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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

RPGで最弱扱いのあれ

ぞくぞくっ! RPGで最弱扱いのあれ

作者: S屋51

 ある日、一人の人間が忽然と消えた。

 部屋に帰って来たところは監視カメラ映像に残っている。けれど、出て行ったところは部屋のカメラにもマンションのカメラにも映っていない。

 ただ、奇妙なものが映っていた。

 まるで意志を持っているかのように床に広がり、部屋を這い回る水。

 それは用が済んだ後は最初現れた時と同じように何の痕跡も残さず消えた。

 水にしか見えないが水でなかったのかもしれない。その正体は知れず、ただ映像だけが残った。


 男は約束の時間5分前に姿を見せた。

 30代後半と聞いていたが酷く疲れた顔をしており、50代以上に見えた。

 歩き方が不自然であり、右足に異常があるのはすぐに分かった。

 大きな紙袋を下げて、まるでその荷物のせいでバランスが悪いかのようにひょこひょこ歩いて来た。

「あんたが投稿者Xさん?」

「そうです、証言者Yさん?」

 男の問いに義弘は頷いた。

 投稿者Xは義弘のハンドルネームである。

 動画投稿サイトに手に入れた奇妙な動画を投稿する際に適当に考えたものだ。いや、考えなかった結果とも言える。

 義弘の妹はある日突然消えた。

 事件とも事故とも分からない。自発的な蒸発にしては財布も現金も置いて行っている。なにより、唯一の肉親である義弘に一言もなかった。

 なにも持ち出さず、誰にもなにも言わず、余りに奇妙な失踪。警察も調べてはくれたが事件性がない案件では大規模な捜査はできないということで、初動で思うような成果も得られなかったこともあり、既に自発的な失踪で決着していた。

 妹の部屋に設置されていた屋内用監視カメラに残された映像。

 そこに映っていたおかしな、自然ではあり得ない動きを見せる水としか見えないもの。

 それがなんなのか分からないが、妹の失踪と無関係とは思えなかった。

 警察にも見せたがその映像だけではなんとも言えないと取り合って貰えなかった。彼らは人間の犯罪者を捕まえるプロであって、奇妙な生物(?)の取り扱いはしていない。

 それがなんであれ、常識的な存在でないのは義弘にも理解できた。だから対処に困った。

 妹の失踪にはそれが係わっているに違いない。そう直感し、それの正体を突き止めることが妹を見つけることに繋がると考えたものの、どうすればいいか分からなかった。

 だからネットで晒すことにした。ネットに晒せば全世界から情報が集まる。

 素人でも簡単に動画をネットにアップロードできる。

 義弘はその奇妙な水のようなものが映った動画をいくつかの投稿サイトにアップし、こんな映像が撮れたのだが情報はないかと呼び掛けた。

 映像はただ部屋の床に水が広がり、それが生き物のように動き回り、消えて行くだけの単純なもの。刺激などなにもありはしない。

 だから動画の感想は、

 ーなにもないじゃん

 ー『水」、だろ?

 ーもう少しマシな加工しろよ

 ーディープでもないフェイクですね

 ー床が綺麗になったね

 などとまともに取り合わないものが殆どだった。

 妹が消えたという背景を敢えて伏せたことで、その映像が大したものではないと受け取られた結果だ。

 しかし、妹の失踪を世間に晒す気はなかった。そんなことをしてしまえば後々妹が困る。なら妹の名を伏せて状況だけでも書き添えてはどうかとも考えたが、それだと下手な創作と一蹴されて終わりだったろう。

 精巧なフェイクが有り触れた世にあっては、信憑性を持たせるには個人名開示ぐらいのことをしなければ、それが現実であるとの証拠にならない。

 殆どの人がどんな映像かと期待しながら再生し、余りにもなにも起こらないので失望のコメントを投げて行く。

 そんな状況の中で証言者Yは違った。

「ひょっとしたら自分は同じものを見たかもしれない」

 証言者Yはそう言ったのだ。


「本名は、別にいいよな」

 Yは義弘の向かいの席に勝手に座った。

 お互い友達になろうというわけではないし、知らない同士であって信頼もない。本名を明かすのはリスキーな話なのだから必要なこと以外は伏せておくのがお互いのためだった。

 義弘も証言者Yを全面的に信じているわけではない。

 ただ、義弘を騙すメリットが思い付かない。義弘は映像に映ったものの情報を集めはしたが妹の件は伏せた。義弘がどれほど情報を渇望しているかは証言者Yには分かりようもないことであり、情報に懸賞金をかけたわけでもないのだから、あの映像だけで義弘を騙すことにメリットを見つけることは不可能だった。

