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キリマンジャロ

俺は助手席に乗せたあと、ぐったりとした彼女にシートベルトを着けた。した俺は運転席に座った。そして着ていたジャケットを脱ぎ、彼女に羽織らせた。


俺は突然の事態で慌てながらもエンジンを入れて、ラジオ局を後にした。プロデューサーに言われた病院までの道のりをナビを見ながら大急ぎで車を走らせる。心配がとても大きかったが、言葉をかける余裕もないほど必死だった。車内は彼女の荒い息の音が聞こえるだけだった。


赤信号に捕まって、停車せざるを得なくなった。不可抗力で停車したことによって、心も落ち着きを少し取り戻した。どれだけ焦ろうが、信号の変わる時間は早くならない。俯瞰でそう思えるくらいには冷静になった。


信号を待っているとプロデューサーから着信があった。『篠塚、今大丈夫なのか?』「はい、赤信号なので多少は。」『あぁ、じゃあ1個だけ伝えとく。病院だけど、今連絡したら裏口で職員が待機してるらしいからそこから入ってくれ。それじゃ。』


彼女の方に目をやるとこちらも少し落ち着いたのだろうか、先ほどよりも健康な顔色を取り戻しつつあった。信号の方に視線を戻していると、彼女が口を開いた。「篠塚さん、ごめんなさい。ご迷惑かけちゃって…。」「そんなこと言わないでください。大丈夫ですから。今日入られた時から顔色悪くて心配だったんです。」


彼女の声は弱々しかった。消え入りそうで、儚さを感じるような、泣いている時のような声色だった。「あたし、はしゃぎすぎちゃったみたいです。今日も篠塚さんと会うと思うとちょっと緊張しちゃったというか…」


ドキッとする言葉だったが、今はそれよりも申し訳なさが勝った。自分のせいで彼女に無理をさせてしまっていた。俺にガッカリされないように、彼女は俺の前だけでも完璧な彼女を演じていたのだ。所詮自分も彼女と会う時には浮き足立ってしまって、彼女のことを心配しているつもりだったが、その真意までを見抜くこともできていなかった。自己嫌悪になっていたかもしれないが、それを心配できなかった自分に腹が立った。


「アリンさんごめんなさい、無理させてしまって。」「いえ、篠塚さんは悪くないです。それに…」そう言うと彼女はシフトレバーに置いた俺の右手を覆うようにそっと触れた。「篠塚さんがいると…安心します。」


俺は言葉に出来ない嬉しさと恥ずかしさを覚えた気がした。何も言わずに車内の静寂がこだましていた。信号が変わって車を走らせ、何とか病院に着いた。



裏口には看護師と思われる人が待機していて、停車するなりすぐに駆けつけて来た。シートベルトを外して颯爽と車を降りると看護師が声をかけてきた。


「ご苦労さまです。お話は聞いてます。患者さん降ろしましょうか。」返事をすると助手席のドアを開いた。シートベルトを外してゆっくりと降りるように補助をしたが、足元はおぼつかなくぐったりとしているようだった。


またしても彼女は足をおぼつかせながら俺にもたれかかった。「かなりぐったりしてますね…歩けますか?」看護師がそっと彼女に問いかけた。「ごめんなさい…体が重くて…」細くなりゆく声でそう言った。


すると看護師が口を開いて「じゃあ車椅子持ってきますね、ちょっと待っててください。」その姿を俺の一言で呼び止めた。「大丈夫です、俺が手伝います。」そう言って俺は彼女の前について「掴まってください。」と告げた。


彼女は一瞬きょとんとした顔をしてから、ためらうように俺の肩に手を置いた。力はほとんど入っていない。それでも、その重みがはっきりと伝わってきた。

「すみません…」「大丈夫ですから。」


背中に回した腕に、彼女の体温がじわりと伝わる。浮き足立つシチュエーションかもしれないがそんなことはどうでもよかった。とにかく彼女を思って体が反射的に動いた。


看護師が頷くと「お願いします。こちらで受け取りますので、そのまま中へ。」俺は彼女を背負ったまま、慎重に救急入口の中へ足を踏み出した。中に入ると、彼女から伝わる体温と消毒液の匂いが鼻を突いた。


診察室に入り彼女をベッドに横たわらせると、奥から院長らしき男性がこちらに来て、看護師と診察の準備を着々と進めた。すると看護師がこちらに声をかけた。「診察しますので、廊下の椅子に掛けてお待ちください。」「はい、よろしくお願いします。」俺はそう言うと廊下に出て椅子に腰を下ろした。


ドタバタとした時間から抜けて一人でゆっくりする時間がやっと訪れたようだった。けどそんな状況で落ち着くはずもなく、椅子から立ち上がっては腰を下ろしてを何度も繰り返していた。俺のせいで無理をさせていたら、喫茶店で会った時も空元気を続けさせていたのではと思うと罪悪感と自分の情けなさが込み上げるばかりだった。


落ち着かないままウロウロしていた時、携帯が揺れ動いた。画面を見ると彼女のマネージャーからの電話だった。「もしもし、お疲れ様です。」「あ、お疲れ様です。すみません篠塚さん、ご多忙だというのに。」電話先の声は少し焦りがありながらも申し訳なさが伝わるような声で、俺に対する気持ちが十二分に伝わった。


「いえ、とんでもないです。今診察してもらってるとこです。」「あぁそうですか。ほんとありがとうございます。」先程よりも安堵がこもった声でそう耳に響いた。「それで本当に申し訳ないんですが、私どうしても離れられない会議がまだ続いてまして、早急にそちらに向かえない状況なんです…。」


声色が先程のように戻った。「なので、大変おこがましいのですが、彼女を家まで送っていただいてもよろしいでしょうか…」「はい、大丈夫です。お任せください。」そう言うとまた安堵のこもった声で電話は終わった。


俺は入口付近の自販機に向かい、キリマンジャロコーヒーを買い、ゆっくりと椅子に座りながら飲んだ。爽やかな酸味が疲れを癒してくれるようだった。

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