喪之七 傷心喪女は大空を彷徨う
「納期短いのは分かってる。だけど、今だけは寝させて……」
『テルコさん! 仕事ですよ』
ジョン=スミスに電話で仕事の催促を受けながらも、自宅で毛布に包まって丸くなる私は、
高天テルコ 31歳 傷心喪女
ごめん。今は心が折れてるから仕事無理。
在宅勤務の仕事として【ブライダルビデオ編集】を始めて5カ月。わりと好評で業界は不況なのに仕事はそこそこ貰えるように。
冬も終わり、春が近づく良い季節。
撮影スタッフ込みでの動画作成の依頼があった。
式場が近かったので引き受けた。
新婦は前職の後輩だった。名札で正体バレた。
そして、【破滅の言霊】を浴びてしまった。
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『あっ。高天先輩じゃないですかぁ。仕事辞めたのに苗字変わってないんですねぇ。なんで結婚しないんですかぁ』
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心が折れた。
でも、結婚式場を塩素で満たすわけにはいかないので、笑顔で耐えた。
披露宴が終わるまで耐えて仕事した。しかし、限界が来てしまった。
新郎新婦は披露宴の後で新婚旅行に出発。
空港の出発ゲートで最終カット撮影の予定だったけど、そこの収録はジョン=スミスに代わってもらって、私だけデータ整理の名目で帰宅。
毛布の中に逃げて今に至る。
『テルコさん! 【社会正義】の仕事です。あの2人が新婚旅行でナニするか大人なら分かるでしょ。彼女の職場知ってるんでしょ。このままだと大変な事になりますよ』
スピーカーフォンにしたスマホから響くジョン=スミスの声で我に返る。
あのバカップル共は【共働き】で頑張ると言っていた。
ということは、妊娠したら【産休】を取るつもりだ。
彼女の所属は激務で知られる【業務計画課】。
所属は6人だけど、3人が育休中。
確かに大変な事になる!
『小牧空港発沖縄行き。先程離陸して現在伊勢湾上空。スマホに座標を送ります。スキルアップした【怨嗟】の力で、救うべき人を救ってください!』
私が救うべき人。
仕事で多くの花嫁を見てきた。
幸せな新婚の【産休】の陰で、残業が慢性化する職場。
そして、出会いの機会を失った果てに【破滅の言霊】を浴びる【喪女】
「しないんじゃなくて、できないんだ!」
禁断の呪詛の力で怨嗟が沸き上がる。
毛布から出て玄関から駐車場に飛び出す。
「喪魔法奥義! 【喪女心の翼】」
ドカーン
心の闇の翼で大空へと飛び立ち、ミサイルの如き速度でバカップル共が乗った旅客機に向かう。
「【喪女】にアレ言って、【産休】取れると思うんじゃねぇぞぉぉぉ!」
●オマケ解説●
人間は自分が正しいと信じた時に一番ひどい事ができます。
だから【正義】ってすごく危険な言葉なんです。
育児は仕事よりも大事な母親の役割だし、今の時代共稼ぎが常識だから【産休】を取得して休むのは正しいと。
子供を育てるのが社会の目的だから、育児中の母親がたびたび職場を抜けても、それを残った独身者が支えるのは正しいと。
経営者の仕事は株主のために売上と利益を上げることだから、【産休】【育休】取得者増加で稼働人数が減ったとしても、生み出す付加価値が増えていない職場に所属人数を増員しない判断は正しいと。
皆がそれぞれの正しさを行動で示した結果、魔法喪女が降臨。
所属人数が減ってしまえば、増員はできる。
【業務計画課】の独身女性は救われた。
これこそが【社会正義】。
ひどい。ひどい。