姉の恋を盗もうとしたら殺されかけました。
イレーシア・マルデ伯爵令嬢がベッドから目が覚めたら驚いた。
両親と共に、姉フレディシアがベッドの横で涙を流しながら、自分を見つめていたのだ。
母マルデ伯爵夫人が、
「目が覚めたわ。イレーシア。解る?私が解る?」
フレディシアも涙を流しながら、
「あああ、イレーシア。心配したのよ。目が覚めて良かったわ」
イレーシアはベッドから起きようとして、頭が痛い事に気が付いた。
手を頭にやってみれば、包帯が巻かれていて、後頭部がずきずきする。
父マルデ伯爵が、
「起きては駄目だ。イレーシアは何者かに頭を殴られて死にかけたのだからな」
死にかけた?頭を殴られて?
どうしてなんで?
イレーシアは思った。
フレディシアとイレーシアは双子の姉妹だ。
目の下に黒子がなければ、見分けがつかない程に。
王立学園の図書室に歴史書を借りに行ったフレディシアと偶然、出会ったディセル。
二人は歴史の話で意気投合し、何度か図書室で顔を合わせるうちに仲が良くなったのだ。
フレディシアからその話を聞いてイレーシアは羨ましいと思った。
フレディシアは嬉しそうに、
「とても素敵な方なのよ。ディセル様って。あの有名なレイベルク公爵家の一人息子なんですって。私の事をとても綺麗だって褒めてくれたの」
自慢話を聞かされるたびに、思った。
見かけなら私だって同じよ。それなのにフレディシアにはディセルという素敵な人と知り合って。
イレーシアはまだ婚約者がいない。
顔には自信がある。
それなのに。イレーシア自体、人と話をするのが苦手なのだ。
同じクラスの男子生徒から話しかけられても、気の利いた話をすることが出来ない。
それはフレディシアも同じはずだ。
でも、フレディシアは歴史が好きで、歴史の事となると話が止まらないのだ。
それでディセルと意気投合したのだろう。
「ディセル様も歴史が好きなんですって」
フレディシアが頬を染めながらそう言うと、その話を聞いていた両親が、
「玉の輿だ。玉の輿。フレディシア。レイベルク公爵令息を射止めろ」
「そうよ。こんな機会めったにないわ」
恋愛結婚を重視するこのパデル王国。それでも、この結婚がきっかけで、名門公爵家と親しくなれればいう事はないのだ。
とある日、イレーシアはこっそりと図書室に行ってみた。
フレディシアと楽しそうに話すディセルを見た。
金髪碧眼の美しいディセル。
あああ、あの人と結婚したい。
私がフレディシアだったら。
顔は同じなのよ。
ただただ、歴史が好きっていう点だけで、フレディシアを選ぶだなんて。
フレディシアが用があったのか、図書室を出て行った。
イレーシアはこっそりと近づいて、ディセルに挨拶をする。
「ディセル様。初めまして。妹のイレーシアです」
「驚いた。そっくりだね。フレディシアに」
「双子ですから。姉がいつもお世話になっておりますわ」
そう言って隣に座った。
「私もディセル様とお話がしたくて」
悪い事だと解っている。
姉が思いを寄せるディセルとこうして話をするだなんて。
でも、うらやましかった。
うらやましかったの……
ディセルは微笑んで、
「私に興味があるのかい?」
「それは少し、だって姉が自慢するんですもの。ディセル様が素敵だって」
「素敵と言われて嬉しいけれども、私自身、つまらない人間だよ。歴史に興味があって、他に趣味もなくてね。フレディシアと話をしていると楽しいんだ」
「姉と話をしていて楽しいんですか?」
「他の令嬢達は歴史の話をしても、興味が無いようで。街のカフェに行きましょうとか、まぁ色々とね。フレディシアと話をしていると、過去のデートルの戦いや、プルンドスの危機とか。熱く語れるんだ。だから、フレディシアと沢山、話をしたい。歴史の話をしているフレディシアはとても魅力的だ」
「もし、私が歴史に詳しくなったら、私ともお話をしてくれますか?」
悪い事だと解っていても、そう言ってしまった。
とても素敵な人だから、私だって親しくなりたいから。
姉に悪いと解っていても、この気持ちは止められない。
背後から声をかけられた。
「イレーシア。貴方も、ディセル様とお話がしたいの?」
振り返ったら姉が悲しそうな顔をしていた。
怒っているのではない。悲しそうな顔をしていたのだ。
胸が痛む。
自分は悪い事をしていたのだ。
「ごめんなさい。お姉様」
そう言って、席を立って図書室を出た。
涙が零れる。
