No.1 Encounter
私立豊島音楽高等学校。この学校の科は、声楽から
ミュージカル、果てはバレエに作曲科まで設けられた
私立の音楽専門校だ。
その校内では、現在四人の女生徒がそれぞれ有名である。
一人目は、荻原財閥の一人娘で澄んだ歌声を持つお嬢様、
荻原 愛架。彼女は入学してから
二年の間に、沢山のコンクールに個人で出場し、総数十の
賞を受賞した声楽界の若きホープだ。
二人目はその気性の荒さや男勝りな所から、周囲の人間に
恐れられている金沢 勇揮。だが、
その性格とは裏腹に、チェロの腕はピカイチで、一部の
先輩、後輩からは何故か『勇さん』と言われ慕われている。
三人目は、控えめな仕草に眼鏡がよく似合い、この高校
きっての秀才、天谷 希美。彼女が
吹くフルートはまるで踊り子の様に軽やかな音を奏で、
周囲の人間を魅了する力がある。
四人目は抜群のリズム感を上手く操り、歌や踊りに演技、
どれも笑顔で見事にこなす祠堂 嗄喜。
瞬間記憶の特技を持ち、誰よりも早く物事を覚え、教諭
からも生徒からも信頼されている。
この四人はお互い噂でしか聞いた事がない。会った事も
ないのだ。けれど、胸の奥ではお互い一度会ってみたい
とも思っていた。
ある日、嗄喜は同じミュージカル科の友人である美加と
一緒にショッピングに出かけた。
あちこちを歩いている内に、二人はとある路上店に目を
止めた。
「あ、ねえねえ嗄喜。あの古いの何だろ?」
美加の指の先には、少し古いペンダントが掛かっていた。
―――あれ…?
嗄喜は、惹きつけられる様にペンダントを見つめた。
「そのペンダントが気に入ったかい?」
そんな嗄喜達に、路上店の人間が声をかけた。
「それは懐中時計だよ。今時作られる懐中時計は高いが、
この時計はアンティークもあって、結構安いぞ」
確かに店の人の言う通り、他の店で見る値段よりも数倍
安い。だがそれ以前に、嗄喜はその時計に惹かれていた。
「…これ買うわ」
「えっ?嗄喜、買うの?これ。私は薦められないなぁ…」
美加は少々顔をしかめて言った。どうやら彼女にとって
懐中時計は古いという観点らしい。
「…私も分からないんだけど、何か気に入っちゃってね。
はい、これ」
嗄喜はお金を払うと、懐中時計のペンダントを受け取った。
「…じゃ、行こっか」
「あ、そうそう!」
二人が店から離れようとすると、店の人が二人を呼び止め、
「その時計、色違いの物があるんですけど、三つ以上は
絶対に揃えないで下さいね。危ないですから」
などと意味深で不安にさせる事を口走った。
「何それぇ…変な事言わないでよ」
美加は気味が悪そうに店の人を見ながら言い、嗄喜は訝しげ
に時計を見ていた。
翌日。嗄喜は早速ペンダントを着けて学校に向かった。
豊島音校は羨ましい事に、風紀に関しての校則はとても緩い。
まあ、それは厳しくする必要がないからだが、さすがにピアス
ホールまで空けてはならないので、派手ではないイヤリング、
ネックレスもしくはペンダント、ブレスレット等どれか一つのみ
ならば着けてもいいらしい。勿論授業中は外すのだが。
ただ、勇揮の場合ピアスを左耳に二つ着け、更にブレスレットも
着けているため、教師陣に目をつけられている。
「おはよ――!って…嗄喜それ着けて来たの?懐中時計なんて
やめなよぉ―――」
美加は挨拶している間に嗄喜の首に掛かっているそれを見て
眉間にしわを寄せた。やはり彼女は気に入らない様である。
「ま―ま―、そう毛嫌いしないで。この時計、鏡もついてて
結構使えるんだから」
二人はそんな風に言い合いながら、体操着に着替えるために
更衣室へ向かった。
「は―いじゃ今日は踊りの方を通してみるからね、個人で柔軟体操
しといてね。勿論、お喋りは厳禁!私はちょっと職員室に用が
あるから」
と言うと、教師は体操室を出て行った。
各々準備を始めている中、嗄喜はあの店の人の言葉が頭に
引っ掛かっていた。
「(何なの…?“三つ以上絶対に揃えたらいけない”とか
“危ないですから”だとか…。あの人どうしてそんな事を…?)」
珍しく進んでいない様子の嗄喜に、クラスの人々は心配そうに
見ていた。
「ごめんね?ちょっと用事に手間取っちゃって…じゃあ始めるわよ!
最初のフォーメーション見せて!」
教師がそう言うと同時に嗄喜は物思いに耽るのをやめ、生徒達は
初期の立ち位置に板付いた。
「緞帳が上がったらすぐに音楽掛かるわよ!はいスタート!!」
教師が手を叩くと同時にジャーン!というイントロが入り、生徒達の顔が
一瞬で変わると、それぞれの位置に散らばって踊り始めた。
「ほら!そこもうちょっと離れて!実咲、知子!貴方達は離れ過ぎ!
もう少し詰めて!!綾香、もっと前に出て振付大きく!!」
教師は大声で生徒達に言う。
そんな中でも嗄喜はしっかりと、更に笑顔をプラスして踊っていた。
「さぁ―そろそろ見せ場よ!皆フォーメーションしっかりね!!」
教師の合図に従って、生徒達は二人一組のペアになって円を形取ると、
片方がもう片方の膝を足場にして外側に向かって一回転を繰り出した。
「千佳、真由美!回転するタイミングがちょっと早すぎるわよ!
