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10 喧嘩買った




「やんのかゴラァ!!」

「やってやんよこら!」


 男だらけの兵隊が腹を満たしに来る食堂は、夜になるとアルコールが入るせいか喧嘩が勃発する。喧嘩が起きない夜の方が珍しいくらい頻繁に起きるため、日常の一部だ。

 しかしこの喧嘩は朝に起きた。

そしてお決まりの台詞を吐いたのはあたし。あたしにとって非常に珍しいことに、一週間ぶりに喧嘩を買った。つまりは一週間大人しくしていたのだ。

オカマに剣を叩き込まれて喧嘩を買う気力も、喧嘩をやる体力もなく一週間も喧嘩をせずにいた。こんなに大人しくしていたのは、初めてだ。父親が知ったら褒めてくれるぞ。

 一週間耐えたあたしは体力が戻ってきたので、元気溌剌、ムカつく視線を向けてくる一人の野郎と睨みあった末、喧嘩を買うこととなった。


  ダンッ!


 厨房の中で、肉をぶつ切りにする包丁がまな板に突き刺さる。握っているのは厨房の……というか食堂の支配者。

黒い髭をしているがシワがくっきりあるぽっちゃり体型のおっさん料理長。

この人を怒らせると食堂出入り禁止になるから「表出ろ!」と喧嘩は外となるのだ。


「おい! やめろ!」


 ティズが声を上げた気がしたが、他の男達が掻き消した。

ライリ達が付きっきりで絡めたなかった新人女性隊員のあたしが、ついに喧嘩を買って大盛り上がり。

「やれやれ!」とヤジを飛ばしてくる。それを受けながら、あたしは渡り廊下で喧嘩相手と向き合った。


「女だからって手加減すると思うなよ!」

「ハン! 手加減? ばっかじゃねーの」


 女だからと油断している相手を叩きのめすことが好きだ。

歳が近いくらい若い青年。ライリには及ばないが、ボタンがつけられていないYシャツの中は逞しい胸板。二の腕もこりゃまた太い筋肉がついていた。

 一撃食らうとマズイな。

宣言通り、手加減なしと言った拳を振り上げられた。それを横に身体をずらして避けた後、その腕にしがみつく。猿みたいに太い腕に抱きつくようにして、足を振り上げ顔面に向かって膝を振り上げる。

 鼻をへし折る勢いで右膝を叩き込む。もろ入った。

それだけでは踏みとどまって倒れなかったので、勢いでその腕に跨がるように回ってから、左足の踵をこめかみに叩き付ける。

 今度こそ倒れた。

両足で着地。体格の差があっても、頭に衝撃を受ければ楽チン。

小柄の方が機敏に動けるし、大きな相手を潰すのは気分がいい。

あースッキリ。


「まじかよ!」

「やるじゃねぇか小娘!」

「小娘言うな! ぶっ飛ばすぞこら!」


 巻き起こる歓声に、小娘呼ばわりされて怒鳴る。次はお前を潰してやろうか! と睨み付けた。

そんなにあたしが勝てたことが驚きか。わぁぎゃあ朝から騒ぐな。

賭けでもしたのか、頭を抱えて一人の兵隊がニックスに紙幣を渡している光景が見えた。

ちょ、分け前くれよ。


「……ん?」


 食堂に戻ろうとしたが、不意に耳障りだった歓声が止んだ。不気味なほど、ピタリと一時停止ボタンが押されたみたいに静まり返る。

食堂の窓から身を乗り出す野郎共の視線はあたしから外れている。

あたしが伸した野郎の方角。

 振り返ってみれば、ティズと身長が同じくらいの青年が立っていた。

薄い茶髪が眼鏡を隠しているが、表情を作っていないことはわかる。

 その青年があたしに掌を向けた。

微かに掌が震えた瞬間、何かが向かってくる気配が。

それが魔力を飛ばした魔術、"魔動波"だと理解したが、反応が遅れて避ける動作に移れなかった。

 だけれど、間一髪。

ライリが突っ込んであたしと一緒にその魔動波から逃れられた。


「チャールズの喧嘩だろう! 何故お前が手を出す!?」


 あたしを腕の中に閉じ込めたまま、ライリは青年に怒鳴る。そうだそうだ! なにいきなり物騒なもんをぶっ放しやがるんだこの眼鏡!