 それでも愉快犯というものも存在する。

 損得ではなく、楽しいかどうかが彼らの判断基準。

 そういう輩もいるのだから証言者Yが真実を証言する者かどうかは分かりはしなかった。

 ただ、直接顔を合わせた印象からすると、Yを名乗る男は愉快犯には見えなかった。

「アイスコーヒーいいか」

 卓上にある注文用タブレットを手に取ってYが言い、義弘が頷く前に注文していた。

 駄目だと言われたら自分で払うつもりだったのかもしれない。

「それで、あれと同じものをどこで見たんです?」

「まず言っておくが、絶対に同じとは言い切れない。似たようなものだとは思うが確認しようがないからな。俺が見たのはもっと濁った水だったし」

 そこで男は一度言葉を切り、ただテーブルを見つめ、数十秒そのまま動かなかった。

「いや、悪い。あんまり思い出したくないことなんだ。けど、忘れられない。正直、どうしてここへ来たのかって疑問にも思ってる。

 俺は見たものを見たまま周囲の人間に話したんだ。そうしたらイカれたと思われた。だから人に話さないようにしてた。けど、あんたの映像があった。あれ、フェイクじゃないよな?」

 証言者Yの疑いは尤もな話で、あの程度の映像ならやろうと思えばいくらでも作れるだろう。いや、もっとそれっぽい演出も可能かもしれない。

 本物より本物らしいものが作れてしまう。

 映像を見ただけで本物と確信するのは、疑うことを知らない人間か、本物を見たことがある者だけだろう。

「違う。コピーで良ければデータを渡してもいい。検証したいなら……」

 言い掛ける義弘を証言者Yが手で制した。

「いやいい。そんなもの渡されても俺じゃ調べようがない。あんたが本物だというなら信じるよ。あんなの作って俺を嵌めたって、あんたにはなんの得もないことだしな」

 アイスコーヒーが来た。

 Yは一口飲んでから大きく一つ息を吐き、

「もう二年も前になる。俺には仲のいい従弟がいて、月に一回ぐらい一緒に飲みに行ったりしてたんだ」


 Yの従弟はマンションで独り暮らしをしていた。

 互いに独り身の気楽さで、頻繁に行き来をしていた。従弟の家で宅飲みすることもあれば仲間を集めて麻雀をしたこともある。

 Yは従弟からマンションの合鍵を貰っていたし、マンション玄関のナンバーロックの数字も教えられていた。

 兄弟同然であったから互いの家への出入りも自由で、従弟が留守のときにYが部屋を使うこともあったし、出張した従弟に頼まれて部屋に置き忘れたデータを転送してやったこともある。

 Yは日常的に従弟の部屋に遊びに行っていた。なんでもないときでも顔を出した。それぐらい、気安い関係だった。

 その晩、特になにも約束はなかった。

 ただ仕事仲間と一杯やってから家まで帰るのが億劫になり、従弟のマンションが近いから一晩泊まらせて貰おうと思った。

 女でも連れ込んでいると悪いから事前にメッセージを送ったが返事はなく、電話しても応答がなかった。

 酒でも飲んで寝てしまったのか、それとも携帯をどこかに置き忘れでもしたのか。どちらにせよ特に不審に思うこともなくマンションに行き、エントランスのセキュリティを解除して部屋に向かった。