もっとしっかりと音楽聴いてタイミング合わせて!!」
やはり教師の声が飛ぶ中、一時限目は終了した。
「あ―疲れたぁ。あっ!ねぇねぇ嗄喜、これから自由でしょ?校内なら
教室出てもいいみたいだから、これから本館に行ってみない?」
更衣室を出た嗄喜を美加が呼び止めて言った。
この高校は五つの館に分かれている。北館には弦楽器科、南館には
鍵盤科がある。声楽コースはこの鍵盤科に含まれている。西館に管楽器科、
東館に打楽器科やミュージカルコースがあり、本館とは渡り廊下で
繋がっている。その為、各館の通り道になっている本館は各科の
公共の場やふれ合いの場となっている。
「……本館?」
「そ!嗄喜、あそこまともに行った事ないでしょ?明日から本番に向けて
強化期間に入るんだから、しばらくあそこ行けないのよ?だから、
今日の自由時間くらい違う科の誰かと話してみたら?」
「…分かった。じゃあ行ってみよっか」
美加の強い押しに、嗄喜は苦笑しながらも頷いた。
――この時の判断が、後に信じられない事を起こす引き金になろうとは、
一体誰が考えようか………―――
「さて……と(どうしようかな…)」
自習時間になり、取り敢えず同じクラスの由貴と梨那、美加と
一緒に本館の多目的広場に来たのはいいものの、一体誰と話せば
いいのか分からない。そして何より……
「「「キャ―――ッ!!祠堂先輩よぉ――――っ!!!」」」
という甲高くて黄色い声がうるさくてならない。
「そうだった…嗄喜ってば全校生徒の間で有名なのよね」
嗄喜の横で美加が溜め息をつく。由貴が「まぁまぁ」と宥めている中、
今度は北館側から黄色い声が響いて来た。
人ごみで前が見えない為、身長が182cmもある梨那に見て貰うと、
「あ゛――っ!!あれ…!弦楽器科チェロコースで有名な……
あの金沢 勇揮さんじゃん!!」
少々甲高い声で言う梨那に三人は、特に嗄喜は驚いた。
実を言うと、嗄喜は自分以外に有名な生徒に会った事がなかった。
表には出そうとしないが、正直言ってその人達と会って話を
してみたかったのである。
嗄喜が言い出そうとすると、次は西館から黄色い声があがった。
人ごみで見えないのだが、周りの生徒達の叫び声から察するに、
どうやらあの秀才、天谷 希美が来たらしい。更には南館からも
声楽界のホープ、荻原 愛架も本館に来る様だ。
つまり、この本館に東西南北各館の有名人が揃う事になるのだ。
嗄喜はこの事を聞いても未だ信じられずにいた。長い事思っていた
事がたった今現実となるのだ。まるで夢の様である。
そんな様子だったため、嗄喜は胸につけていたペンダントが
うっすらと光り始めていた事に、全く気が付いていなかった。
最後に愛架が本館の多目的広場に足を踏み入れた途端、四人の
ペンダントにブレスレット、ネックレスそしてポケットの中が強く
光り始めた。真っ白な眩しい光が広場を包み込んでいく。
「なんだ!!?」
「時計が……!!」
「熱…っ!!」
そんな声が聞こえる中、嗄喜は光の中で店の人の警告を思い出した。
――その時計、色違いの物があるんですけど、
三つ以上は絶対に揃えないで下さいね――
「まさか…あの店の人が言ってた危ない事って……っ!!」
その叫び声さえも周りの喧騒に飲み込まれてしまい、場内は完全に
光に満たされ、愛架と勇揮、希美に嗄喜はあまりの眩しさに目を瞑った。
しばらくして、急にふっと床の感覚がなくなったと思うと、
急に落下し始め、不思議に思った四人は目を開けて驚いた。
「…ここ学校の筈だろぉ――――――!!?」
勇揮は大声で叫んだ。
既にそこは豊島音楽高等学校の多目的広場ではなく、それぞれの
雲の上に城や山々が立ち並んでいる、何とも不思議な光景だった。
「それより!!まだ下へ落ちてますわよぉ――っ!!」
愛架が青い顔でヒステリックに叫んでいる間も、落下は留まる事がない。
「…まずいですよ……このままだと私達、確実に背中に翼が生えますよ」
「こんな時にどうしたらそんなに冷静でいられるのよぉ――っっ!!!」
四人は悲鳴をあげながら、どんどん下へ下へと落ちて行った。
…もし続きを待っていた方がいたなら謝ります。
二ヶ月もかかってしまって本当にごめんなさい!!!
二学期が始まってからというもの、なかなか時間が
取れなくて執筆出来なかったんですっ!!
文化祭が近くなって、余計に部活との両立が…J
…謝罪はこれくらいにして。
少女達の名前、やっと出て来ましたね。
五人目の少女の登場は、まだまだ先になります。
因みに。話の最中で「これ違うんじゃないの?」とか
疑問を持った方ももしかしたらいるかも知れませんが、
これはあくまで莟の想像から来てますので、
その辺はご了承くださいね。
次回は四人が一体どうなったのか、そして
あの懐中時計の謎が明らかになります。そして、
しばらくはこの四人の少女達のストーリーを
楽しんで下さい。