谷間と畑と異世界と
「ご主人!起きて下さい!ご主人!」
「むっ‥むぐぅ!?」
‥気がつくとそこは 異世界‥ いや!谷間だった!?
「やっと起きてくれたっすーー!もう初っ端から焦らせないで欲しいっすよー!」
女の子は俺を抱きしめて目一杯喜んでいる。そこに住んでも良いと思えるほどの心地よさを名残惜しみながらその子から離れ、森の中なことを自覚すると彼女に色々と確認をさせてもらう。
「とりあえず介抱ありがとう。おかげで良い目覚めだったよ。ここが異世界って事で良いのかな?」
いかにも異世界の冒険者風なフード付きマントの格好をした彼女に問いかける。
「はいっす!ベルレ・トーチ様の世界、ワルセーンっす!」
「ワルセーンね。」
どうやら言語的なものは日本語で問題なく過ごせそうだ。格好もこの世界のものを着させられている。外套がいかにも冒険者っぽくて良い。
「君が従者って事でいいのかな?名前を教えてもらって良い?」
「ボクの名前はチャル・メラって言います!ベルレ・トーチ様に遣わされたご主人の従者っす!気軽にチャルって呼んで下さい!」
「分かったよ、これからよろしくねチャル。」
「はい!よろしくっす!」
これから彼女と旅をして、色々と世話をかける事になりそうだが、この明るい性格ならなんとか乗り切ってもいけそうだと思った。
さて、お次は能力の確認だ。
「チャルは俺の能力については聞いているかな?」
「はいっす。なんでも具現化出来る能力とか。こちらの魔法と同じ要領で思い描いて『イデア』と唱えると使えると聞いてるっす。」
「なるほど、イデア!」
手の平に光が集まり、具現化されたのはナイフ。ちゃんとホルダー付きだ。旅やサバイバルをするにはまずこれがないとね。
「はーすごいっすねぇ 何でも作れちゃうじゃないっすか。」
「俺がイメージ出来ればね。ステータスとかも見られるのかな?」
「現在の能力値の事っすね。念じれば目の前に現れると聞いてるっす。」
「了解。」
言われた通り、念じるとステータスが表示された。
レベルは3 と弱者も弱者だが問題はスキルだ。
保有スキル 記憶具現化 鑑定 無限水筒 アイテムBOX ベルレの加護
「おっ鑑定がついてる。アイテムBOXまであるのもありがたいな。」
「色々調べるのに便利だろうとおっしゃってましたっす。物を戻すときは逆に『アデイ』で戻るっす。」
「ふむ。『アデイ』」
瞬間ナイフが消える。出す戻すのふた動作で少し倦怠感が出る。
「なるほど、この疲れは魔力消費か。今のレベルでこの能力を使い過ぎれば体が使い物にならなくなりそうだ。これに回復方法はあるのかな?」
「はいっす。主に三大欲求によって回復するっす。お腹が空いたら食べるって感覚と一緒っすね。」
続きの説明を聞いてもどうやらこれでご飯を生み出し食べても魔力消費は免れないようだ。アデイと唱えた瞬間栄養も消えるのだから当然と言えば当然の帰結だな。あくまで自分で稼ぎ、生き残れと言うことだろう。
そうだ そう来なくては面白くない。
ベルレ神は俺の冒険心というかフロンティアスピリッツというかそういう欲すら満たすための役割を与えてくれたのだ。感謝しかない。
「じゃあとりあえず近くの街に移動しないっすか?ここだと夜中に魔物も出てくるかもなので。」
「ああわかった。近くの街まで案内してくれ。」
「了解っす!」
そう言って彼女は自身のリュックを担ぎ、2人で移動を開始した。
歩きながらこの世界のことを聞きながらいるとベルレ神の言っていたような内情、この大陸は大きく7国に分けられている事、季節がある事、文明は中世レベル程度である事などが判明した。
