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01:流れ星と夜の闇

初めて投稿します。慣れていない上勢いで書いた為、おかしな点が多々あるかと思いますが、誤字脱字等ありましたらご一報下さるとうれしいです。

 西方領主のクラレンス伯爵は政治手腕には長けているが、生真面目で人間としての面白みは皆無である。

 家族は妻が一人に、息子二人と娘が一人いる。次男は奥方に似て人懐っこい性格をしているが、後継ぎの長男と末娘のイレーナは父の気質をそっくりそのまま譲り受け、これまた面白みのない性格をしているらしい。

 らしい、というのは、私がまだ彼女に会ったことがないからで、そして今日私は初めて彼女に会いに行く。

 エーリク=ロウ=レオナード=ルーテシア。

 この名前を聞けば大抵の女性はポッと頬を赤く染め、男性はぎゅっと眉を寄せてしかめ面を作る。大国ルーテシアの第三王子、放蕩息子のエーリク王子とは私のことである。世間では稀代の女たらしなどと言われているようだが、否定はしない。私は美しい女性が好きなのだ! 美しいものを愛でてなにが悪い。男が女を愛でることは本能であり、子孫繁栄のためになくてはならないことなのだ!

 ……と、以前力説したら父上、兄上、母上に「お前は馬鹿か」と罵声を賜った。

 訂正して「そうですよね、私が馬鹿でした。女性が男性を愛でることだってありますよね! 私はどちらかといえば女性を気持ちよくして差し上げる方が好きなのですが、してもらう方もいいかもしれません! いや、大いに歓迎いたします」と申し上げたら、今度はそれぞれが座っていた椅子を投げつけられ、私は早々にその場を立ち去った。

 普段はか弱くていらっしゃる母上まであのように椅子を投げ飛ばすとは、いやはや女性というものはわからないものである。父上が母上に今ひとつ強気に出られないのはそういう理由があるのかもしれない。

 と、そんなことを考えている内に馬車はクラレンス伯爵の屋敷に着いた。領主たちは皆、領地の本宅とは別に王都に別宅を持っている。王都の屋敷に妻と子を住まわせ、年に数回、領主は領地と王都を行き来する。

 忠誠心を示すため、といえば聞こえはいいが、つまるところは謀反を起こさせぬための人質で、私はこの制度あまり好きになれない。家族の情愛につけ込むなど実にナンセンスじゃあないか。カリスマ性でもって諸侯達を従えてこそ王としてふさわしいと私は思うのだが、現実的に考えてそれは不可能だと言うことも知っている。

 数多の内乱を収め、この国を統一した賢帝、初代陛下のような方はもういないのだ。いるのは己の妻さえ御することのできない気弱で臆病な我が父、現国王陛下だけ。兄上たちも優秀だが、カリスマとは程遠く、第三王子である私自身も、女性を落とすことにかけては一流なのだが、如何せん政治手腕には恵まれなかった。

 ……と、またしても話題がそれている間に、馬車を降りた私はススイッと屋敷内に侵入した。

 不法侵入? 王族の私に国内で入り込めぬ場所などないのだよ。と、言いたいところだが、実は前もって協力者を作っておいたのだ。

「殿下、私は何度もお止めしましたからね」

 ご紹介しよう、本日の協力者、フェルナンド=リシェル=クラレンスくんだ。

「上司命令とは言え妹を売るなんて感心しないな、フェルナンドくん」

 唆した私が言うことではないが、イレーナの実の兄でありながら、男との密会を取り持つなど、言語道断。全く許し難い所業だ。

「だから、私は嫌だって何度も申し上げたではないですか」

 私はいいのだ、王子だから。だが、しかし。

「今後は、誰が来てもイレーナとの仲を取り持つんじゃないぞ」

「……」

「返事はどうした? フェルナンド」

 顔をのぞき込んでやるとフェルナンドは以前見かけた舶来のミイラのごとく顔をしわくちゃにして低く「はい」と呟いた。

 全く、そのように何でも顔に出していては上手く世を渡っていけないぞ

 不出来な部下に上司心から親切に苦言を呈そうとしたが、口を開いた瞬間、親の敵とばかりに睨まれたので止めておいた。イレーナ嬢も待っていることだしな、うん。

「彼女の部屋はこの上か?」

 シンプルだがよく手入れされた庭に立ち、私はすぐそばにあるバルコニーを見上げた。

「……そうですが、一体どこから入り込むつもりですか、殿下」

「ああ、フェルナンド! 君は一体なんて愚かな質問をするのか」

 妹を上司に売るだけでなく、ロマンも解せないなんて本当に男としてダメダメだな!

