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13 新人いびり




 月光だけが唯一の明かり。寮と食堂の間も薄暗い。

背中を向けた途端、衝撃をもろに食らい固められた地面に飛ばされた。


「いったぁ!? 不意打ちよくねぇぞ! おい!」


 背中にチクチク痺れる痛みが走っていても、堪えてあたしは起き上がりは相手を睨む。

もろに魔動波食らった、いてぇ!

やったのは、小柄な眼鏡野郎────フィロだ。


「二人して女子をリンチか? あ?」


 歩み寄りつつも、内心で焦った。

まずすぎる。

特殊任務専門の特殊部隊の隊員を、二人相手にするなんて。まじヤバイ。

キングリーン特殊部隊は特に。

 フィロ・マックリーン。

強力な魔術士の隊員。皆殺し大好き。

 チャールズ・ケイントン。

強靭な武力の隊員。なぶり殺しが大好き。

優秀で強い隊員だが、その人格も趣向も異常。実力を発揮すればサクっと人を殺せる力を持った狂人。

 仲間である隊員達は皆、キングリーン部隊を避ける。下手に関わると殺されるからだ。

ヤバイ相手にあたしは目をつけられた。


「自分の立場を教えてあげます」


 眼鏡を外したフィロの目は、人殺しの目────つまり、狂気に満ちている目。

狂気な目をした連中ばっか。呆れる。


「……何の話?」

「余所者が本当の隊員になったつもりでいるようだけど、監視された囚人です」

「図に乗るなってことだ」

「我々は味方ではないし、専属の騎士でもない。タルドンマカールの手に渡らなければ……いいだけですから」

「死んでも構わないってことだ」


 チャールズは、ケタケタ笑った。

つまりは図に乗っているあたしを、死んでも構わないほどわからせるつもりらしい。

絶対に昼間の喧嘩が原因だ。

帰る直前で自分で死亡フラグ立てちまったぜ……うわぁ。

 ライリ達は酔っていて寝ている。仲裁は望めない。

やべーどうしよう。

 眼鏡のレンズを拭いているフィロを横切り、チャールズがあたしに近付く。


「要は昼間の仕返しだろ。喧嘩売ったのはお前の方────…」


 気丈に振る舞おうと挑発してみようとしたが、途切れた。

胸に衝撃を食らい、背中から倒れる。

「かはっ!」と押し潰された肺から酸素を吐き出す。胸元を殴られた。

いきなりかよ。くそ。


「序の口だぞ」


 チャールズはニヤニヤ笑みを吊り上げて、自慢の極太腕を振り回す。

 起き上がり、すぐに戦闘体勢に入る。

もう一度放たれた拳を横にずれて避けてから、その腕の関節にパンチを打ち込む。

曲がった腕の手首を掴んで捻ろうとしたが、逆に捻りあげられた。へし折られる前に、地面を蹴り宙に飛んで顔目掛けて蹴ろうとする。


  バァンッ!


 蹴りが決まる直前に魔動波を食らい、また飛ばされた。

全身にさっきのパンチを受けたような痛みが走る。

いってぇ!! 二対一かよ畜生!

 起き上がらないまま腕を振り、魔動波をチャールズに食らわせる。

本当は起き上がる気力がなかった。

 チャールズが退くと、掌を向けるフィロが確認出来る。だめだ、避けられない。

魔動波が放たれたと理解できたが、動けないあたしはくる痛みを覚悟した。

 しかし、それはくることはなかった。

スッとあたしの前に現れた男が、蜃気楼のようにぼやけて視えるその魔動波を、細い白い刃で切り裂いた。

 ふわり、白銀の髪が揺れる。

目の前に立つのは、レオルド。

レオルドが……あたしを助けた……?

レオルドの登場に驚いたのは、あたしだけではない。フィロとチャールズが明らかに動揺していた。

クルリ、と剣を回したレオルドは、剣先をフィロに向ける。


「暇ならオレの相手してよ、退屈してたんだ」


 一体どんな表情してその言葉を口にしたら、同じ部隊の隊員が逃げるのだろうか。

背中を見ていたあたしはレオルドの表情は見えなかったが、見ていたフィロとチャールズは返事することもなく、脱兎の如く背を向けて走り去った。

 な、なんじゃありゃ……。

同じキングリーン部隊なのにどうした。ここの支部で浮いている部隊の中でも、レオルドは浮いている存在なのか?