 合鍵を使って部屋に入るとリビングの照明がついたままになっていた。

「おい、いるのか?」

 声を掛けても反応はなく、視線を巡らすとバスルームに明かりが付いていた。

 シャワーでも浴びているのだろうか。

 それなら電話に出なかったことにも説明がつくが、電話を掛けてから少し時間が経っている。それなのにまだシャワーを浴びているというのは少し長過ぎるのではないか。

 従弟はいつも烏の行水で、さっと身体の汚れを洗い流すだけだ。

 10分以上バスルームにいたのを見たことがない。

 ひょっとしてバスルームで倒れてでもいるのか。

 そんな考えが浮かぶと途端に不安になった。

 少し前に親類の小父が旅行先の風呂場で倒れてそのまま亡くなったこともあって、そのときのYはいつもより過敏になっていた。

 バスルームでの心臓発作などの急病。

 それは誰にでも起こり得ることであり、発見が早いか遅いかが命運を分ける。

 Yはバスルームを確認することにした。

 もしなんでもなかったとしても問題はない。なんだよ、と素っ裸の従弟に睨まれるだけのことだ。

 男同士だから遠慮もない。

「大丈夫か」と声を掛けると同時にバスルームのドアを開ける。

 そこで一瞬思考が停止した。

 広いとは言い難いバスルームに従弟の姿はなかった。

 代わりに床にでかい芋虫が転がっていた。

 人間サイズで、腰の辺りで折れ曲がっている黒くテカテカしている芋虫。

 蛾の怪獣でもあるまいし、そんなでかい芋虫がいるわけもない。

 ぎょっとして固まり、それが一体なんであるかを思考する。

 それは作り物ではない証にびくんびくんと動いていた。

 誰かが寝袋に入って悪ふざけをしている、ように見えないこともないが、このタイミング、この場所でそんな悪戯など仕掛けるはずもない。

 思考が纏まる前に、芋虫の一部が盛り上がり、その先端がYに向かって伸びて来た。咄嗟に避けようとして尻餅をついたYの前で、伸びて来た黒っぽい触手がこちらを観察するようにゆらゆらと揺れる。それは鎌首を擡げた蛇のようにも見えた。

 触手は最初は本体と同じ黒色をしていたが、すぐに無色透明になった。

 まるで水飴細工かなにかのような見た目で、しかしそれは動き回る。

 悲鳴を上げる間もなく文字通り這々の体でバスルームを離れ、そのまま玄関へ向かう。

 振り向く余裕もなくリビングを横切り、何度も転び掛けながら玄関ドアへ。

 ノブに手を掛けたところで強く足を引かれてつんのめった。その勢いでドアに顔をぶつける。

 それを痛がっている暇はなかった。

 右足を引かれて床に俯せになり、そのままずるずると引っ張られる。

「ひい」

 やっと悲鳴が出た。

 身体を捻って足の状態を確かめると、無色透明の、クラゲの触手のようなものが右足の臑辺りに巻き付き、Yを引っ張っていた。

 Yは成人男性であり、体重は平均よりやや重いぐらいあるのに、それの引く力に勝てなかった。ずるずると引っ張られ、玄関ドアが遠離る。

 このままではまずいと思った。

 玄関からこれ以上遠離ったら助からない。

 力で対抗しようと考えなかったのは英断だったかもしれない。

 Yは咄嗟に右足、義足のロックを外した。

 義足が勢いよく外れ、勢い余って高く、天井近くまで跳ね上がる。

 カツオの一本釣り漁でも見ているようだった。

 足に巻き付いていたものは一瞬なにが起きたか分からなかったろう。それが戸惑っている間、隙ができた。

 Yは全力で玄関に向かい、ドアを開けて廊下に出ると叩き付けるようにしてドアを閉めた。夜であったから隣近所から苦情が出かねない勢いだったがそんなことを気にしている余裕はなかった。


「廊下に出て、そのまま一本足で階段を駆け下りた。

 お隣さんにでも助けを求めりゃ良かったのかもしれないが、とにかく恐くてね。少しでも遠くに、それだけを考えて一階の管理人室に駆け込んだ。

 そっから良く覚えてないんだが、とにかく従弟の部屋でやばいことが起こってると言ったらしい。警察も呼んで大騒動だ」

「それで?」

 そう尋ねはしたが、答えは聞かずともなんとなく分かっていた。

 義弘の想像通り、Yは首を横に振り、

「なにも。なにもなかった。

 従弟の部屋には誰もいなかったし、俺が見た黒い芋虫もいなかった。俺の義足は落ちてたがな。

 従弟が居なくなった。それを除けば本当になにもなかった。間の悪いことに、俺はその晩飲んでたからな。飲んで、酔っ払って従弟のところに泊めて貰おうと思ってたぐらいだ。

 多少部屋が乱雑になってても、それは酔っ払った俺のせいってことになった。結果、めでたく酔っ払いの戯言と処理されて、従弟は消えたまま。見たままを話した俺は頭がおかしくなったと思われた上に、従弟を殺したんじゃないかと親戚からも疑われる始末。

