The 格差社会
休みの日、高木は部屋に溜まっていた読み終えた漫画をまとめ、新古書店に売りに行った。国道沿いにあるチェーン店は対応がいまいちだったが、少しでも小遣い稼ぎができるから文句は言えない。
査定を待つ間、店内をぶらつき、適当に立ち読みをして時間を潰した。買取金額は思ったよりも安かったが、どうせ置いておいても邪魔になるだけだ。金を受け取り、店を出た。
そのとき、何気なく隣のコンビニに目を向けた。
駐車場に停まっている車を見て、思わず足が止まる。
(恵里香の車?)
見間違いではなかった。
嫌な予感がした。何とはなしに、コンビニの前を歩くのを避け、歩道橋の階段を登った。上からなら、よりはっきりと見える。
しばらくすると、コンビニの自動ドアが開いた。
恵里香、美樹、沙耶、そして、平末が買い物袋を提げて店から出てきた。
(なんだよ、これ?)
4人は笑いながら車に乗り込む。エンジンがかかり、車が国道へと出る。
高木は、無意識のうちに歩道橋の手すりを強く握りしめていた。
車が歩道橋の下をくぐり、100メートルほど走る。そして、左折した。
そこは、西洋の城を模した外観が特徴的なラブホテルだった。
視界が歪んだ。
(嘘だろ……)
膝が震えた。力が抜け、歩道橋の上でその場に崩れ落ちる。
頭では理解できる。だが、心が拒否していた。
(何なんだよ、あいつ……)
怒りなのか、悔しさなのか、それとも別の感情なのか。胸の奥に押し込めていたはずの何かが、ぐちゃぐちゃになって弾けそうだった。
道行く車のエンジン音が遠のいて聞こえた。
高木は、歩道橋の上で膝をついたまま動けなかった。
ラブホテルに消えていった車の光景が、頭の中で何度も繰り返される。
ただのインターン生のくせに、女を次々と手に入れて、しかもそれが恵里香、美樹、沙耶……。みんな職場の人間じゃないか。
(ふざけんなよ……!)
握りしめた拳が震える。
今までの出来事がすべて一本の線で繋がった気がした。沙耶が平末を頼っていたのも、美樹がやたらと平末に絡んでいたのも、恵里香が特別扱いしていたのも。全部、そういうことだったのか。
(俺は……何をやってたんだ……)
ラーメンの割引券を使い、ライスをおかわりして腹を満たして喜んでいた自分。毎日ただ黙って作業し、誰とも深く関わることもなく、淡々と時間を消費していた自分。
その間に、平末は全部かっさらっていった。女も、職場での居場所も、楽しさも、全部だ。
胸の奥がギリギリと痛んだ。自分がこの工場で得たものは何だった? 何もない。信頼も、特別な存在にもなれず、ただ「使い勝手のいい派遣社員」なだけ。パソコンに少し詳しいからと頼られていた時期もあったが、それすら平末が現れてからは必要とされなくなった。
(こんなことがあっていいのかよ……)
歩道橋の上から見下ろす国道は、何事もなかったかのように車が行き交っていた。人々はそれぞれの生活を送り、誰も高木のことなんか気にしていない。
そんな当たり前の現実が、今はやけに残酷に思えた。