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16 毒蛇に噛まれる



 タルドンマカール国の兵隊であろういかにもイカれた感じのピンク頭の男はあたしを指差す。

見つけたと。


「返せよ。それ、オレのモンだぜ?」


 魔力で作り上げた魔剣が振られる。伸びた刃が生き物のようにあたしに迫ったが、今度はニックスが剣で弾き飛ばした。

 ザッ、と立ちはだかるようにデュランが率いるキングリーン部隊があたし達の前に立つ。

その背中は味方だと物凄く頼もしく感じた。


「オレのモン? おいおい、見えねぇのかよ。彼女はオレの仲間だぜ」

「ハン、よく言うぜ。どうせ毒蛇が皆殺しにして奪ったんだろうが」

「奪えると思っているのですか? アンタ、一人で」


 デュランとフィロが口を開く。

 これで確信を得た。

あたしは奴らにこの世界に呼び出されて、奴らはあたしが目的。

あたしをどうするかまではわからないが、みすみす敵の手に渡すわけにはいかない。

 相手は一人。

こちらは八人。しかもずば抜けて強い連中だ。敵うはずはない。


「ハン! アホかよ、眼鏡。太陽に眼でも焼かれたのかよ」


 フィロを思いっきりバカにして、ピンク頭は嘲笑った。


「てめぇら全員に一人で喧嘩売るわけねーじゃん……ぎゃははっ!」


 パッチン、とピンク頭は指を鳴らすと哄笑を上げる。途端に周りは透明なベールを外したみたいに、赤紫の隊服を着た兵隊が姿を現してあたし達を取り囲んでいた。

 待ち伏せされていた……!


  ドドカン!


周りから爆音が響く。

最初に動いたのは、フィロ。魔動波を魔術の壁で防ぐと、一振りで凪ぎ払う。

ティズが弾丸を灼熱の炎で焼き焦がす。

 レオルドとデュランは、ピンク頭と対峙した。

兵隊同士の殺しあいの幕開けだ。

最後の最後で最悪なサプライズかよっ!

あたしは右から向かってくる敵兵達に魔動波を打ち込んだ。


「へぇ! 魔術教えたんだ!? やるじゃん!」


 それを見たピンク頭は声を上げた。

その狂気に満ちた眼は、獲物を捉えた肉食動物さながらギラギラしている。

怖すぎるっ!


「エリ! 行け!」

「え!?」

「オレ達が食い止める! 行くんだ!」


 ライリに腕を掴まれて、森の方へと押しやられる。森の中にはいない。いや、森の中で待ち伏せするはずはないのだ。

森にはメデューサがいるのだから。

 ライリ達が足留めをしている隙に、あたしは跡地に行って帰れ、という意味らしい。

一人でこの森を進むのは心細い、なんて言ってられない状況だ。


「行け! エリ!」

「行きなさい! エリ!」

「行けっ!!」


 ティズとニックスも言うと、ライリから怒号が飛ぶ。

敵と戦う三人の背中を見る。ほんの一瞬だけ躊躇してから、あたしは叫んだ。


「ありがと!! ライリ! ティズ! ニックス!」


 三人から返事はなかったし、戦闘中に振り返って来ることもなかった。

あたしは彼らに背を向けて、メデューサの森に足を踏み入れて駆ける。

ぶつかり合う金属音と爆音から遠ざかって、跡地に向かった。

 メデューサに遭わないことをまた祈る。一応腰につけていた剣を抜いて備えた。


 後ろに───また気配。


咄嗟に横に飛ぶ。

あたしがいた場所に、大振りの剣が振り下ろされた。ピンク頭の男だ。

 戦慄が走って剣を構える。

最後の最後で殺される? 拉致られる? 殺しちゃう? どれも願い下げだ。


「おいおい、なに剣を構えてんだよ。オレは味方だぜぇ?」

「剣振りおろしただろうが」

「ぎゃははっ! また見失いたくねーの。痛い目見たくなければ大人しくついてこいよ」

「嫌なこった!」


 威勢よく同行を拒否したものの、ピンク頭に勝てる気がしない。

デュランとレオルドはどうした!?

ピンク頭の男は、にんやりと目を見開いたまま笑みを吊り上げた。

 彼が動いた瞬間、あたしは魔動波を打ち込んだが、片手で剣を振り叩き切られる。


「ぎゃははっ!」

「っ!!」


 ピンク頭は地を蹴り、あたしに突進してきた。

横から大振りの剣が振られる。

 避けきれないと直感した。

後ろに仰け反りなんとか防ごうと剣を盾に構えたが、威力は半端ないもので、盾など容易く押された。

奴の剣が腹の横に食い込んだ。

 その途端。


  ビュユッ!!


