12 酔っ払い
ここのボスであるサリエル支部長は首を縦に振ったが、正式に任務として動くには色々準備があるため時間がかかるそうだ。その辺は難しいと思ったので、聞き流した。
それは上の人が勝手にやってくれればいいよ、うん。
「酒飲むぞ!!」
妙なノリで言い出したライリは、やっぱり父親っぽいと思った。
酒を飲む話にボケーとしていたら、何故かあたしの部屋に場所を移された。
「ちょ、やめろ。あたし未成年なんだけど」
「あれ、アンタそんなに若かったの?」
「え? あたし二十歳に見える?」
「見ないわよ」
「こっちの世界は、十六になったら成人だ」
「まじかよ」
酒を注いだジョッキを持たされて拒否する。あたしの部屋で飲むことは百歩譲れるが、父親以外の男が酒を飲み更には飲み慣れないあたしが酒を飲むなんて悪い予感しかしない。
特に渡してきた張本人であるニックスが絶対になんかしてくる。
「あたし十七。ティズは?」
「オレは十八だ」
「私は二十六歳」
「オレは三十一歳」
「初めて年齢知ったな……」
一週間ちょい一緒にいたと言うのに、ここで初めて年齢を知った。
でも年齢を知ったところでどうもしないんだけどね。
「郷に入りては郷に従えだ! さぁ飲め!」
「うええっ」
「ほら! 乾杯!」
「乾杯」
ライリに強制させられて、ジョッキを重ねられた。
郷に入れば郷に従え。この世界では成人でも、飲みたくない。
ライリがゴクゴクと飲み終わったため、あたしは持たされたジョッキをライリに持たせた。
そしたらニックスにまた酒を入れたジョッキを渡されてしまう。
飲まないっつうの!
ニックスを睨めば、楽しそうにニマニマしていた。酔わす気だコイツ!
絶対飲まないでいよう。
大丈夫、ライリとティズも同じ部屋にいるんだから……────。
「潰れるの早すぎだろう!?」
ティズが潰れた。たった一杯で。
床にゴロンと横たわってしまったティズは、顔を真っ赤にして眠っている。
「オレの酒が飲めないのかぁあ!!」
「ぐおっ!? 苦しいわ!」
硬い筋肉質の腕で首を絞めてくるのはライリ。すでに出来上がっている。
もう二杯は飲み干しているから、潰れるのも時間の問題だ。
やばい、やばいぞ。ニックスがニマニマしてるぞ。獲物を捉えた目であたしを見ているぞ、ひぃー!
「もう少し……お前を育てたかった……」
アルコールのせいで顔が赤いマッチョが、弱々しい声を出したので見上げた。
「お前……は……そんなちっこいのに……」
「ちっこい言うな」
「魔術も剣術も武術も……上達が早く……お前は…どこお前は……いい兵隊になると……」
ライリの涙腺崩壊しそう。
「こんなに早く帰るなんて! パパは許さんぞー!!」
「ぐおー! 痛い! 痛い痛いよパパ!!」
「誰がパパだ!!」
「アンタが言ったんだけど!?」
モリモリの筋肉に抱き締められる。痛い。窒息しそう。
ミシ、と言ったぞあたしの身体。
ライリの怪力に敵うわけないので、じたばたもがくだけしか出来ない。
キャラ崩壊じゃないか。
傍観しているニックスが大笑いしてるぞ、おい。助けろやオカマ!
「うおおぉ! エリー!」
「エリだから! 泣くなよ怖い!」
「うおおおおおぉ!」
泣き声が雄叫びなライリに羽交い締めにされるあたしは恐怖を感じた。
怖い! 怖いからな!