「……」


 レオルドがあたしを振り返る。

初めて会った時と同じで、感情が見当たらない表情。でも暗いから、あの嫌な色は見えない。そうするとなんだか普通な感じだ。


「ありがとう……?」


 レオルドがあたしを助ける理由なんてないと思うが、親切で助けてくれたと解釈してお礼を言う。

ただ壊すオモチャを横取りしたわけではないことを祈る。

 レオルドは黙ったまましゃがんだ。首を傾けて横たわるあたしを見下ろす。なに見てんだ、とあたしも見上げた。

数秒か十数秒、まるで見つめ合う。


「……どうかした?」

「重症?」

「剣でつつくな! 刺さるだろうが!」


 口を開けば、白い剣でつつかれた。身の危険を感じて起き上がる。身体が痛いが、骨は折れていなさそう。


「なんで……お前ここにいんの?」

「お前こそ……なぁんで、一人なんだよ」

「あー……ちょっと水を取りに」


 地べたに座ったまま、食堂を指差して答える。見張りが酔い潰れたから一人なんて言えない。なんらかの罰を食らいそうだ、アイツら。

 まだ立ち上がる気力がでなくてそのままでいたら、隣にレオルドが腰を下ろした。視線の高さが同じくらいになる。……何故座った?


「……何してるの?」

「月見」


 白くて長い指を、レオルドは真上に向けた。顔を上げてみたら満月。

それが唯一の明かり。

だからたくさんの星が見えた。

その満月の周りには薄っぺらい雲が被っているようで虹色が浮かんでいる。

 なるほど、あれを観測していたら騒ぎに気付いたってわけか。

月からレオルドに顔を戻すと、目があった。いや、合っていない。でも月ではなく、あたしを見ている。

あたしの目より下、胸元よりは上。どこ見てんだ?


