15 初任務
この世界の兵隊の仕事は、あたしの世界で言う警察や軍人の仕事をする役職。
アルトバスポリス国とタルドンマカール国が対立しているが、戦争の一歩手前状態。敵国の境界線に近くにあるモントノールクリムアなどの街は、襲撃されることもある。街にいる兵隊達は、応戦して追い返すらしい。
兵隊は国を守るため、国民を守るためにいる。
そんな兵隊の中に、特殊な任務を遂行するための部隊があった。
国を守るため、国民を守るための任務を遂行する特殊部隊。
そんな特殊部隊に、国の脅威になりかねないあたしは、異世界に送り返されるらしい。
「アリエール部隊で十分じゃないか?」
一応、モントノールクリムア支部基地の最高責任者に言ってみた。
巨乳の美女、サリエル支部長。
支部長室で二人きり。
「万が一を考えると、敵部隊が待ち構えている可能性がある。アリエール部隊だけでお前を死守することは難しいと判断した。念には念を、キングリーン部隊がつけば十二分だろ」
淡々とサリエル支部長は答えた。
あはは、そのキングリーン部隊に殺されそうなんだけどね。護衛どころじゃないぞ。
「キングリーン部隊がつかなければ許可を出せない。先伸ばしにするか?」
「……行くッス」
帰還を先伸ばしにするのは嫌だ。
「キングリーン部隊だけ"メデューサの森"に行かせて、魔法陣を持ち帰ってもらうのも一つの手だが。早く帰りたいならその足で向かった方が早いだろ」
「うん。お邪魔しましたー」
あの奇人変人狂人殺人部隊と共に行くことは決定事項だと諦めて、支部長の部屋から出ようとしたら引き留められた。
「ソレ、デュランからか?」
「え? あぁ、これか……そう。お詫びとして、ていうか異世界の記念品として買って貰ったんだ」
真上を向く睫毛の下の青い瞳が見ているのは、あたしの首についたチョーカー。
「アイツはお前を気に入っているのか? 気に入っていないのか?」
不可解そうに顔をしかめる支部長。そんなことをあたしに言われても……。
「デュランが気に入ったならば、引き留めたんだがな……。アイツは才能ある奴を見つける天才なんだ、気に入られれば部隊に引き抜く。お前には才能がないと言うわけか……ライリの報告では上達が速いと聞いていたのに」
つまんなそうに言う支部長に乾いた笑いが落ちる。才能あれば引き留めるって、はっきり言うなぁ。
「異世界の人間としては評価されたけど、自分の部隊に比べたら平凡、ということらしいーよ」
デュランが気に入らなかったのならば、あたしは平凡ってことだ。いいことだし喜ぶべきだぞ、これ。
奇人でも狂人でも殺人でもないってことだ。平凡万歳!
「でもプレゼントされたってことは、女としては気に入っていると言うことだろ?」
ニヤリ、と意地悪な笑みを支部長は浮かべた。それには頬の筋肉が痙攣する。ご、ご冗談を。
「金があり余っている上に、紅一点状態だと貢いでくる。お前を落とすためにな。男とはそうゆう生き物さ、力に金に権力を見せ付けて女を勝ち取ろうとする。性格はアレだが、いい身体だから最後に寝たらどうだ?」
「エンリョシトキマス」
ご、ご冗談を。
サリエル支部長はいたって真面目に言ったが、冗談じゃないぞ。
貢がれたからって股開くと思ったら大間違いだ。
「……紅一点って……サリエル支部長だって女じゃん。貢がれるの?」
「最初はな。だがもうヒトのモノだからな。手を出すおバカはいない」
「え。カレシがいるんだ?」
それは意外。口振りからして、他の男が手出しでこないくらい強そうだ。
「今ここにいる」
「支部基地に?」
「ここ」
サリエル支部長は笑顔で下を指差す。机。
……机の下?
「私の股の」と言いかけたところで、机の下から手が出てきてサリエル支部長の口を塞いだ。
ギョッ!?
驚いていれば、その手の主が顔を出した。物凄く気まずそうに表情を硬くしている副支部長のリンク。
サリエル支部長のカレシ!?