 私は顔に手をあて、天を仰いだ。あまりにも不出来すぎて彼が可哀想になってくる。

「いいかい、フェルナンド。ロマンスといえばバルコニー。密会といえば夜の闇に紛れ流れ星のごとく愛しい人の元へ忍んでいくことが定番ではないか!」

「光り輝く流れ星のごとく闇に紛れるというのは少々矛盾している気がするのですが」

 と無粋な発言をする部下は無視して、私は早速バルコニーへと手をかけた。わざわざ困難な塀を乗り越えて、恋しい人に会いに行くというのが乙なのだ。

 そこのところ、まだ若い彼には理解できぬらしい。まあ、年齢で言えば数ヶ月ほどしか変わらないのだが。

「イレーナ、愛しい私のイレーナ嬢。いらっしゃいますか」

 慣れた手つきでバルコニーに上った私は、自慢の美声で姫君に語りかけた。

 薄いレースのカーテンに覆われ、室内はうっすらとぼやけ様子を窺うことができない。私はじっとその場に佇んで、その白いカーテンが開かれるのを待った。

「どなた……?」

 突然の来訪者(私のことだが)に、イレーナの美しい声は不安を含み揺れていた。

 可愛らしいことだ。

 彼女は今年で十六歳。そろそろ社交界デビューをしても良い年頃だというのに、父母に大切にされるあまり未だその姿は深窓に隠されたままとなっている。

 五つ上のフェルナンドや七つ上のアルバートを見る限り、容姿はそう悪くないだろうと推測する。

 母君の容姿を受け継いだアルバートは柔らかな茶髪に優しげな緑の瞳をもつ美男子で、一笑みすれば女の一人や二人、いや十人や二十人はコロッと落ちそうな容姿の持ち主だ(性格さえああでなければ完璧なのに、とよく言われている)。次男のフェルナンドは父君と母君両方に似て、柔らかな茶色い髪は兄と同じ母譲り、濃紺のつり目は父譲りで少々冷たい印象を見る者に与える。これで父や兄似の性格であったなら近寄りがたいこと間違いなしなのだが、しかし中身は母似で穏やかで、いつも人好きのする笑みを浮かべては他者の警戒心を拭い去る。それゆえ兄や父に比べ断然女性に人気があり、恋に頑ななクラレンス家には珍しいとよく噂されている。

 さて、クラレンス家の男性陣のことはここまでにして、目下注目すべきは深窓の姫君イレーナ嬢である。

「イレーナ嬢、私は貴女の恋の奴隷。貴女に恋し、愛しさが募ってここまでやってきてしまいました」

 口説き文句は少しクサすぎる方が丁度いいのだ。

 ゆっくりと窓際に近づくと、はっと息を呑む音が聞こえた。

「怖がらないで、貴女の嫌がることはしないから」

「……どなたなんですか、貴方は」

 もう一度同じ問いが繰り返される。

「今申し上げたでしょう。私は恋の奴隷、恋の病にうなされて、気づけば愛しい貴女に会いに」

「夜遅くに他人の家に忍び込んだ挙句、私の部屋にまで入り込もうとしている貴方は一体何者かと聞いているのです」

 強くなる語調に折角の愛の囁きを遮られ、私は軽く眉を寄せた。どうやら父君、兄君と同様、イレーナ嬢も恋に頑なでいらっしゃるようだ。

「そんなに私の名前が気になりますか? 愛しい人」

「ええ、不法侵入者として通報して差し上げますわ」

「これは手厳しい。だが、私を通報することなど誰にも出来ないのだよ」

 つい、とレースに手を掛ける。いつまでも開かれる気配のないそれに、私は自ら手を伸ばし二人を遮る邪魔者を取り払った。

「エーリク=ロウ=レオナード=ルーテシア、それが私の名前です、イレーナ嬢……?」

 ――おや?

