第2話
「――それから。
遺書の中に、名前が記されていました。」
悟と美奈代は息を飲んだ。
「ウロタサチコ……という人をご存じありませんか?」
その名を聞いた瞬間、美奈代の表情が変わった。
「え? ウロタサチコって……
『世紀末学園の謎』の脚本書いた人じゃなかったっけ。
ねえ、悟、そうだよね?」
「……ああ。」
悟は短く答えた。
声に温度がなかった。
吉川刑事は視線を二人に向け直す。
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「どなたか心当たりは?」
「誰も知らないと思います。」
悟の声には、今度はわずかな棘があった。
「演劇部でも、本名は誰も聞いたことがない。
かおるも“ペンネームです”としか言わなかった。
「なぜ名乗らないのでしょう?」
悟は視線を正面から返した。
「――知られたくなかったんでしょう。
それだけです。」
その返答は、まるで
自分自身に言い聞かせるようだった。
吉川刑事はそれ以上追及せず、名刺を差し出した。
「何か思い出したら連絡ください。
今日はありがとうございます。」
そう言って、警察は校門を離れていった。
夕風が吹いた。
どこか、秋の終わりのにおいがした。
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帰り道。
美奈代は、止まらない言葉を並べ続けた。
「ねえ……でもおかしいよね?
なんで遺書に“ウロタサチコ”って書いてあるの?
脚本家がかおるの自殺に関係あるってこと?」
悟は黙ったまま歩いた。
「演劇部の人なら誰か知ってるはずじゃん?
かおるが“秘密にしてほしい”って言ってたのかな……」
美奈代が喋り続ける間、悟は一度も返事をしなかった。
「……悟?」
美奈代が立ち止まる。
悟は振り返らなかった。
「……帰ろう。」
ただ、それだけ。
美奈代は眉をひそめたまま、家へ向かった。
玄関の扉が閉まる音が、静かに夜へ溶けた。
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悟は家に着くと、靴も脱ぎきらないうちに自分の部屋へ向かった。
机の引き出しを開ける。
そこに一冊の台本があった。
『世紀末学園の謎』
表紙に、丁寧な字で書かれた名前。
脚本:ウロタサチコ
悟は、その文字を指先でなぞった。
指が、かすかに震えた。
部屋の灯りが、紙の白さを冷たく照らしていた。
悟は息を吸い——
吐けなかった。
なぜなら、悟は知っていた。
ウロタサチコが
かおると
直接、結びつきうる理由を
けれど、それはまだ言葉にならない。
悟は両手で顔を覆った。
静かに、静かに時間が過ぎた。
部屋の中で聞こえるのは、
自分の呼吸の音だけだった。
翌朝。
冬の陽射しが冷たい校門を照らしていた。
沖田悟と佐々木美奈代は、いつもの場所で顔を合わせた。
この「いつもの朝」は、小学校の頃から続いている。
幼い頃からずっと同じ道を並んで歩き、同じ校舎に通ってきた二人。
この日もまた、習慣のように歩き出した——はずだった。
「ねぇ、悟。なにか隠してない?」
不意に、美奈代が口を開いた。
「えっ、何が?」
「何がって……かおるのことよ。それと、ウロタサチコって人。知ってるんでしょ?」
悟は少し息を飲んだが、すぐに顔を逸らした。
「知らないよ。かおるに照明を頼まれただけだって。美奈代も知ってるだろ?」
「そうだけど、なんか変なんだよね。女の勘ってやつ?」
冗談めかして笑う美奈代。
悟は苦笑いを返しながら、少しだけ歩調を速めた。
「なんか変なのよ……」
「またか。昨日も同じこと言ってたぞ。」
「だって……かおるが自殺するなんて、どうしても信じられないの。」
その言葉に、悟は足を止めた。
しばらく風の音だけが聞こえた。
「……かおるの自宅に行ってみるか?」
美奈代は目を見開いた。
「えっ、でも、今誰もいないんでしょ?」
「おばあさんと二人暮らしだったけど、かおるが亡くなってから入院してるらしい。面会
もできないって。」
「そう……」
「でも、実家なら知ってるよ。静岡の方だ。」
「え?なんでそんなこと知ってるの?」
悟が口を開く前に、美奈代が胸を張って言った。
「ふふん。一応、新聞部ですから。いろんな情報は入ってくるの!」
悟は笑いをこらえきれず吹き出した。
「ははっ。でも、ウロタサチコのことは知らないんだ?」
「……もういい!」
ぷいっと顔をそむけ、美奈代は先を歩き出した。
悟は苦笑しながら、肩をすくめた。
「ごめんごめん。なあ、美奈代。冬休み、かおるの実家に行ってみないか?」
「……えっ?」
その一言で、美奈代の足が止まった。
悟の表情には、冗談めいた軽さはもうなかった。
「本当に何も分からないままで終わるのが、嫌なんだ。」
「……うん。行こう。」
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冬休みの初日。
鈍色の雲が垂れ込める中、二人は静岡行きの新幹線に乗っていた。
窓の外では街が後ろへと流れ、やがて遠くの山々が白く霞んでいく。
「ほんとに行っちゃうんだね、私たち。」
「怖いか?」
「……ちょっと。」
美奈代は笑ったが、その笑みにはかすかな緊張が混じっていた。
悟も笑い返しながら、心の奥で同じものを感じていた。
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静岡駅からタクシーに揺られて 15 分ほど。
海を遠くに望む丘の上に、その屋敷はあった。
「ここだ。」
美奈代が表札を指さす。
確かに、そこには“二ノ宮”と刻まれていた。




