サメ映画を作ろう!
ちゃぽちゃぽと、波が手に当たりわずかに跳ねる。
見渡す限りの大海原。
雲一つない青空の下、人が2人寝転がれるかどうかといった小さなボートの上では、一組の男女が向き合っていた。
透明度の高い海はどこまでも澄み渡り、遠く水平線の向こうで青空と交わっている。
視界を遮る物は何も無く、見えるのは辺り一面青い空、青い海、そしてボートの二人の青い顔だった。
「ねえ、今これってどういう状況?」
ボート内の硬い椅子、というか横向きに取り付けられた板に座り女性が問いかける。
セットした金髪は、潮風に吹かれ乱れていた。
元は血色の良かっただろう肌は、しかし今は血の気が引いて青ざめている。
豊満な胸に、厳しい体重制限の果てに作り上げた腰のくびれ。
見事なプロポーションを煽情的な水着に包んでいるその女性は、映画俳優だった。
「それはもちろん、新作サメ映画の撮影をしている状況だ」
そんな映画俳優の眼前で、小太りの中年が同じく血の気の引いた青い顔を見せていた。
中年男性が太い指で空を差す。
指の先には、カニのような形状をした小型のドローンが浮いていた。
内蔵されたカメラが空の上から二人を映している。
男は映画監督だった。
「撮影!? これのどこが! いい、これは遭難っていうの! わかる? 遭難!」
尚も状況を説明しようとする監督を遮って、女優が吠える。
キラキラと太陽の光を反射する海は透明度が非常に高く、泳いでいる魚の姿もくっきりと見えた。
「ボートの燃料尽きて、沖に流されて、アホな監督がスマホ落として連絡つかなくなって、極めつけはコイツらよ!」
ビシっと女優が、船を取り囲むように泳ぐ魚達を指さす。
流線型のフォルムに黒光りする肌、そして特徴的な三角形の背びれは、誰がどう見てもサメであった。
目に見える範囲だけでも5匹ほどのサメが船を中心にグルグルとゆっくり回遊している。
その様子は、人間の姿を見かけてエサにありつけると思い近づいてくる池の鯉さながらだ。
このサメ達が、何を食べられると思って船の近くを回遊しているかは、言うまでもないだろう。
「ナニこれ! 何でこうなったの!? 納得いく説明をしなさい! このバ監督!」
責め立てる女優の言葉に、映画監督が立ち上がって抗議した。
船が揺れ、女優が慌てて船のヘリをつかむ。
「違う! これは命をかけたロケであって、断じて遭難などでは無い! 極限のリアリティを追及する為に、あえて沖に流されてサメの大量生息地に突っ込んだのだ!」
「低予算で、誰も期待してないサメ映画で、極限のリアリティなんて追及すんな! 宇宙空間で宇宙飛行士食っちゃうような、荒唐無稽なバカさ加減が売りのイロモノでしょ、サメ映画って!」
海に落ちないようへりをつかんだまま叫ぶ女優に、監督が地団太を踏む。
不安定な船がさらに揺れ、ばっちゃんばっちゃんと波が跳ねて船体に当たった。
「お、お前もサメ映画をバカにするのか! いいかサメ映画ってのはな、確かに荒唐無稽でバカげている展開の話も多い! だがそれは、少ない予算で胸いっぱいの夢を詰め込んで、大きな話をやろうとしたからだ! こちとらコンビニ一件立ち上げられるかわからない程度の予算で映画撮ってるんだぞ! そんなもんでリアリティなんて出せるか! ワーナーブラザーズやパラマウントが撮ったとしても、似たようなもんになるわ!」
「じゃあそういうバカっぽい映画撮りゃあいいじゃない! サメ映画見るようなよく訓練された変態達は、そういうキワモノを見たくて来てるんだから!」
「それがサメ映画をバカにしてるっていうんだよ、このおっぱいぷるんぷるん女! いいか、サメ映画だぞ!? サメは怖いんだって事をどうやって伝えるかがキモの作品なんだぞ!? だからサメが陸にあがったり竜巻に乗って空から降ってきたり、トウモロコシ畑からいきなり襲い掛かったり、温泉から突然現れたり、無意味に頭が6つあったりと、あの手この手で恐怖を演出してるんだろが!」
「いやトウモロコシ畑からサメが襲ってくるとかマジで意味わかんないんですけど」
ちなみにその映画の題名は『シャーコーン~呪いのモロコシ鮫~』である。
もちろん女優が知るわけも無い。
理解を示さない女優に、いらだたし気に監督が熱弁する。
「だ・か・ら、今回はホンモノのサメに囲まれて撮影する事で、低予算ながらもリアリティ溢れる恐怖感を出そうとしてるんじゃないか! 僕はこの映画に命かけてんだ! 遭難しようがなんだろうが、撮影は絶対にやめないからな! お前だって映画の為に死ねるなら本望だろう!」