酒って怖いな、と思った。
父親も酒が入ると加減が効かない人だった。……ひたすら苦しい。
いつかバキッと音がなるかもしれないぞ。
「うぉおお……エリー……」
「エリだから……」
二時間の格闘の末、ライリは潰れてやっと解放された。
とりあえずベッドに転がしておく。ふぅ、疲れた。
このままベッドに沈んで寝てしまいたかったが、ニックスがまだまだ余裕そうだったため、起き上がり床に寝ているティズに枕をやる。
「娘みたいに可愛がっていたからね。こんなに早く帰ってしまうなんて、悔しいんでしょうね」
ニックスは何杯目かわからない酒を飲みながら言った。ライリのことか。
娘がいても可笑しくない歳だ。独身らしいけど。
世話焼きなライリは、本当に可愛がってくれた。育てるような感覚だったんだろう。
まだ育てている途中で、あたしは帰る。
ニックス達はもう少し時間がかかると思っていたらしい。もう帰れると喜ぶ反面、ちょっと申し訳なく思った。
「父親が心配してなければ、もう少しいてもよかったんだけどな……」
「大切なのね」
「唯一の家族だからな」
離れて大切さを思い知った。一番近くにいてくれて、ずっとそばにいたたった一人の家族。
帰ったら、親孝行しよう。
「前から思っていたんだけど……母親は何処に行ったの?」
「さぁ? 父さんに訊いたら、物凄く辛気臭い顔をするから訊かなくなった。家には写真もなかったから、顔も知らん」
「寂しくないの?」
「んー……母親がいて羨ましいなぁと思うことはたびたびあるよ、同い年の子が母親と仲良くしている光景をみるとね。でも、父親と二人きりが当たり前だから、それで今まで育ったから、別にって感じ」
父親の話はよくしていたから、ニックス達はあたしが父親と二人きりで生活してきたことを知っている。
ここでニックスは疑問をぶつけた。あたしは平然と返す。
母親がいなくて寂しくないの? なんて訊かれたのは、本当に久しぶりだ。小学生以来かな。
授業参観に誰も来なかった時、担任の教師に訊かれたのが最後だ。答えは同じ。
「十分な愛をもらっていると感じて育ったのね」
ニックスは微笑んだ。
心からそう思っているような言葉。
「うん、だから親孝行しないとな。帰ったら。……その前にお世話になった礼をしたいんだけど……あたしには何もないんだよな」
「あら、お礼? 私なら身体で支払ってくれれば」
「願い下げだ」
ほのぼのしている時に、さりげなく言ったつもりだろうが流されないぞ。このオカマめ。
「あたしなんかとやりたいわけ? なにがいいんだかわかんない」
「結構可愛いわよ、アンタ」
「褒めてもやらせん、諦めろ。どうせまた賭けでもしてるんだろ? 新人女子隊員を誰が先に手を出すかって」
「……ちっ!」
「図星かよ!!」
ああ女ってまじ危険。なんて下品な野郎ばっかなんだ! たっく!
漸くアルコールが回ってきたのか、ニックスのテンションが異常になってきた。いや、いつも通りなのかな。
「思い出にゲイとやっちゃいましょうよ」
「酷い思い出になる」
だめだ、異常だ。
「寂しいこと言わないでよん、もう! 帰ったら二度と会えなくなるのに、エリがいた証すらなくなるのよ?」
帰ったら二度と会えない。
あたしがいた形跡はない。
元々この世界に存在しない人間。あたしがこの世界に残すものは何もない。
「それでいいんじゃない? 元々、存在しない人間なんだしさ」
ニックスにそう返したら、上機嫌に浮かべていた笑みが消えた。
がばっ!
いきなり床に沈んでいたティズが、ゾンビのように飛び起きたので心臓が飛び出すほど驚いた。
「なに言ってんら! そんらいしないにんれんらないっ!!」
くわっとつり目で睨んでくるが、その顔は真っ赤で目は潤んでいるし、舌が回っていない。つまり酔っ払いだ。
「ここにいるらろ!!」
ぺちぺちとベッドに胡座をかいたあたしの足を叩く。ここにいるだろ。
「もっといてもいいらないかっ! なんれっ……もう……いくんらっ……!」
うるり、つり目から涙が落ちそうになる。なんだ、泣き上戸か?
「好きらっ!!」
コクられただと!?
「ともらちとしてら、かんちらいすんなよ」
酔っ払いに釘刺された。
友達として好き。はい、勘違いなんてしてないぜ。
「らからもっといろ! なにオレからまつつ教わって、にれんらよっ! オレより上手くなりやらって……くそう! 天才なんて嫌いら!」
いきなり愚痴に変わった。
なんだ、あたしが魔術を上手く使いこなせていることに妬いていたのか。
「ちりのくせに、なんれ強いんらよ……ましれ、ありえねぇよ……」
きっとチビのくせにと言いたかったのだろうが、舌が回らなかったことで余計酷い悪口になった。
塵、だと?
「れも、お前、尊敬する……」
お? 褒め言葉?
