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第3話

「……すごい。まるで映画みたい。」

分厚い鉄の門扉。奥へと続く石畳の道。

その先にそびえるのは、白亜の洋館。

午後の光を受け、窓硝子が鈍く光っている。

「ほんとに、こんな家に住んでたんだな、かおる……。」

悟が呟いた。

「行こう。」

美奈代がインターホンを押す。

数秒の沈黙ののち、スピーカーから低い声が響いた。

「どちら様でしょうか?」

「えっと……私たち、かおるさんの友人の沖田悟と佐々木美奈代といいます。ご家族の方

でしょうか?」

小さな間。

そして、静かな声が返った。

「少々お待ちください。」

門の向こうで何かが動く音がした。

「ねぇ、誰だろう?」

「多分、あれだよ。執事とか……」

「うわ、ほんとに出てきそう。」

冗談を言ったその瞬間、鉄の扉が軋むように開いた。

「お待たせいたしました。ご主人様の部屋へご案内いたします。」

現れたのは、背の高い老紳士。黒のスーツに手袋をはめ、深々と頭を下げた。

二人は並んで門をくぐった。

両側に伸びる木々の間を抜け、邸宅の玄関へと向かう。

白い大理石の階段を上り、重厚な扉が開かれる。

そこは、まさに映画の中のような広間だった。

正面には大きなシャンデリア、左右には二つの螺旋階段。

空気は静まり返り、時計の針の音だけが響いている。

「……うわぁ。」

思わず漏れた美奈代の声に、悟が苦笑した。

「まるで異世界だな。」

「お二階でございます。

執事の低い声に促され、二人は右側の階段を上る。

長い廊下、曲がり角、渡り廊下。

どこを歩いているのか分からなくなるほど、広く、複雑な構造だった。

途中で窓越しに海が見えた。

曇り空の下、波が白く砕けている。

最後にたどり着いたのは、突き当たりの一室。

「こちらでお待ちください。」

執事は一礼し、静かに扉を閉めた。

中はこぢんまりとした客間だった。

古いソファとテーブル。

そして、壁には数枚の絵画——どれも、どこか懐かしい筆致。

悟がソファに腰を下ろすと、広い屋敷の静けさが逆に胸をざわつかせた。

「なんかさ……」悟は低い声で言った。「こんな大豪邸なのに、案内されたのがこのこじん

まりした部屋って、変じゃない?」

「でしょ?」美奈代が身を乗り出した。「しかも、この部屋、全然掃除されてないよ。カー

テンの裾なんか、ホコリついてるし。わざわざ来たのに歓迎されてる雰囲気ないよね。」

ふたりは、ついさっき通ってきた迷路のような廊下を思い返していた。

階段を上り、曲がり、また階段を降り、渡り廊下を抜け……気づけば自分たちの位置すらわ

からない。

「わざと奥の部屋に閉じ込めるみたいに……」美奈代のつぶやきに、悟は苦笑しようとした

が、喉が乾いていた。

「まさか。そんなこと……ないよな。」

美奈代が携帯を取り出した。

「あれ?電波が……ない。」

「俺のもだ。」悟も画面を見せた。圏外の表示が静かに光っている。

「やだ……どうしよう。タクシー呼びたくても呼べない……」

「だ、大丈夫だろ……あはは。」と悟は言ったが、笑いは引きつっていた。

ふと目についた小窓へ近づき、取っ手を捻って押し上げた。

冷たい風が吹き込み、視界が開けた——

そこは断崖絶壁だった。

「うそ……だろ……?」

海から吹き上げる風が、足元をゾクリと震わせた。

その瞬間、美奈代の悲鳴が部屋に響いた。

「悟!ドア!!鍵がかかってる!!」

「えっ!?」

悟は慌ててドアに駆け寄り、ノブを乱暴に回した。

ガチャ、ガチャ……しかし、いくら強く回しても開かない。

「マジかよ……おい!!誰か!!」

悟は拳でドアを打ちつけた。

「なんで閉じ込めるんだよ!!開けろよ!!」

その怒声が吸い込まれるように屋敷の奥で消えた。

「悟……」美奈代の顔は完全に青ざめていた。

言い切る前に、美奈代が机を指差した。

「ねえ見て。机の形、変じゃない?……ほら。」

机の上には、何冊か本が並べられていた“跡”だけが残っていた。うっすらと色の差、埃の

形。

「ここ……かおるの机だったんじゃない?」

美奈代は引き出しを次々と開けた。

上段、空。

中段、空。

しかし、一番下の引き出しだけは——。

「鍵……かかってる。」

美奈代が引き出しを軽く揺らした。カチリと硬い音が返る。