「あんたの病的な妄想に私を巻き込むな! たかがB級サメ映画の撮影で命を落とすとか、割に合わないにもほどがあるわ! とっととその撮影用ドローンにSOSって書いて岸に向かって飛ばしなさい!」
女優の指摘に、監督があわてて背後にあるドローン用のバッテリー機材を抱えて隠す。
「ダメだ! これは映画を撮るためのものであって、助けを呼ぶための物では無い! 僕は命燃え尽きる最期の時まで、映画を撮り続けるぞ!」
「じゃあどうするの! このまま死ぬまで撮影続けて漂流して、今撮ってる映像を遺作にでもするつもり!?」
「僕は一向に構わない! ロクな映像も撮れずに助かるくらいなら、ここでリアリティある緊迫した場面を死ぬまで撮り続けてやる! さあ、もっと怯えろ! サメが、こ、こんなに沢山、ち、近くにいるんだぞ!」
「あんたが怯えてんじゃないの」
頭痛をこらえるかのように、額に手を当てて女優が考え込む。
この映画バカな監督は、多分もう何を言っても無駄だ。完全に錯乱している。
給料を突き返し、家を抵当に入れてまで映画を撮り続けた、狂気の天才映画監督ジェームズキャメロンとでも自分を重ね合わせているだろう。
凡人の勘違いほど、怖い物はない。
恐らく、無理にドローンのリモコンを奪おうとすれば、コイツはリモコンかバッテリーを抱えて海に飛び込み死を選ぶ可能性もある。
つまり、奇跡的に漁船が通りがかりでもしない限り、私たちに助かる道は無い。
くそ、サメ映画になんて出るんじゃなかった。
出演依頼が減ってきたからって、何でも良いから映画に出ようとガッツき過ぎなけりゃよかった。
アカデミー賞主演女優賞を夢見ていた子供の頃の自分が今の私を見たら、あまりの馬鹿さ加減と報われなさに涙を流す事だろう。
考え込む女優を見て、監督が声をかける。
「なあ。この映画魂、お前ならわかるんじゃないか? 実力はある、熱意もある、なのに世間は認めない。悔しいから、こんな激安報酬のサメ映画でも出演依頼受けたんじゃあないのか?」
映画監督の言葉に何か思うところがあるのか、女優は答えない。
「俺も同じだよ。サメ映画はな、名作のジョーズを始めとして本来ならパニックホラー映画の頂点に君臨すべき歴史と伝統あるコンテンツなんだ」
監督は尚も語り続ける。
「子供の頃に見た古いサメ映画は本当に怖かった。ジョーズがアカデミー作品賞こそ逃したものの、グラミー賞やゴールデングローブ賞を取るのも納得さ。その位怖く、素晴らしい作品だった。だが今はどうだ!?」
長時間日差しを受け続け、肌がいよいよ日焼けして赤くなってきた監督が吠える。
「人気コンテンツで駄作が乱発されるのは良い! イロモノネタや突飛なアイデアで観客の目を引こうと試みるのも分かる! だが、今のサメ映画はそれ一辺倒だろう!? 空飛んで飛行機食べるだの、ゾンビになるだの、頭が6個あるだの、最近のサメ映画はハナっからネタに走ったものばかりじゃないか! それが悪いとは言わない! だが『それだけ』なのは絶対にダメだ! 飽きられてようが古臭かろうが、伝統と格式ある昔ながらのリアルなサメの怖さを追求する作品がもっとあっても、評価されても良いだろ!」
映画監督は止まらない。
相当にフラストレーションが溜まっているのか、ガリガリと頭を掻きむしる。
「なのに、それなのに! 俺の元にやってくる脚本も依頼も、やれ『今度はタコとサメを合体させましょう』だの『放射能を吐くゴジラ鮫を出しましょう。タイトルはシン・シャークで』だのふざけたものばかり! ナメてんのか! 俺が撮りたいのは、そんなサメ映画じゃあ無い! 俺の目指すべきサメ映画は、サメ映画悲願のアカデミー作品賞を獲るような、ジョーズを超えるリアリズムと迫力のあるパニックホラー作品なんだよ! だから、だから俺は……」
漂流してサメに囲まれてる恐怖に怒りが勝ったのか、監督の息は荒い。
好きなサメ映画をいくら作り続けても、ネタにまみれた話にしか依頼も予算も降りてこない。
自身の求める夢と世間の評価はあまりにも乖離していた。
今や彼のキャリアは、低予算クソ映画界を代表する映画監督なのだ。
サメ映画でアカデミー作品賞を獲るという彼の夢は、低予算のネタ映画を作るという今の方向性では100作撮ってもノミネートすらされないだろう。
