、父親は頷いてくれた。でも半信半疑という感じ。

とりあえずあたしがエイリアンではなく、正真正銘娘だと理解してくれたようだ。


「……よく無事に帰った」


 父親はごつごつした手であたしの頭をワシャワシャと撫でる。


「……ただいま……」


 もう一度、あたしは笑って言った。






無事父親と再会。


こんな父親もかっこいいと思います。いい父子。




まだ終わりませんよ!


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