いくらディセル様が好きだとはいえ、姉が親しくしているディセル様を盗ろうだなんて。
なんて姉に悪い事をしたんだろう。
家に帰ったら姉に謝ろう。
廊下を足早に歩いてそう思っていたら、後頭部に衝撃を感じた。
痛みと共にイレーシアは気を失った。
数日後、目が覚めたが後頭部が痛くて仕方が無い。
父マルデ伯爵は、
「騎士団に通報した。犯人は捜して貰っている。イレーシアを殴るなんて、誰が」
母マルデ伯爵夫人も、
「あああ、命に別状なくてよかったわ。でも、当たり所が悪かったら危なかったってお医者様が」
フレディシアが涙を流しながらイレーシアの手を両手で握り締めて、
「貴方が生きていてくれてよかったわ」
本当にそうなの?お姉様。
私はお姉様の好きなディセル様を盗ろうとしたのよ。
フレディシアの涙を見て、イレーシアは首を振った。
そうね。お姉様が私を殺そうとなんて絶対にしない。
だって、お姉様は……
ずっとずっと私の事を大事にしてくれていた。
気の弱い私の傍にいて、二人でどんなことでも乗り越えて来た。
お誕生日だって一緒にケーキの蠟燭を吹き消して、顔を見合わせて笑って。
いつも一緒にいて。
そんなお姉様が私を殺そうとするはずがない。
ああ、でも私は、お姉様の好きなディセル様を盗ろうとしたんだわ。
謝らないと、お姉様に謝らないと。
「ごめんなさい。お姉様。私はディセル様を盗ろうとしたわ」
「いいの。貴方が無事なら。いいのよ」
姉の手が温かくて、とても温かくて。
涙が零れた。
犯人はディセルに思いを寄せていた男爵家の令嬢だった。
彼女はフレディシアと間違えて、イレーシアの後頭部を花瓶で殴ったと供述した。
男爵令嬢は退学になり、牢へ入れられた。
フレディシアは、頻繁にイレーシアの怪我が良くなるまで看病してくれた。
「私と間違えて殴られるなんて。申し訳なかったわ。治るまで面倒をみるわね」
イレーシアは姉の優しさに困ってしまって、
「いいのよ。お姉様。メイド達も気を使ってくれるし、お姉様が面倒をみなくても」
「私が面倒をみたいの。本当にごめんなさいね。痛い思いをさせてしまって」
甲斐甲斐しくメイドが運んで来た食事を食べやすいように渡してくれるフレディシア。
まさかあのような事が起こるとはその時は思いもよらなかった。
怪我が治ったので、王立学園に登校することにした。
何か大事な事を忘れているような気がする。
イレーシアが学園に登校したら、ディセルが話しかけてきた。
「大丈夫かい。イレーシア。心配したよ。私に思いを寄せる令嬢が君を襲っただなんて」
「ええ、とても怖かったわ」
ああ、この人に愛されて私は幸せ。
図書室で知り合って、歴史の話をしていくうちに、話があって、見初められて。
なのに、ディセル様の事を好きな令嬢に私が頭を殴られるだなんて。
ディセルが手を添えてくれて。
「学園で二度とこのような目に合わないように、君に護衛をつけることにした。
女性の騎士がいつも君に気を付けてくれるから、安心するといい」
女性の騎士が離れた所から軽く会釈をしてくれた。
ディセルはとても美しくて、色々な令嬢にモテるから、お付き合いしている私は気を付けないと。
でも、私は歴史が好きだった?ああ、なんだか歴史書を凄く読みたい気分だわ。
え?歴史書が読みたい?
心がぽっかりと何だか足りない。何かが足りない。
放課後、図書室で歴史の話をディセルと共にした。
とてもわくわくして楽しくて楽しくて。
不思議と歴史の話が良く解るし、すらすらと勝手に口から知識が出て来る。
え?そうなの?私、歴史にこんなに詳しかった?
ディセルの話が面白くて興味が持てて、ずっとこの人と一緒にいたいと思えた。
え?ずっとこの人と一緒にいたい?
共に居ていいの?本当に?
違和感がぬぐえない。どうしてなんで?何かが違う。
ディセルに向かって、
「私、帰ります。何だか気分が優れないの」
「それは心配だ。馬車で家まで送ろう」
そう言ってくれた。
ディセルがエスコートしてくれて、馬車に共に乗り込む。
家に帰って気分が悪いといったら、両親が心配してくれて、
「怪我が治ったばかりだからな。無理しては駄目だ」
「そうよ。貴方は大事な私達の一人娘なのだから」
「有難う。お父様、お母様」
食卓について、ふと、自分の席が父の目の前だったかと疑問に思った。
いつも母の目の前に座っていなかったかしら?
違和感が拭えない。
どうしてなんで?胸が痛い。私は何かを忘れている?