灰色の物体が、あたしの左右横を掠めてピンク頭の男をぶっ飛ばした。

地面に尻をつくと激痛が走る。切れ味いい刃で切られた腹を、両手で押さえて思わず後ろを振り返る。

 振り返れば、メデューサの目。

なんて展開が起きても可笑しくはなかった。左右にある灰色の物体はメデューサの触手。

だけど後ろにメデューサらしき姿も顔も目もない。まるで道を作っているかのように、無数の蛇は左右に別れていた。

 まるであたしを助けたみたいに見える。

まじであたし魔女の生まれ変わりなのか? いや、今はどうだっていい。

剣を杖がわりに体を支えて立つ。既に腹を押さえる左手は血塗れ。

メデューサがピンク頭を引き付けている間に、跡地に行って治療しよう。帰る前に、出血多量で死ぬ。

 もう終わったのか、それとも聴こえないだけか、爆音が聴こえない。

それくらい離れたのだろうか。

腹の激痛に堪えつつ、漸く跡地に到着した。

 かつて魔女の城が聳え立った跡地。

今は数えきれないほどの壁が並んでいるだけ。ここが森の中心地。

壁に凭れて腰を下ろす。その動作だけでも痛い。

 早くこの痛みを取り除こうと右手を当てて思い出す。

 下手な治療をすると最悪死ぬ、とティズが言っていた。それは内出血したまま外傷だけを治療して動いた結果死ぬってケースだよな。

経験はないが、この傷は間違いなく内臓も傷つけられている。

このまま外傷を治しても、内臓から傷ついているなら、バットエンドだ。

 触れて傷を治す簡単な治癒の魔術しか使えない。

体内の治療は医療知識と高度の魔術が必要だ。

でもあれだろ。要は触れれば治せるってことだろ?

 物凄く躊躇うが、やるしかない。

呼吸すらも傷に響いて痛いが、この痛みを取り除くためにやるしかない。

 小刻みに呼吸をして、覚悟を決めて、傷口に指を突っ込んだ。

 痛い。痛いってもんじゃない。

だけど悲鳴はグッと歯を食いしばって堪えた。

最後の最後でなんで自分の腹に指突っ込んでるんだろう。かなりグロッシングな光景を見ないまま、パックリ裂かれた腹の中の内臓らしき場所に行き着いた。

失敗したらどうしよう、と飛んでしまいそうな意識の中思いつつも、体内に入れた指先に集中して治癒を始める。


「ハァ……ハァ……」


 痛みが、和らいだ。

どうやら内臓の治療は成功したらしい。指を抜き取る時も痛かったが、血塗れの両手で押さえ込み傷口を完全に治療すれば痛みが嘘のように消えた。

 ティズに自慢したい。この大怪我を完璧に治した、と。でもそんな元気なんてない。出血のせいか、激痛のせいか、意識がどんどん遠ざかっていく。

 いつからいたのだろうか。

目の前に白銀の髪をした男が立っていた。まともに見られなかったが、細い剣を持っているからレオルドだろう。


「やるじゃん」


 ああ、やっぱりレオルドだ。


「そんな荒治療、思い付いても実行する奴なんてそうはいない」


 誉めてんの? バカにしてんの?


「飽きないなぁ、ほんと」


 しゃがんだレオルドの顔が見えた。

なんだか硬そうな白い肌は黒い隊服のせいでより白さを強調してる。細められた目は、薄いブルーアイで不気味な色。何故か楽しげに笑みを浮かべていた。

なに笑ってんだ、と口を開く気力すらない。意識が遠ざかり、瞼が重くなる。


「エリ」

「んっ……」


 嫌な汗が滴る顔に、レオルドの冷たい手が当てられた。その冷たさは心地がいい。

 レオルドの整った顔が近付く。あたしの唇にレオルドは自分の唇を押し付けた。

閉じられた瞼につく白銀の睫毛がすごい長いな、と思う。

 無防備なあたしの唇を、果実をかじるようにレオルドは吸い付く。レオルドの左手が後頭部に回り、あたしの短い髪を握り締めた。

唇に吸い付くことに飽きたのか、レオルドは舌で抉じ開けてあたしの口の中を荒し始める。

 舌が舐めとられる感覚がした。クチャリ、と鳴る音に意識が少しずつ浮上していく。


「……ンっ……」


 まるで何かを食べるように舌で舐めとり吸い上げるレオルドは、時折甘い吐息を漏らす。

白銀の睫毛が上げられて間近で薄いブルーアイと目が合う。

黒い縁の薄い青色の中に黒い瞳孔がある。少し潤んで見えた。

クチュ、と吸い上げられる。

 されるがままになっていたあたしの意識が完全に覚醒した頃に、レオルドは離れた。


「────…美味しい」


 ぺろり、とレオルドは自分の唇を舌で舐める。

 またレオルドはあたしに顔を近付けて唇を重ねた。深く深くと押し付ける。

舌で舌を絡めとられて、ゾワッと背筋が痒くなった。


  ガンッ!!