 まあな、俺がおかしなことを言い出したタイミングで従弟が消えたんだ。そう思われても仕方ねえ」

 囁くような小声で言いながら、Yはアイスコーヒーをストローで買い混ぜた。カラカラと氷が音を立てる。

「けど、あいつはいたんだ。それは間違いねえ」

 Yは持って来た大きな紙袋を掴むとテーブル越しに義弘に差し出した。

 受け取ったそれの中を覗けば義足が入っていた。奇妙な形に歪んだ義足だ。

 義足は人の身体を、体重を支えるだけの強度を持っている。それがぐにゃりと曲がるなど、一体どんな力が掛かったというのか。

「ガキの頃に事故で義足になった。それをあの日ほど感謝したことはねえよ。義足じゃなかったら、今頃どうなってたか」

 生唾を飲んで義弘は紙袋を相手に返し、呼吸を整えてから問うた。

「それは、なんだったんです?」

「分からない。じっくり観察したわけじゃないからな。けど、俺の足に絡んで来たのは触手としか言い様がない。水、ゼリーみたいなものでできた奴。

 けどな、バスルームにいたのは黒くてでかい芋虫だ。どうして触手は無色透明なんだ?」

 それは義弘に質問しているというより、自問のように聞こえた。

 答えを持たぬ義弘はただ黙って次の言葉を待っている。

「あれが、無色透明の水みたいなのがあいつの本来の姿なんだろう。

 黒い芋虫は、黒いんじゃなくて中にあるものの色が混ざってただけで。

 よくよく思えば、芋虫の中から俺を見ている眼があったように思う。従弟が、必死の形相で俺を見ていた。そんな風に思えて仕方無い。本当に見たのかどうかは自信がない。なにしろ、一瞬のことだったからな。

 でも、きっとあの芋虫は……」

 Yは言葉を止めて視線を上げ、

「なあ、あんたがあの映像を撮った部屋。誰かが消えたりしたんじゃないのか?」

 義弘は……答えられなかった。

 そのことを考えなかったわけではない。考えたくもなかっただけだ。

 鼓動が早まり、息が詰まる。

 妹が……そんなこと、あり得ない。あってはならない。

 ポケットを探り、財布を出すと紙幣を一枚出してテーブルに置いた。

 紙幣の種類を確認している余裕はなかった。

「すみませんが、これで失礼します」

 ようようそれだけ言って、義弘はフラつく足取りで店を出た。

「あいつの正体が水みたいだとするとよ、見つけるなんてできやしねえ。俺たちはただ、あいつに出会わないように祈ることしかできねえよ」

 Yの声が聞こえたのは店を出る前だったはずなのだが、その声はいつまでも義弘の脳内で響き続けた。


 ふとそれは思い出していた。

 以前に一度失敗したことを。

 食事中に思わぬ来訪者があった。急いで捕まえようとして確かに掴んだのにすっぽ抜けてしまった。

 人間に自切のような真似ができるとは知らなかった。そのせいで、逃がしてしまった。

 騒がしくなるかと警戒したが、それほどでもなかった。

 あれ以来、人間を襲うときに四肢だけを掴むことはやめた。必ず胴体を掴むようにした。

 そうすればさすがに自切できないだろうから。


中をじっくり観察しなくて正解だったかもしれません

きっと、眼が合ったでしょうから


まだ続く……かも?


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至極、真っ当。現代社会に「それ」が存在していたとして、何もできることはない。 親しい人達を失った遺族達は、どうすることもできないまま虚しさを抱えるしかない。 できることと言ったら…、被害の類例を集め…
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