「図に乗ってるみたいですから……そちらの調教が甘いせいでしょう。思い知らせてあげますから、退いてください。退かなくても構いませんが」


 掌を向けてくる眼鏡野郎は、ライリがあたしから離れることを待つ。

 バカにしている。

女だからって訳ではない。貶している。


「……調教だぁ? やってんよ!」


 不良だって貶されれば、飛び掛かるに決まっているだろうが。

ライリを押し退けて、あたしは眼鏡野郎と向き合う。


「止せ! エリ!」

「……自分の立場を理解してないようですね」

「ぶっ飛ばす!」


 ライリに止められる前にあたしは駆け出す。

 また眼鏡野郎の掌が震えた。

あたしは左手を振り上げて、眼鏡野郎と同じ魔動波をぶちこむ。


  バァアン!


魔力と魔力が衝突して爆風を作り出した。双方消失。

 これは至極簡単な攻撃魔術だ。

初歩的な攻撃魔術で、一発で習得できた。

見たところ、眼鏡野郎は魔術専門の隊員だ。さて、捩じ伏せることが出来るか? 初心者のあたしが。

挑発的に睨み付けて、相手が動くのを待った。

 また眼鏡野郎が魔動波を放つ。

もう一度同じくぶつけた。


「やめろっつーの!!」


 ティズの声が聞こえたかと思えば、頭に衝撃を食らった。

これはあれだ、ティズの平手だ。この一週間、食らい続けた平手。


「何すんだこら!」

「何度も何度も忠告しただろうがこのぉ!」


 いつの間にか隣に来ていたティズが喚き散らしてまた頭を叩こうとしたから避ける。

なんだよ、何の話だ。

 頭を抱えたまま見上げていたら、辺りの空気が変わった。食堂から顔を出す野郎達の緊張感が伝わる。

それだけが原因ではない。

空気が重く軋むのは、突如現れた威圧感のせいだ。

 眼鏡野郎に目を戻せば、あたしも緊張で強張った。

一週間見ずにいた顔が並んでいたのだ。

 こんがり焼いた肌色、黒い髪、冷たい金色の瞳。デュラン・キングリーン。 大理石のような白い肌、白銀の髪、嫌な光を放つ薄いブルーアイ。レオルド・アッシュフォルド。

あたしに向ける眼差しは、躊躇なく人を殺すことが出来る。

 今気付いた。

あの眼鏡野郎もあたしが蹴りをお見舞いした野郎も、デュラン・キングリーンについた隊員だ。

 キングリーン部隊。

アブノーマル集団だ。

絶対に喧嘩してはいけないと忠告を受けていた要注意人物達。そいつらと喧嘩をしてしまった。ハメを外すとろくなことにはならない。

やべー、どうしよう。


「余計なことすんじゃねぇよ! フィロ! オレが叩きのめそうとしたのに!」

「逆に叩きのめされたくせになにを言うんですか、チャールズさん」


 鼻血を出すチャールズが眼鏡のフィロと口論するのを見ずに、デュランはあたしに金色の目を向ける。暑い太陽の陽射しを浴びていると言うのに、冷や汗が落ちた。

 レオルドもあたしに目を向ける。その眼差しだけでも、殺されそうなんだから見ないでいただきたい。


「なかなかやるな、エリーゼ」

「エリだっつうの!」


 デュランは口元を吊り上げて笑って口を開いた。だからあたしは名曲の名前じゃないっつーの!