「レオルド……?」

「まだ立てないのか?」

「ん、んー。立てる」


 呼べばレオルドの視線はあたしの目に向けられた。いつまでも座っていても仕方がないから、立ち上がろうとしたら掌が差し出される。

 キョトンと、その指先が長い掌を見た。あたしがいつまでもその掌を掴まなかったため、レオルドはあたしの腕を掴んで立たせた。


「痛いっ……冷てっ!」


 痛みが走りよろけた拍子に直に触れたレオルドの手が冷たくて思わず手を引っ込める。


「冷たすぎだろ! おい!」

「いつもだけど……」

「この季節でこの体温ってヤバくね……?」


 雪ん中を歩いてきたみたいに手が冷たい。氷かと思った。

レオルドの右手を両手で揉みほぐしてみる。少しは体温が上がるかと思って。

 モミモミとしているうちに、この行為に意味なんてなくね? と気付いてパッと放す。

重力に逆らわず落ちる左手。あたしがあっためる必要はない。


「水だ水」

「……」

「……なんか用?」

「水」

「……」


 食堂に向かって歩くと、何故かレオルドもついてきた。目的は一緒。

明かりのついていない食堂に入れば、月光が差し込む入り口に一番近いテーブルの上に飲み水の入ったポットとコップが並べてある。ポットとコップを持っていこう。


「部屋に持っていくのか?」

「うん」

「……何故コップを二つ?」

「ライリ達と飲んでるんだ」

「……ふぅん」


 コップは二つで限界。まぁ同じコップを使ってもらおう。

そのまま部屋に戻ろうとすれば、レオルドはコップを一つ手に取ると、あたしが持ったポットを奪った。コップに水を注ぐと飲みながら食堂を出る。

 なんだ、持っていってくれると言う意味か。

どうもこの異世界の人間は、英国人並みの紳士らしい。ライリ達もやるんだよな、椅子を引いたり重い物を持ったり。

イケメンはすることが違うのぅ……。

 レオルドはあたしの部屋を覚えていたらしく、あたしの部屋のドアの前で止まった。手が塞がっていたので、一つのコップを加えてから左手でドアを開ける。

 部屋を出る前と変わらない光景があった。

ニックスは壁に持たれているし、ティズは床に寝ているし、ベッドではライリが豪快なイビキをかいている。

コップを床に置いてからポットを受け取ろうと振り返ったら、レオルドが怪訝に顔をしかめていた。


「……酔い潰れてる」

「見ての通り」

「……寝るスペースなさそうだけど」

「ライリを蹴り下ろすからご心配なく」

「……男と寝るんだ?」

「酔った父親と毎日並んで寝てるから慣れてる……でもイビキが煩いからティズの部屋借りるかな」

「……ふぅん」


 ポットを受け取る際、また手に触れたがやっぱり冷たい。冷え性なのか。

 そう言えば、レオルドの異名である"毒蛇"の由来を聞いた。

蛇のように柔軟な動きをして、相手に噛み付く。噛み付くって切るって意味な。噛まれたら最期、致命的な猛毒のような一撃で仕留める。

蛇ってあったかい印象ないなぁ、としょうもないことを思った。


「ありがと」

「別に」

「いや、これじゃなくて。最初に会った時、殺さないでくれてありがとう」


 礼を言うと意味がわからなかったのか、レオルドは目を丸めた。


「まだ確証はなんだけど、自分の世界に帰れそうなんだ。さっきも助けてくれてありがとう。じゃあ」


 笑って伝えてからドアを閉める。

なにかレオルドが言いかけた気がするが、ドアを閉めても声が聴こえなかったので床にポットを置く。

それからニックスの足を越えて、ベッドに腰を下ろす。

 ティズの部屋を借りて寝なくても、疲労で熟睡出来そうだったため、ライリを蹴り落としてベッドに沈んだ。




 翌朝は、三人とも二日酔いで顔色が悪かった。だから午前は召喚魔術と移動魔術の勉強をすることになり、午後は剣と銃の稽古に変更。

帰るためにはその魔術が必要なため、せめて移動魔術も出来るようにした方がいいと言われたから練習した。

あたし自身で出来なければ、魔法陣を持ち帰ってから策を考えるとのことだ。

その魔法陣が一番必要で、あるかどうかは確証ないんだけどね。

 昼飯の時間も、三人は二日酔いが辛そうだった。食事も進んでいない。


「大丈夫かよ、お前ら」

「飲み過ぎたな……久しぶりに」

「そうね……」

「はい……」

「ティズは一杯しか飲んでないけどな」

「お前は一杯も飲んでなっるうぉ……!」


 ティズが声を上げて自滅した。

そんな必死に吐き気を堪えるティズを笑ってやれば、ニックスも笑う。ライリも弱々しくだけど笑った。


  ドュドュッ!


すっかり慣れた喧騒の食堂に響いた騒音は、あたし達のテーブルのすぐ横で鳴る。それを合図に食堂は静かになった。

テーブルとテーブルの間にある二メートルほどの通路で、大男である隊員二人が何かの魔術で吹き飛ばされたようだ。

 吹き飛ばしたのは何事もなかったかのように悠然と歩く────デュラン・キングリーン。

 相も変わらず、黒いYシャツを前開きにしていい身体を見せびらかしている。それを一瞥してから、自分の手元に視線を戻す。

キングリーン部隊に関わらない方がいいと昨日学んだもん。

 あーん、とパンを食べようと口を開きかぶり付こうとしたその瞬間、後ろから首を掴まれ引っ張られた。

そして手に持っていたパンはこんがり焼けた手によって奪われ皿の上に戻される。その手の主は十中八九、デュランだ。


「借りるぞ、ライリ」

「は? 借りるって…」

「昨日ウチのもんがやらかしたお詫びだ」


 ウチのもん。フィロとチャールズが昨夜やったことは、ライリ達に話していない。

話される前にあたしは立ち上がり、デュランを見ようとしたが、首を掴まれたままなので振り向けなかった。なんだこの体勢。


「お詫びなんていらねーから、放せよ」

「行こう」

「聞いてる!?」


 思い切って手を振り払おうとしたが、目があったライリ達がやめろと言わんばかりに小刻みに首を振る。

 まるで首をへし折られるから大人しくしろ、と視線で言っているようだった。

 片手でガッシリと掴まれた首は、容易く彼には握り潰せるのだろうか。首を握り潰される自分を思い浮かべたら、抵抗ができなくなってしまった。


「ちゃんと返してくれよ。デュラン」

「おう」


 あたしを助けることができないくらい弱ったライリが、憐れみの目で連行されるあたしを見送る。

あとで銃を持ったら、撃ってやる、絶対に。

 あたしはデュラン・キングリーンに首を掴まれたまま、自動で道を開けた人ごみの中を通って食堂を後にした。




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