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カフェラテ

家に帰ってから、頭がそのことでいっぱいになった。もはやそれ以外の情報を脳が会得しようとしていなかった。仕事の過酷さや日々の代わり映えの無さなどとうに消えたように体が軽かった。


体は驚くほど疲れているはずなのに、来週のことを考えたら寝付くのも困難だった。けれどその時間さえもなんだか楽しかった。


あまり寝れないまま朝を迎えた。たまには珍しくカフェラテを淹れてテレビをつけた。『本日の占いの最下位は…ごめんなさ〜い、てんびん座のあなた!』ぼーっとしながら身支度を進めていたら占いが始まっていた。最下位でも無駄に気分が沈むことはなかった。家を出るまでまだ時間があったが、自分の車でゆっくりと出勤した。


今日は彼女のグループがゲストとして出演する特例のラジオ番組の収録だった。午前中のデスクワークの記憶は無いに等しかった。そして待ちに待っていた収録の時間になった。


彼女達が到着し、挨拶を済ませてからとあることに気づいた。彼女の顔が明らかに昨日より悪かった。いつもの笑顔を振りまいていたが、目元のクマが目立ち、しきりに重そうな溜息をついていた。俺は職場だと分かっていたが、あまりにも心配で他のメンバーが作家やメイクさんなどと話している間に声を掛けた。


「アリンさん、大丈夫ですか?顔色悪いですよ。」「大丈夫…です。ちょっと寝不足なだけだと思います…。」彼女は笑顔でそう言ったが、俺の心配が晴れることはなかった。むしろ無理をさせてしまったのではとさらに心配になってしまった。


そう思っていると彼女達のマネージャーに呼ばれた。「ADさんすみません、私ちょっと別件で出なくちゃいけなくて、なにかありましたらよろしくお願いします。」「はい、かしこまりました。何か起きればこちらで対処して連絡します。」マネージャーは電話をしながら部屋を出ていった。


心に霧がかかったような感覚になったが、そうこうしているうちに収録の時間になった。彼女の顔色に気分が苛まれていたが、収録が始まってからの彼女の顔を見て驚いた。ラジオで顔が見えていない状況でも彼女は楽しそうに顔色を変えて振る舞っていた。その様子に底知れぬアーティストの信念を感じた。けれどなぜだか、俺の心配がさっぱり晴れることはなかった。


収録が終わり、他のスタッフや彼女達も話しながら撤収に向けて動いていた。けれど彼女にふと目をやると、椅子から立たずに項垂れているようだった。俺はディレクターブースを飛び出してすぐに収録ブースに飛び込んで彼女の元へ行った。


収録ブースに入るまでにメンバーの1人が気づいて心配していた。「大丈夫ですか?具合悪いですか?」彼女は小さな途切れそうな声で「ちょっと…熱が…」と言った。近くにいたメンバーの子がプロデューサーを呼びに行った。俺もマネージャーに連絡しようとスマホを取ると、彼女が俺の服の袖をか弱い力で掴んで「助けて…」とか細い声で言った。


「大丈夫です。すぐにどうにかします。」彼女のそばでそう言った。収録ブースの扉が開いて、プロデューサーが来た。「これはちょっと病院行きましょう。誰かタクシー呼んで!」と部屋にいる人に呼びかけた。


「あ、俺車で来てるんですぐ出せますよ!」反応する間もなくそう言った。プロデューサーが俺の方に来て、「そうか、じゃあ頼んだ。マネージャーには俺から電話しておくから。局の正面に車出しといて。」俺は話が終わってから駐車場に向かって走った。


やはり無理をさせていた。昨日からなにかおかしかったんだ。けれど彼女は気を使って収録中は空元気で過ごしていたんだ。あの時にもっと心配していたらと自分の不甲斐なさが嫌だった。だがそんなことを考えている暇など無く、駐車場に駆けて運転席のドアを雑に開けて局の正面入口に停車した。


数分後、プロデューサーに付き添われながら彼女がエレベーターから降りてこちらに来た。その足取りは少し不安定で、いつ倒れてもおかしくない様子だった。「少し遠いけど、1番近いのがこの総合病院だからそこ行ってくれ。」プロデューサーがスマホを見せながら説明した。理解した俺はすぐに彼女に声を掛けた。


「歩けますか…?」消え入りそうな声で「はい…」と言った彼女はゆっくりと歩き出した。だが僅か数歩でふらつきは増して、前方に居る俺にもたれかかるようによろけてしまった。咄嗟に体が反応して彼女を支えた。するとプロデューサーの電話が鳴り響いた。「篠塚ごめん、ちょっと任せていいか?」「はい、あとはお任せください。」


意識が朦朧としかけている彼女の声が耳元で響いた。「ごめんなさい…ちょっと…」「大丈夫です。早く車乗っちゃいましょ。」俺は肩を貸しながら車へと向かった。後部座席の扉を開けようとした時、彼女が口を開いた。「篠塚さん…助手席じゃダメですか…?」予想だにしていなかったことを言われて不意打ちを喰らったようだった。「いや…でも横になられた方が…」「私は……隣にいてくれた方が嬉しいです……。」俺はゆっくりと後部座席の扉を閉めた。

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