思わずツッコミを入れた。

 おいおいなに言ってんだよ、って食堂で息を潜める隊長達の心の声が聴こえた気がする。

デュランの恐ろしさを知ってるんだね、わかるよ。うんうん。


「来たのは昨日だっけ?」

「……一週間前だけど」

「ほーう。……さて、飯食うか」


 怒った様子がないが、いつ剣を抜いて斬りかかってくるかわかりゃしない。

食堂の前であたしとデュランだけが会話をしている。なにこの状況。困惑しつつデュランを見ていれば、彼は興味津々に自分の部下を振り返った。

 肌を露出している腹を擦るとデュランは食堂に歩き出す。デュランのために意気地なしの野郎共が道を開けた。

唸ってあたしを睨んだチャールズも、肩を竦めたフィロも後に続く。

 レオルドだけが、立ち尽くしてあたしを見た。じっと射抜くように嫌な色をした目で見てくる。

奇怪な瞳で見るな。


「なんだよやんのか……こ、ら…」


 思わず口癖を口から出してしまったが、レオルドとやり合うことに怖じ気づいて声を潜める。


「……フン」


 そんなあたしを嘲笑うように鼻で笑ったレオルド。

カチン、ときてやってんよ! と怒鳴ろうとしたが、ティズに災いを招く口を押さえ付けられた。

 レオルドはスタスタと遅れて食堂に入っていく。

わらわらと他の隊長達が食堂を後にする。避けすぎだろう、お前ら。

関わりたくない気持ちはわかるが……。


「……案外フツーだな」

「どこがだ」


 口を解放されたので呟くと、ティズに責めるような目を向けられた。


「歯向かったら即切り捨てられるのかと思った。雰囲気ヤバヤバだけど」

「食事を優先しただけだ。たっく、喧嘩買った初めての相手がよりにもよってチャールズかよ」

「だってウザいんだもん、視線が」

「アンタが湿った髪のままでいるからよ。男誘ってるようなもんよ」


 呆れて溜め息をつくティズの後に、いつの間にか食堂から出てきたニックスが言った。


「男たらしみたいに言うなだし。つうか分け前寄越せ、賭けしただろ」

「私のお金よ」

「誰のおかげで手に入れられたと思ってんだこら!」

「アンタの服は私が買ったのよ」

「ぐぅ……!」


 賭けで儲かった金を奪おうとしたが、それを言われては何も言えない。

一文なしのあたしは、まだ一ヶ月も勤めていない。そもそも仕事すらしていない。ただ飯食って叩きのめされて魔術で遊んでいる日々を過ごしている。

メッチャ優遇だ。


「キングリーン部隊みんの、初めてだ。一人足りないみたいだけど」

「この時間に来るってことは任務が入ったってことよ。任務に出掛けるのよ」

「ふぅん……」


 キングリーン部隊はお仕事か。

あたしの子守りについているアリエール部隊は、暫くお仕事は回らなそう。

 ……やっぱりあたしには給料でないのか。

別にタダ働きされているわけではないので怒らないが、一応仕事に就いたなら欲しいかも。

なんて考えていたら、ティズとニックスが顔を近付けてきた。


「よくやった」

「やるじゃない」


 身構えたら、予想外に誉め言葉をいただけた。

キングリーン部隊に敵対心を抱いている二人は、チャールズをボコしたので機嫌がいいみたい。

ライリだけは例外で、チョップを食らうはめとなった。いてぇ。

 今日は午前はライリから武術の稽古。午後は魔術とメデューサの魔女調べ。




 メデューサの森の中に建てた城に住む魔女について、記された書物。一番近い街だったため、度々魔女はこの街に足を踏み入れたそうだ。

食料を買ったり、怪我人や病人の治療をしに来たらしい。

男でも魔女と呼ばれたが、"メデューサの森の魔女"は女だったと記されていた。

書物によれば百年の間、魔女は目撃されたが今から百年も前に死亡。聳え立った城は消えた。

 城の周りには魔力の象徴である薔薇が咲き誇っていたらしいが、全部摘まれたという。魔女の残した魔術を使うため、魔力を上げる薔薇を人々は手に入れた。

薔薇を摘んだせいか、メデューサが現れた。そこで初めてメデューサの存在を知ったようだ。

ニックスが言ったように、メデューサについて憶測も書かれていた。