 私の台本では、ここで目を見開くのは彼女のはずなのだが、実際にカーテンを開き目に入ってきた光景を見、目を見開き固まったのは私のほうだった。

 室内には見たことのある顔が一つと、帳をはさみ向こう側に身を隠して立つ人影が一つ見えた。後者はおそらく今宵のお目当て、イレーナ嬢だろう。前者は――

「アルバート!」

 どうして君がここに、と声をあげれば、アルバートは「それはこっちの台詞だ」とでも言いたげに眉間に皺を寄せた。

「殿下、こんな時間に一体妹に何の御用です」

「無粋なことを聞くのだな、君は」

 夜に男が女のもとへ忍び込みすることなど一つしかないではないか。暗にそういうと、生真面目男はぎゅっと恐い顔をしてこちらを睨む。くっ……優しげな容姿のくせしてどうしてそう迫力があるのだ。フェルナンドと中身を入れ換えてもらったらどうかと一瞬思うが、しかしフェルナンドのあの切れ長の瞳で今のようにギロリと睨まれては迫力が倍増しになるだけなので却下する。

「殿下が色々な女性のもとへ通っていることは存じておりましたが、まさか妹にまで手を出そうとなさるとは」

「別に手を出そうとまでは考えていない。ただ噂に聞く深窓の姫君がどのようなものかと興味をもっただけではないか」

 まあ、あわよくばと思っていたことは否定しないが。

「というか、どうして私が来ると分かったんだい? もしやフェルナンドのやつ裏切って……」

「いえ、分かっていたわけではなく。たまたま部屋の前を通りかかったら声がしたものですから、気になりまして……今、フェルナンドが何とおっしゃいましたか?」

「ん? いや、なんでもない」

 フェルナンドが裏切っていないのならば別にいいのだ。では、密会の邪魔も入ったことだしこの辺で。と方向転換しその場を立ち去ろうとするがそうは問屋が卸さない。

「殿下?」

 またもあの恐い目で見下ろされ(むかつくことにアルバートの方が私より背が高い)、蛇に睨まれた蛙のごとく私は身を縮こまらせた。

 ――すまん、フェルナンド。

 輝く流れ星はやはり闇に紛れることは出来なかったようで、紛れるどころか辺りを照らし、約一名の犠牲を出してその夜のロマンスは失敗に終わった。


 ※※※※


 後日、私は自分で言うのも珍しく執務室の机に向かいある書き物をしたためていた。傍らには仏頂面をしたフェルナンドが立っている。あの日、私を手引きしたことが原因で(しかもその一部始終を私に暴露され)アルバートとクラレンス伯爵にこってりと絞られたフェルナンドは、あれ以来上司である私の顔を見る度に眉を寄せるようになった。例え嫌な者でも上司は上司、心情を大っぴらにして顔を顰めてばかりいては出世に響くぞと注意してやるのだが、その都度あの日のことを持ち出して逆に説教されてしまうので口を閉じるしかない。

「よし、書けたぞ」

 文末に流麗にサインを記し、私はたった今書き上げた便箋を丁寧に折り封筒へ入れた。仕上げに専用の封蝋で封を閉じれば完成だ。うむ、我ながら良い手紙が書けた。ほれぼれと封筒を見つめた後、立ち上がり傍にいた侍従に渡す。これで数日後には目的の人物から返事があることだろう。

「どなたへの手紙ですか?」

 一連の動作を見守っていたフェルナンドが、ついに耐えられなくなったのか口を開いた。にやりと笑って振り向けば、冷たい顔の青年は、いつのまにかムッツリをやめて、ただ首をかしげている。

「アルバート宛だ」

「兄上に?」

 問いに答えればまたも首をかしげる。

 この仕草も母親似か、先ほどまで凍える印象だった切れ長の瞳は丸く和らぎ、きょとんとした純粋な興味の色だけが映し出されている。

「殿下が兄上に御用事があるなど、珍しいですね」

「おっと、フェルナンド君。私は何もアルバートに用があるから手紙を書いたわけではないよ」

「は? でも、行き先は兄上宛なのですよね」

「そうだが、しかし違う」

 普段は領地に篭もり父親の手伝いをしているアルバート、先日はたまたま王都の屋敷にやってきていたが、しかしほとんど顔も合わせぬ相手に然したる用事があるはずもない。

「私が、用があるのは、イレーナ嬢の方だよ」

 次男が駄目なら長男にってね。

「今度は兄上に取次ぎを頼むおつもりですか……」

「そういうこと」

 ふふん、と決めポーズ付きで言ってやると、フェルナンドは一瞬のうちに先ほどの仏頂面に戻った。ふむ、百面相かい?

「殿下……貴方という人は、本当に懲りないお方ですね」

 呆れ顔で呟くフェルナンドを無視し、私は一人先夜のリベンジを誓ったのであった。


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