椅子に座りこみ、監督がはぁはぁと肩で息をする。
「それだから、俺は撮ってやる事に決めたんだ。低予算だろうが迫力と緊迫感のあるサメ映画を。今更、逃げられるか。死んでも逃げないぞ。ここで逃げるくらいなら、海に飛び込んで死んだ方がマシだ。悪いけどドローンで助けは呼べない。そんな事をして、今撮ってるこの緊迫感あるシーンが海に落ちてダメになってしまったらどうするんだ。それなら、死ぬまで漂流して未来の発見者にこの映像を残す方を俺は選ぶ!」
理想に打ちのめされながらも、それでも諦めていない闘志が、いや、狂気が瞳には宿っていた。
監督の熱意に感じ入ったのか、女優がそっと手を置く。
「負けた。こうなったら私もとことん付き合う事にする。私だって、小さい頃は名作映画に出て授賞式でレッドカーペットを歩いて主演女優賞を取るのを夢見てたんだし。あなたの理想の映画が撮れるまで、付き合うことにする」
にっこりと微笑む女優の顔を、映画監督がマジマジと眺めた。
そして、涙を流して手を握る。
「あ、ありがとう! 君ならわかってくれると、俺はそう信じていたよ!」
咽び泣く監督の肩を叩き、女優が励ます。
「さあ監督! いつまでも泣いていないで立ち上がって! 私はどんな演技をすれば良い? なんでも言って! あなたが満足するまで、いくらでも付き合うから!」
「そ、そうだな! まずは船の先端で遠くを見ながら、これからどうしたものかと嘆く演技を……」
「わかった。ポーズ的にはこんな感じで片足をかけた方が良い? それとも、腰掛けて遠くを眺めていた方がいい? ちょっと試しに監督、取って欲しいポーズのお手本見せてくれる?」
女優が監督を促して立ち上がらせる。
ドローンのリモコンをわきに置き、監督はバランスの悪い船上をよちよち歩きながら船の頭へと向かった。
「う、うむ。大体こんな感じで船首に腰掛けて遠くをだな……」
細くバランスの悪い船首に監督が腰掛けた瞬間、女優の手が監督の足に伸びる。
「ていっ!」
監督の太い両足を引っ掴んだ女優が、そのまま思い切り上に持ち上げた。
ドボン、と水飛沫を飛ばして小太りな監督の体は海に落ちた。
「な、何を!? 俺の映画魂をわかってくれたんじゃあ!?」
海に落ちた監督が、海水をガボガボと飲みながら抗議の声を上げる。
だが、それもすぐに悲鳴に変わった。
特徴的な三角形の背鰭の群れが、監督目掛けて突進し始めたからだ。
「サ、サメが、サメが、ぎゃあああ! がぼぼがぼぼぼぼ……」
見る見るうちに透明度の高い青い海は監督の血で真っ赤に染まり濁っていった。
「あはははは! バッカじゃないの!? アンタと違って私にゃ次の機会も未来もあるんだよ! こんなアホな事で命なんて賭けてられっか! サメ映画に命かけてるってんならサメに喰われて死ぬのは本望だろ! 沈んどけバ監督!」
船の上からゲラゲラと笑いながら、ドローンのリモコンを女優が拾い上げる。
「んー、これ操作の仕方よくわかんないなぁ。その辺聞き出してから海に落とせば良かった」
眉を顰めてリモコンと睨めっこをしてから、船のへりに寄って監督の沈んでいった海面に顔を近づける。
「流石に今掬い上げても、もう死んでるよねぇ」
と、言った次の瞬間、海面から一匹のサメが飛び出し女優の顔に食らいついて海へと引き摺り込んだ。
しばらくの間、バシャバシャと海面を手が叩く水音が響き、やがて聞こえなくなった。
誰もいなくなったボートの周りでは、一部始終を撮っていたドローンが旋回していた。
飛び続けてバッテリー残量の少なくなったドローンが、自動的に船上のバッテリー台に戻ってくる。
波音だけが響いていた。
☆ ☆ ☆
豪奢なステージの上では、司会者の黒人男性が声を張り上げていた。
「さあ! 今年のアカデミー作品賞は、果たしてどの作品か! 名作、傑作、勢揃いな本年度の激戦を勝ち抜き見事受賞を果たしたのは……」
米国を代表する映画館ドルビー・シアターの客席には、名だたる俳優、映画監督達が一堂に集っていた。
有名なコメディアンがマイクを手に、興奮気味に語り続ける。
「なんと、サメ! ハリウッド史上初のサメ映画!『そしてみんなサメに喰われた』が作品賞を受賞です! 主演女優賞は同作品で主役を務め、監督と共に海に沈んで命を落とした……」
サメ映画を作ろう!……END
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