魔女が作り出した怪物、魔女本人、魔女の魂が薔薇を摘んだことで怒り姿を成した姿。

メデューサの本体は誰も見たことがない。百年前の書物さえにも書かれていなかった。

けれど本体の目を見ると石になると書いてある。誰も目撃者がいないのにね……。

 ライリとニックスが読み漁った結果、異世界関連はなかったらしい。

つまり手掛かりなし。


「……一週間かぁ……」


 と溜め息をつく。

一週間と三日。父親は眠らずに探し回っているかもしれない。そっちの世界にあたしはいないのに。

 自分ではなにも出来ないのがもどかしい。溜め息しか出ない。

父さん、ちゃんと寝ているだろうか……。心配だ。


「そう暗い顔をするな! 必ず帰れる!!」


 父親のことを考えて溜め息をつけば、必ずライリは慌てて励ましてくる。


「でもどう帰るの?」

「……か、必ず探す……」


 たじろいで魔女について書き留めた紙に視線を落とすライリ。

あたしのために尽くしてくれていることはわかるが、いい加減な励ましはやめてほしい。


「……おい、エリ」

「行き詰まったのは事実じゃん。どうすればいいと思う? ……敵陣に乗り込むか。もしかしたら異世界の人間を呼び出す魔術の本を持っているかもよ、十中八九"メデューサの森の魔女"のだろう」

「敵陣に乗り込めば、間違いなく捕まるわよ。アンタ」


 ティズが睨むが気にせず、ライリが落ち込む前に手をつついて訊く。敵に訊いた方が早いと思う。

だけど敵と会えば目的があたしならば、確保される。敵の手に渡らないようにあたしはアリエール部隊に入れられた。のこのこ捕まりにいくような行為、絶対に許してくれない。


「……メデューサの森の跡地に……行けばいい……」


 聴こえてきた声は、聞き覚えなかった。ティズでもニックスでもライリでもない。

何処かとキョロキョロしていれば、本棚で死角になっていたから気付かなかったが、窓際にある椅子に一人いた。

机に突っ伏して寝ていたらしく、ギィと木製の椅子を軋ませて起き上がる。


「跡地に、手掛かりがあるかもしれない……」


 眠気たっぷりな声を出す男の目は、眠そうに細められていた。


「あると思うのか?」

「……さぁ。……でも、調べてないんだろう……? ……召喚には……魔法陣が必要だ……あるかもしれないぞ……」


 先客に全く気付かなかったことに驚きつつも訊いてみれば、眠気たっぷりに返される。こっちに睡魔が襲ってきそうなほどゆっくりな口調だ。


「召喚に魔法陣いるなんて聞いてないぞ」


 ティズを振り返れば、表情が固くなっていた。あたしに反応をしない。


「確かに一度確認すべきかもしれない……」


 ライリが呟く。


「"メデューサの森"に?」

「何が起きても可笑しくない場所だ……奴らは君が来ることを予期して待ち構えていた……帰るためにもあの場所は必要不可欠だろう」


 エイリアンな風貌の生き物がいる森を思い出して、苦い顔をする。

彼の言う通り必要不可欠かもしれないが、また行くのは嫌だ。

 あたしが異世界から来た事実を知っていると言うことは、キングリーン部隊の一人だと推測できた。他の隊長は知らされていない。

情報を漏らさないためだろう。

チャールズも普通だったけど、この人も普通だな。


「どうする?」

「え?」

「行くか? "メデューサの森"へ」

「行くの? ……メデューサがいるじゃん、危ないじゃん」

「危険は承知だ。唯一の手掛かりだ、あればすぐに帰れるかもしれない」


 手掛かりと言われては、危ないから行きたくないとは言えなくなる。

すぐに帰れるかもしれない。

ならば行くしかない。

 あたしが頷けば、ライリは立ち上がった。一拍遅れで男も立ち上がる。


「では、支部長に提案してくる」

「わかった。……ところでアンタ誰」


 ゆったりした動作でライリと行こうとする男に訊いた。

ゆっくり振り返った群青色の髪の男は、まだ翡翠色の目を眠そうに細めている。


「副支部長の……リンク・マスタング」


 ……推測が外れたっ!!




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