ソファに座って考えていたら、窓をコンコンと叩く音がした。
窓を開けてみたら、一人の角を生やした男性がこちらをじっと見ていて、
ヤギのような巻いた角、美しいその顔は魔族だ。
魔族の男はにやりと笑って、
「どうだい。新しい人生は気に入ったかい?」
「新しい人生?」
「双子の姉は命と引き換えに、お前に自分の人生を与えた。あのままだったらイレーシア。お前は死んでいたからな。なんて穢れの無いこの魂。俺は魂を手に入れられて、お前は愛する男と結婚出来る。万々歳だろう」
全てを思い出した。
自分には姉がいたのだ。フレディシア。いつも一緒にいた姉。愛しい姉。
その姉が命と引き換えに自分の人生を私に?
だから歴史が好きになったのね。
私は興味なかったはずなのに。
私の恋を叶える為に、何より私が死ぬ運命を助ける為に命を捧げた?
「お姉様を返してっ。お願いだから。返してっ」
「やだね。せっかく、手にいれた魂だ。何故、返さないとならない」
「私にとって大事なお姉様なの。生きていて欲しいの。お願いっ」
「なら、お前が死なねばならない。本来ならお前が死んでいたはずだからな」
「構わないわ。私が死んでいたのなら、私を殺してっ。お願いだから」
姉が私を助けてくれた。
私の恋を応援してくれた。
だから私は……いいの、もういいの。
ごめんなさい。ディセル様を盗ろうとしてごめんなさい。
涙が零れる。
魔族の男は笑って、
「はぁ。仕方ねぇな。明日の朝には元通りになっている。お前の命?このままにしておいてやるよ」
「え?いいの?」
「ああ、構わねぇ。ただし代償は貰う」
「代償?」
「お前の姉は、お前を助けた事を覚えていない。この美しい妹思いの心は俺が宝石として貰う事にしよう。それ位、貰ってしまっていいだろう」
頷いた。姉が自分を助けた事を覚えていなくても構わない。
姉が生きて戻って来るなら。姉と再び笑い合える日が来るならば。
「お願い。それでお姉様が生き返るなら」
「解った。それじゃ、またな」
そう言うと、魔族の男は羽を広げて飛んで行ってしまった。
明日の朝には全て元通り……
ああ、お姉様。ごめんなさい。
早く会って謝りたいわ。
翌朝、ベッドで目覚めて、真っ先に隣の姉の部屋のドアを開けた
姉フレディシアは鏡を見て髪を梳かしていた。
背後から姉に抱き着いた。
「お姉様っ。ごめんなさい。私の為に命を差し出してくれたのね」
「え?何を言っているの?貴方が死にかけたのは私と間違えられたせいなの。貴方が元気になって本当に良かったわ」
姉は魔族との取引を忘れているようだ。
何を言っているのという顔をしていた。
でもいいの。姉がちゃんと存在しているのなら。
イレーシアはフレディシアに抱き着いて、
「お姉様。生きていてくれてよかったわ」
「何を言っているのかしら。貴方が生きていてくれてよかった。それは私のセリフだわ」
そう言ってフレディシアもイレーシアを抱き締めてくれた。
王立学園に二人して登校すれば、ディセルがフレディシアを出迎えて、
「今日も麗しいフレディシア」
「有難うございます。ディセル様」
二人の姿を見ても、もう羨ましいと思えなかった。
ただただ、姉には幸せになって欲しいと。ディセルへの恋心は心の奥底に封印することにした。
「いいのかい?封印しても、あの男の事が好きなんだろう」
黒髪の美男の男性が背後に立っていた。
今日は角も生えていないし、翼も無いが人間の姿だ。
「あ、貴方、昨日のっ」
「改めまして、お嬢さん。俺の名はゼフィラス。ちょっと魔法が使えるだけの魔族だ」
ゼフィラスはにやりと笑うと、イレーシアを抱き上げて、
「空を飛ぶかい?王都を一緒に眺めよう」
バァっと羽を広げて、二人して空を飛んだ。
王都の街並みがとても綺麗で。
空を飛ぶのは怖かったけど、ゼフィラスがしっかりと腰を持って支えてくれて。
「風が気持ちいいわ」
「そうだろう。で、生きているってどういう気分だ」
「とても素敵な気分。新しい恋、できるかしら。せっかく貴方に生かして貰ったんですもの」
「俺と恋するってどうだ?命は普通の人間と変わらない。ただ、ちょっと魔法が使えるだけの魔族だ。素敵な双子の姉妹を見かけて、おせっかいをしちまったって訳さ」
「貴方との恋?」
「こうして空を飛んで、色々と話しをして、色々と体験をして」
「面白そうね。幸せになれるかな」
「ああ、幸せにしてやるよ。絶対に」
心が弾む。
なんて幸せな。
ゼフィラスに抱えられて空を飛ぶイレーシアの心は、未来への希望に晴れ渡るのであった。