悟が言った。

「中身、まだあるってことじゃ……」

そのときだった。

コン、コン。

静寂を破る乾いたノック。

「は、はい!」美奈代が震えた声で返事した。

ガチャッ……

ノブがゆっくり回される。

鍵のかかっていたはずのドアが——勝手に外側から開いた。

廊下の薄暗がりの向こうに、執事が立っていた。

先ほどとは違う笑み、何かを隠すような冷たい目つきで。

「……お待たせいたしました。」

その声は、妙に低く、乾いていた。

「申し訳ございません。つい……いつもの癖で鍵を掛けてしまいました。」

執事は深く頭を下げ、恐縮したように言った。

——癖で?

客が部屋にいるのに鍵を掛けるなど、本来ありえない。

しかも外側から施錠できる構造そのものが不自然だった。

悟も美奈代も、その違和感を胸の奥で共有していた。

執事はそれ以上弁解することもなく、「こちらです」とだけ言い、再び歩き始めた。

渡り廊下を渡り、右へ左へ。

まるで迷わせるための迷路のような廊下が続いた。

屋敷は広大で、美しいはずの調度品が何故か薄暗く不気味に見える。

壁にかかる絵画はどれも値が張りそうだが、人物の表情はどれもどこか歪んで、見られて

いるような感覚を覚えた。

やがて執事が一つの扉の前で立ち止まり、丁寧にノックをした。

「青木でございます。お客様をお連れしました。」

扉がゆっくりと開く。

そこには——白髪と白い口髭をたくわえた、六十代ほどの男が立っていた。

妙ににこやかな、しかし瞳だけが笑っていない目をした男だった。

「いやあ、遠いところをわざわざ来てくださったんですね。かおるも喜んでいることでし

ょう。さ、どうぞ、どうぞ。」

促されるまま、高価そうなソファに腰を下ろす。

執事は「お茶をいれてまいります」と言って静かに去った。

悟はおそるおそる口を開いた。

「かおるさんのお父さんですか?」

男は柔らかく笑みを浮かべた。

「申し遅れました。私はかおるの父——二ノ宮構造と申します。」

名刺を差し出され、二人は目を見張った。

美奈代は思わず声を上げる。

「えっ……まさか、あの有名画家の二ノ宮構造さんですか?」

「いやあ、有名かどうかは……」

「すごい……!私、『小麦色のブルー』大好きなんです!」

「それは光栄ですなぁ。」

美奈代は興奮気味に作品名を次々挙げる。

「昔の『新緑』『里の小道』も……ずっとファンでした!」

構造は満足げに微笑む。

一人取り残された悟は、沈んだ声で切り出した。

「……この度は、かおるさんがあんなことになってしまって……」

美奈代は我に返ったように頭を下げる。

「す、すみません……つい……」

「いいんですよ。」

構造は手を軽く振り、ソファを勧めた。

と、その時、執事が茶器を載せた盆を持って現れ、静かに置いて退出した。

構造は深く息をつき、静かに語り始めた。

「私も知らせを聞いて、本当に驚いたのです。……あの子が演劇をしていたなんて。そし

て——虐められていたこともね。」

「えっ?」

二人は同時に声を上げた。

構造は表情を曇らせた。

「今はもう、その子を責める気持ちはありません……が……悔しいんですよ。虐めが本当

にあったのなら……あなたたちは何か知っていましたか?」

「……今、初めて聞きました。」悟が答える。

美奈代も首をふった。

「誰が……そんなことを?」

「刑事さんが言っていたんです。遺書に、虐めのことが書いてある、と。」

「遺書に……?」

構造は机の引き出しを開け、一枚の封筒を取り出した。

差し出されたそれを見た瞬間——悟は立ち上がった。

美奈代は口を押さえ、震えた声を漏らす。

悟の反応を見て、構造は怪訝そうに訊いた。

「……この人物をご存じなのですか?」

「い、いえ……誰なのかは……分かりませんけど……」

悟はぎこちなく腰を下ろしたが、顔は青ざめていた。

「美奈代……帰ろう。」

「えっ、ちょっと悟……?」

「用事を思い出したんです。すみません……!」

悟は立ち上がり、半ば強引に美奈代の腕を引いて部屋を出た。

構造は驚いた様子で執事に声をかけた。

「青木君、玄関まで案内して差し上げて。」

二人は軽く頭を下げると、逃げるように玄関を飛び出した。

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