そのリンクが何故股……何故また机の下なんかにいるんだ、と推測したが答えに行き着く前に止める。
「お、オジャマしました……」
まじでお邪魔してしまった。
深々と頭を下げてから、支部長室から退室。
帰る前にとんでもないことを知った。あの二人昼間からイチャイチャ……けしからん。あんなムッツリ体型の美女を射止めなんて、リンクすげぇな……。
部屋の外で待っていたライリと目を合わせる。リンクより歳上であろう独身のライリに憐れみが沸いて思わず肩を叩いた。
「頑張っていい人見つけろよ」
「!?」
せめて結婚相手を見つけてやりたかったよ、ライリ。
あたしの護衛兼見送り任務は、深夜に出発することになった。
荒れ地ならば月明かりで進めると言う。ただ真っ直ぐ歩くだけだしね。
支部長達に別れの挨拶もなしに、出発。そんなの気恥ずかしいし、支部長も不要と言ったらしい。
あたしを含めたアリエール部隊四人と、キングリーン部隊四人、計八人。キングリーン部隊にはもう一人いるはずだったが、今回は不参加らしい。
「こんな人数で見送りなんて……嬉しいような、嬉しくないような……」
「言うな」
若干二名があたしに殺気を向けている。隣を歩くティズが刺激するなと制止した。
ライリは先導して、左右にティズとニックス。その後ろにキングリーン部隊が四人並んで歩いている。
守る対象であるあたしを取り囲う配置で行進するのだが、果たして必要あるのか疑問だ。
万が一鉢合わせしてあたしが拉致されるような事態になったら、若干二名があたしを仕留める気がする。
フィロとチャールズは、敵の手に渡る前に始末すればいいと考えているんだ。守るつもりも助けるつもりもないはず、うん。
「朝陽が昇る頃に"メデューサの森"に着くわよ」
「メデューサに遭いませんように」
メデューサにだけは遭いたくない。
あのニョロニョロエイリアンを思い出したら身の毛が弥立つ。
だが帰るためには、あの森に足を踏み入れなくてはならない。
仮眠は取った。夜通し寝ずに向かう。朝太陽が出たら、明るい森を歩いて"魔女の城の跡地"に向かう。
そこであたしを召喚した魔法陣を探す。
「……気に入ってるの? ソレ」
ニックスがつついたのは、あたしの首にぶら下がった石の薔薇。
気に入ってる。
気に入ってると認めたくはない。だがつけていないと、デュランが機嫌を損ねる恐れがある。帰る直前で殺されたくはない。
ニックスは何故か見る度、不機嫌な顔をする。
なに、薔薇嫌いか。
「エリ、疲れていないか? 大丈夫か? 背負うか?」
「いや、全然大丈夫だから」
ライリが振り返ってくる。ちょっと歩いただけだ。なにを過剰に心配しているんだろうか。
疑問に思ったが、ティズもニックスも落ち着きないことに気付いた。
あたしが帰る。もう二度と会えなくなる。
声すらも届かない。
うんと離れていく。
引き留めたくとも、引き留められない。ただ見送るしかできない。
あたしは顔を上げて少し欠けた月を見上げる。
寂しいけど、帰らなくちゃ。
父親が待つ世界へ。
────もう帰れる。
少し胸が高なった。
複雑だけど。それは彼らも同じかな。複雑。
藍色の空が明るくなるまで、感傷的になった。
この世界に来てしまった最初の日。殺戮現場から始まって心底混乱した。さらには拘束されて尋問されてわいせつ行為されて、人前で泣いてメデューサに襲われて連行されて兵隊に鍛え上げられて殺傷能力ある武術叩き込まれて魔術を覚えて友達が出来て……。新人いびりは食らうし、なんか男と食事してプレゼント貰っちゃったし。
この約二週間、すんごい体験したなぁ。
本当に楽しかった。
せめて、ライリ達だけでもちゃんとお別れを言おう。こうして楽しい思い出を持って帰れるのは、ライリ達のおかげ。
でもお別れをした経験がないせいで言葉が浮かんでこなかった。
上手い台詞は思い付かない。
考えているうちに太陽が空を明るくして、地上を照らした。前方にメデューサの森。
「────…」
ふと、異様な気配に気付いてあたしは足を止めた。
いや、気付いたんじゃない。気配の主が気付かせるために、わざと威圧感を放っている。
あたしが振り返れば、一同も振り返った。
振り返った先にいたのは、耳周辺を角刈りに剃られているピンク色の髪をした男が一人。その身体は華奢で黒のズボンを穿いた脚はほっそりしていた。
羽織っているのは、紫よりの紅い隊服────タルドンマカール国の兵隊の証。
「あっれぇえ?」
ブラウンの瞳は、真っ直ぐにあたしを捉えて、ご機嫌そうな笑みを浮かべている。
「いつからお前らの特殊部隊に、女の子が入ったわけ? めっずらしぃー。お嬢さんさぁ、強いのぉ?」
その細められたブラウンの瞳に、狂気が見えた。
最後の最後で────最も危ない人物と出会してしまったようだ。
"何か"飛んでくる、そう察知して咄嗟に後ろに下がるとチクリ。糸針にでも刺された痛みが首に走り、触ってみれば少しが血が出た。
「ぎゃははっ! 避けた! 伊達じゃないねぇ、お嬢さん」
ピンク頭の男の手に"何か"が戻る。そして姿を現した。
あたしの身長くらいの大振りな剣だ。
多分、魔力で作った魔剣。
自在に伸びるし、姿も消せる。
並みの魔力ではその魔剣は操れないと、ティズから学んだ。つまり彼はただ者ではないということ。
「んっ?」とピンク頭は目を見開いた。
「黒髪……黒目……中途半端な肌色……少女……うわっ、あっぶねー。殺すところだったぜ」
一人納得して笑い出したかと思えば、やけに長く伸びた爪で指差してきた。
「見ぃつけたぁ」
ついにエリを召喚した敵国登場。
ピンク頭は今後も絡んでくる予定です。
次回、色んな意味で
エリは襲われます。色んな意味で。
変人で奇人で狂人で殺人な人ばっかです。