普段ツンケンしていたティズからしたら、意外すぎる言葉だ。魔術を習得しても、悪態をつくだけだった。
「短気れ、喧嘩っぱやいけろ……かろく思いれ、異世界なのに、無理矢理入隊させられたのに、にれないれ……向き合って……すろいと、思う……」
とろん、と眠たそうに細められたつり目。それでもティズは言葉を紡ぐ。
「……仲間らろ……もっといてくれよ……エリ……」
悲しげに見上げてくるティズに、不覚にもキュンとしてしまう。
あれ、あたし、引き留められてる?
「引き留めちゃ、らめらって……わかってるけろ……仲間として……居てほしい……」
ティズは涙を浮かべて俯くと床を見つめた。
「れも……エリは父親の元に……帰らなきゃいけない……大切な、かろくら待ってる……だから、帰るななんて……言えない……引き留めちゃ、らめら。居てほしいなんて、言っちゃらめらぁぁ……」
いや、言っちゃったよ?
ばっちりあたしに向かって、ここにもっと居ろって言ったぞ、お前。
ぶつくさ言うだけ言うと、手探りで見付けた枕を掴み、ティズは顔を埋めて死体のように大人しくなった。所詮、酔っ払い。
言い逃げされた。
ポリポリと頬を掻いてから、ニックスに視線を戻す。ギョッとする。
ニックスは壁に持たれてクーカーと寝息を立てていた。
ティズの相手をしている間に、眠ってしまったようだ。呆気ない。
あたしの部屋に三人の酔っ払いが、部屋の主のあたしを置いて寝やがった。
何しに来たコイツら。
呆れて溜め息をつきつつ、明日はきっと残ったアルコールのせいで、二日酔いになるであろう三人のために水を取りに行くことにした。
酔いがさめないまま寝たら、二日酔いになるらしい。水分をいっぱい飲んでから寝ると二日酔いにならないって、父さんが言っていたっけ。
部屋を出て灯りのない寮棟の廊下を歩いて気付く。
仲間の前にアイツら、監視役なのにな……。自覚が足りないと呆れる。
夜の基地は明かりがほとんどついていないのか、薄暗い。夜勤以外はもう寝静まったようで、昼間と別の場所みたいに感じる。
こうして一人行動するのは初めてだ。
就寝時とシャワー中以外は、ずっとあの三人といた。まぁトイレも違うけども。
シャワー中はティズが外でずっと待ってたし、毎日三食一緒に食べた。
たかが一週間でも、ずっと一緒にいた時間は長い。
友達か。
こんなにも長い時間、一緒にいた友達は初めてだ。
お泊まり会、なんてイベント生まれてこのかた参加したことがない。中学校に入れば部活で遊ぶ相手がいなくなったし、高校だと不良と喧嘩三昧。
あれ? あたし友達いなくね?
とんでもなく悲しい事実に気付いてしまった瞬間。
学校であたしを番長と慕う野郎共は、友達というか下僕というか。
友達実質ゼロ…!?
いや! 待て! ティズがいる! ティズが友達だ!
ついさっき認めた!
あ、でも、帰ったらもう会えねぇ……。
ティズもライリも、引き留めたいのか。ニックスもかな。
寂しがってくれることは、ありがたい。でも、引き留められても困る。
あたしは帰りたい。
帰らなくちゃいけないんだ。
一人残してしまった父さんのところに────。
あの三人はそれを知っていて理解している。だから酒に酔っても、言わなかった。まぁティズは言っていたけど。
引き留めていけないと、ちゃんとわかっている。わかっているから、引き留めたりしないだろう。
素人相手に容赦ないニックスの剣術の稽古、怒声が飛んだティズの魔術講座、ひたすら痛かったライリの武術の稽古。
鬼畜だけど教えるのが上手くて、なんだかんだ楽しかった。エンジョイしたな、異世界ライフ。
しみじみ思いながら、やっと帰れるんだぁと実感する。
本当は確実に帰れるとはまだ決まってないのだが、あたしが帰れると予感してるんだ。
僅かな時間でなにか恩返しできないかと考えてみた。
恩返しとか、縁がない行事だ。
ふむぅう。
「ん?」
渡り廊下を行き、食堂から飲み水を取りに行こうとしたが、人影を見付けた。
まるであたしを待ち伏せしているように立ちはだかるのは、キングリーン特殊部隊のフィロとチャールズ。
月明かりで微かにしか見えなかったがシルエットからしてその二人だと判断できる。したくなかったが。
ぱちくり、と瞬きしたあたしは、クルリと背を向けて踵を返した。
アリエール部隊が酔っ払ってエリに絡むシーンが書きたかった回。
そんなこんなで、エリは帰る方向へ。