レオルドの額に思いっきり額を叩き付ける。勢いが足りなかったのか、レオルドは離れたがダメージはないのかキョトンとされた。


「なにすんだてめぇ!!」

「……ずっとこうしたかった」

「はぁ!?」


 あたしの方がダメージがあって額を押さえようとしたが、上げた手は血塗れ。

弱ってる人間に、何しやがるコイツ!


「噛みつきたかっただと!?」

「うん。初めて見た時から……その声を出す口を塞いでやりたいと思った……」


 薄い青い瞳があたしの目から少しずれて、あたしの唇に向けられる。

前にもメデューサの森で、レオルドは胸元を見ていたんじゃなかったのか。この前の夜も、あたしの唇を見ていたのか。


「触れたら美味しかった……もって……」

「近寄んな!」


 また顔を近付けようとしたレオルドの顎にアッパーを食らわせる。

立ち上がったら貧血でクラッとしたが、壁に寄り掛かって踏みとどまる。


「美味しかったってあたしは食べ物か! 変人で奇人で狂人で変態なんて終わってんぞお前!!」

「美味しいもん」

「近寄んな! お前なんでここにいるんだし!? 皆戦ってんだろ!?」


 唇を拭いながらレオルドから距離を取る。レオルドは立ち上がると近付いてきた。近寄んなっつうの!


「"ピンクキャット"はメデューサに絡まれてる。"ピンクキャット"以外は、したっぱ。そのうち来るだろ」

「……ピンクキャットってなに」

「ピンク頭の男」


 なにその異名。漢字に変換したらファンシーだぞ。

全然あのピンク頭のイカれ男に似合わない。

 手強いのはそのピンク頭だけで、あとは楽勝だからライリ達は無事だろう。ちょっと安心。

メデューサの足留めもそう長く続かない。

また腹を切られる前に、魔法陣を見つけなくてはいけない。


「一緒に魔法陣探して」

「……」


 レオルドの肩を叩いてから、魔法陣を探した。壁に書かれているはず。先ずは外から探した。

壁に手をつきながら、石の壁を上から下まで見る。

 皆が足留めしているんだ。頼むから無駄にしないでくれ。

魔法陣、頼む。あってくれ。

ずんずん進んでいけば、レオルドを見つけた。

 壁に向かって剣を振り上げている。

その壁には、円が描かれていて中には文字が並び、模様が描かれていた。魔法陣だ。


「何やってんだ!!」


 突進して魔法陣をぶった切ろうとしたレオルドを止める。魔法陣は欠けたら使えないんだぞ!?


「お前なにやろうとしてんの!? あたしを帰すための任務だって忘れた!?」

「……帰したくない」

「はん!?」

「帰したくない」


 剣を退けて睨み上げれば、レオルドは言った。

 なに言ってるんだ、としかめていたらレオルドは顔を下げて唇を重ねてきた。

殴ろうとしたがひょいっと仰け反って避けられてしまう。


「何度も何度もってめぇ!!」

「そうやって威勢よく声を上げるとこがもっと見たい」

「はぁん!?」

「その黒い瞳で真っ直ぐもっと見てほしい」

「!?」

「その唇にもっと触れたい」


 あたしを薄い青い瞳で見下ろしたまま、告げてくるレオルド。

なにを言っているのか、わかりゃしない。


「もっと居てほしい。ここに居て。帰らないで」


 ぱちぱち、と瞬きをする。

 引き留められている?

ライリ達ならわかるが、レオルドに引き留められている……だと?

つまり、帰らせないために魔法陣を切ろうとしたというわけか?



最後の最後でなんつーサプライズ。






毒蛇に噛まれても毒が回らないエリ。比喩です。



一応レオルドは愛の告白をしたつもりが、告白なんてイベントに縁がなかったエリは微塵も気付かず。

そんなヒロインばっかしか書けないです、はい。


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