そしてこのまま歩いて2時間ほどの所に人間族の街『ベルレ・ガルア』があるとのこと。そこはベルレ神を祀る街で、一番信仰が深いその街にまず俺を送ったようだ。もうちょっと手前で良かったんじゃない?と思うところもあったが、森の中を歩くのが久しぶりで気持ち良かった。転移した心を落ち着かせる為の心遣いだったのだろうと勝手に解釈しておく。
夕方に差し掛かった時、森を抜ける。ブーツで長時間歩くなんて自衛隊の行軍以来だななんて考えていると一面に広がる畑の所に出た。
「うおっ広っ!」
丘から平野にかけて全て開墾された畑になっている。この丘の少し上の位置から臨む景色は昔見た十勝平野の畑の風景に範囲も趣も似たようなものに見えた。
「ここがベルレ・ガルアの畑群っす。街の部分はもっと先にあるっすよ。」
見回すと街道の先にある山の麓に城を構えた街の姿を確認する。畑は一つ一つの作物ごとに分けられているのか畦道で区切られ、色とりどりの野菜が育っているのが分かる。
「えーとこれはニンジン系、あっちの葉はまだ成長してないけどネギみたいなやつ、あの蔓伸び過ぎてんのは‥かぼちゃ系?向こう側には果樹もあるな‥あれは梨がぶら下がってるのか。左側のあれは麦!」
「ごっご主人? どうしたっすか急に?」
突如、元農業従事者のスイッチが入ってしまった。元々視力が良いのもあり、遠くの作物の種類まで把握し、その作付け状況を見極めていく。先ほどチャルに教えて貰った方角に照らし合わせると北に麦など穀類、南に果樹、東に葉物といった所だ。
「ふむ、チャルにちょっと聞きたいのだが東から南側を通って太陽は西に沈むのか?」
「そうっすよ。なんで分かるんです?」
「作物の種類から日当たりや水はけを考慮した畑だと思ったんだ。だとすると山の川の水が届きにくいやや北西の自分たちの今いる所は‥ やっぱり根菜類だな。」
花や葉っぱの形状から大体の種類を割り出して行くが畑には無断で入らないようにする。もしじゃがいもなどだったら入った瞬間害虫を畑に入れてしまう事にもなりかねない。
「異世界にいるかは分かんないけど、害虫のシストセンチュウにやられて作物ダメになっちゃうなどの場合があるんだよ。森を歩いてきたばかりの靴の裏には知らず卵が付いててうっかり畑に‥なんてなったら。」
「うう‥ 話の内容はよくわからないっすけど自分が勝手に入ると危険なことはわかったっす。気をつけるっす。」
伝わったようで良かった。この異世界には肉眼で見えない微生物や防疫に関する知識はまだまだ解明されていないのだろう。魔法でどうにかしてるのかもだけど。
街道をそのまま歩き街に向かいながら花畑を横切る。
「あっこの花の作物はサーツっていう芋っすね。蒸したり焼いたりすると甘くて美味しいっす。」
つまりサツマイモみたいなやつって事か。元いた世界でも主食級に食べている国もあるぐらいだし栄養価も高いんだろうな。 そんなことを考えていると
「「「「グロロロロロロロ!!!!」」」」
サーツ畑の奥の森側からでかい唸り声が鳴り響いた。
「ぽっ‥‥ポガポガっす!!!!」
そのお昼の番組みたいな名前の可愛さとは裏腹に見た目かなり大きめの猪に似た魔獣が現れた。大きく違う点は細身の鞭のような長い尻尾が目の前の枝や畑の柵を破壊している点だ。前足の両膝にはツノも生えている。バッファ◯ーマン?
「‥ご‥ご主人、どうするっすかー‥?」
ビビりながらチャルが聞いてくる。ポガポガは畑を荒らし、予想通りの見た目サツマイモのサーツを食い漁っている。
「やれやれ、議員時代に初めて一般質問した時と同じ内容になるとはね。」
イデア。と唱えて俺はかつての『相棒』を作り出す。
「まずは『鳥獣害対策』からだ。」




